第12話 地球人

「サヴロスと、傀儡か? あの少年はどうした」


 深緑の翼髪を持つシルウェスが、不満そうに開口一番言う。


『ごめんなさい。少し怪我をして、いま治療してもらってます。モニター越しで失礼します』


 ホロ・モニターを支えるように両手で持つ妙齢の淑女は、ベスが操る人型。ボブカットの黒髪は普段通りだが、ランニングシャツとジャージ素材のハーフパンツ。その下から黒のスパッツが覗き、足下はランニングシューズと、荒事を想定しての衣装だ。


「そうか。養生してくれ」

「あ、は、はい」

「それはそれとして、以前話したサヴロスの治療は終わったのか?」

『いえ、治療はトラブルもあって予想以上に難航しています。引き渡しには応じられません』


 それに、とトルアが続ける。


「信頼できる筋からの情報によれば、タリア姫は三人組に連れ去られた、と伝わっています。あなた方が追っているのは単身。ならば嫌疑をかけようがないと思われます」

「三人組?」

「ええ。仮面を被り、香草の匂いを付けたローブで頭から全身を隠していて種族すら分からなかったと聞いています」


 剣士としてのトルアの、観測者としてのベスの両方の目を持ってしても三人に動揺などは見られなかった。


『ですのでお引き取りいただけますでしょうか。病人も怪我人もいます。できるだけ安静にさせたいので』


 そうか、と下がろうとする三人の背後に、人影がひとつ落ちる。


「なぁにあんたたち、そんな戯れ言で引き下がるつもり?」


 女だった。

 口元をガスマスクで覆ったユヱネスとおぼしき女が、挑発的な足取りでこちらへやってくる。

 黒のロングブーツの足下はハイヒール。黒のタイトスカートに同じく黒のレザージャケット。それらを太ももまである白衣で覆っている。

 竜族サヴロスにしろ獣族シルウェスにしろ、ほぼ全ての龍種は全身を覆うような衣服は身につけない。それはこの星の気候が温暖湿潤であることがおもな要因であり、サトルも休養日はトランクス一枚で過ごそうとしてはベスに叱られたりしている。

 なのにこの女は全身を衣服で覆っている。

 衣服を身につけている他者と言えば船に居た頃の母か、義体のベスぐらいしか見たことのないサトルにとって、衣服を着た完全な他者の存在は新鮮に感じた。


「言ったでしょ。サングィスはもうどうでもいいって」


 三人の少し後ろで止まり、腕を組み、くい、と顎を上げてこちらを睨み付けてくる。


『どちらさまでしょうか』


 サトルには礼儀作法も教えていたので、当然、こういう相手には警戒を怠らない。


「私のことなんてどうでもいいでしょ」

『いいえ。招かれざる方を前にして素性を確認しないのは主人への不遜。これ以上黙秘なさるというならば、実力を持って排除させていただきます』


 女はつまらなそうにため息を吐き、次いで嘲笑する。


「ならいいわ。押し通るだけだから」


 女はレザージャケットから、小さなダイヤルとアンテナの付いた四角い機械を取り出す。


「いきなさい!」


 女の号令と共に三人の兜が膨れ上がり、そこから飛び出た真っ白な仮面が顔に張り付き、同時に飛び出したローブが全身を包む。

 三人がもがいていたのもわずか。ローブがぴったりと閉じられると三人はふらりと刺叉を構え、無造作に突き込んでくる。ベスは右に、トルアは左に避け、残りの二人からの刺叉を絡め取り、持ち上げ、背中から地面へ叩き付ける。

 示し合わせたわけでもない、互いの動きに驚きつつも、ふたりは伸びきった中央の刺叉を掴み、根元のシルウェスを同時に蹴り飛ばした。


「やっぱこのぐらいじゃダメね」


 手にした機械のダイヤルをぐい、と捻る。直後、びくん! と三人のからだが跳ね上がり、苦悶とも威嚇とも付かない咆哮をあげる。

 ふう、とトルアは息を吐き、左拳を前にして腰を落とす。腰の刀には手をかけようともしない。

 ベスもホロ・モニターを少し離れた中空に移動させてから、トルアに向かい合い、鏡合わせのように右拳を前に腰を落とす。

 背中から叩き付けたふたりが立ち上がり、刺叉による連撃を繰り出す。

 ぬるりと、ひどく遅く感じる挙動でありながら、ふたりは連撃をくぐり抜け、無造作に拳を頬にたたき込む。左右からの打撃に仮面のふたりは互いの頭部を打ち付けられる。

 ぐらりと揺れるふたりの腹部へ、トルアは右拳、ベスは左拳を放つ。一瞬、ふわりと浮いたふたりのからだは、拳の衝撃が全身へ伝わった直後、くの字に吹っ飛ぶ。やっと立ち上がった中央のひとり目がけて。

 三人は無様にぶつかり、ひとかたまりになって森林へ転がっていった。


『あの、私が言うのもなんですが、身体だけ操っても強くはなれませんよ』


 ふふ、とトルアが笑う。だが構えは解いていない。


「あれがあなたの切り札なら、おとなしく帰ったほうがいい。これ以上は無意味だ」


 しかし女は悔しがることもせずに機械を三人に向け、ダイヤルを押し込む。


「ま、実験はついでだから。生死は問わないから」


 三人のローブがそれぞれに絡みつくように蠢き、縛り上げる。


「やっぱりこういうのってレギュレーション違反になるのかなぁ。ローブを装着者の細胞とかで作れば、いけるかな」


 不穏なつぶやきを耳にしたベスが、ほんの僅か沈黙し、解析を始める。

 あのガスマスクの女。

 そうだ。なぜガスマスクをしているのかがずっと疑問だった。

 サトルたちユヱネスは、母星とは大気組成が僅かに、だが長時間の活動には生命の危険が伴うこの星の大気に遺伝子改造することで適応し、獣族シルウェスに次ぐ第四の種として生活してきた。

 この星に降り立ったばかりの先祖たちは、地上で活動をする際に必ず、与圧服を改造したマスクを付けていた。

 まさか。


『あなたは、地球人なのですか?』


 ベスの神妙な問いかけに、女は拍子抜けしたように瞬きをする。


「え、いままで気付いてなかったの? あんたオリジナルでしょ? 冗談やめてよ」


 サトルやフウコの先祖以外に龍種と交流をしなかった地球人類が存在していた。それは驚くべきことではない。

 龍種と地球人類で交配が可能なことは、交流が始まってから十年も経たずに物理的に証明された。

 それはあくまで、愛が成した結果であり、多くの地球人も龍種たちも歓迎した。が、この結果に目を不健全に輝かせた連中もいた。

 龍種を純粋に研究対象として見做した一派だ。連中はこの星の調査を開始した当初から明確に存在していた。

 龍種を徹頭徹尾、研究対象しか見ない彼らは他の地球人たちからも忌避され、いつの間にか船から姿を消していた。


 ──とっくに野垂れ死んていたものだと思っていましたが。


 研究者たちの傍若無人な振る舞いに、ベスは自身の立場も忘れるほどに辟易していたから、居なくなったことには不満はなかった。

 それが、千年を経たいまでも命を繋いでいたなんて。

 驚きを隠しつつ、ベスは冷静に返す。


『それとこれとは別です』

「なにそれつまんない。やっとまともな会話ができるAIが見つかったと思ってたのに」

『あなたのような傍若無人な振る舞いをする方には、分身(わけみ)の私も辟易しているのでしょう。いつまでもこちらをただの機械だと思わないほうがいいですよ』


 口調こそ丁寧であったが、その奥にあるのは激しい怒りだった。

 ユヱネスが機械を使うこと、そしてその機械に自由意志が存在することを、トルアは知識として知っている。フウコが輿入れした時にもいくつか見せてもらったこともあるからベスのような存在も受け入れられた。

 が、その自由意志が怒気を発するまでのものだとは思っていなかった。


「ベス殿、落ち着いて。怒りは拳を曇らせます」

『はい。存じています。……もう、大丈夫です』


 ふしゅぅ、とベスの全身から圧搾空気が放出される。本当に熱を帯びていたらしい。


「ケチからなにか出てくるのを待ったり期待したり交渉したりするより、適当にぶっ叩いて言うこと聞かせるほうがはやいよね」


 女は拒絶に堪えた様子もなく手にした機械をいじり、投げ捨て、ブーツで踏み砕いた。

 三人が咆哮をあげる。

 怒りも苦しみもない、ただ力を誇示するためだけの、獣の雄叫びを。

 三人に絡みついていたローブは刺々しく先鋭化する。五指を含めた全身の鱗が逆立ったその姿は、竜ではなく漆黒のドラゴン。だが知性を感じさせないその挙動は、醜悪なゴブリンのようですらあった。


「ガアッ!」


 一体が牙をむきだしに飛びかかってくる。

 トルアが迎撃の構えを見せるが、彼女が対応するよりもはやく、船の警備ロボット合計二十基が扇状に三体を取り囲む。


『一斉射』

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