第33話:天国か地獄か

【とある屋敷の一室】


「……んっ? ううん……? ここは?」


 懐かしい夢を見ていた。

 何年も前の、俺がすっかり失っていた過去の記憶を。


「あら、お兄様。お目覚めになりまして?」


「……カレンちゃん?」


 おぼろげな意識が覚醒するに従って、俺は自分の置かれている状況を把握する。

 大きなベッドの上で、大の字に寝かせられている俺は……その四肢を鎖付きの枷で拘束されている。

 そしてそんな俺の隣では、ニコニコ笑顔のカレンちゃんがゴロンと寝転がっていた。


「君が、俺をスタンガンで気絶させて……ここへ運んだのかな?」


「半分は正解ですわね。スタンガンで気絶させたのはワタクシですけれど、運んだのはマドカですもの」


「マドカさんが?」


 それは少々、予想外だったな。

 彼女はこういう事はしないタイプだと思っていたんだけど。


「……カレンちゃん。俺、思い出したよ。君と本当に初めて出会った日の事を」


「まぁ! あえて、あの男が遺したスタンガンを使用した甲斐がありましたわね!」


 なるほど、やっぱりあの執事が使っていたスタンガンか。

 通りで、眠っていた記憶を呼び覚ますわけだ。


「酷いじゃないか。またあの痛みを、俺に味合わせるなんて」


「それは謝りますわ。でも、お兄様の記憶を取り戻すには、あのショック療法が一番かと思いまして」


 言いながら、カレンちゃんは身動きの取れない俺にしがみついてくる。

 そして、その細くて赤い舌で……チロチロと、俺の首筋を舐めてきた。


「んっ……れろ、ちゅちゅっ……」


「や、やめるんだ!」


「いいえ、やめませんわ。この首の痣は、ワタクシのせいですもの」


 どうやら、スタンガンのせいで痕が付いた部分を舐めてくれているらしい。

 だが、そんな事をしても痛みは引かないし……変な気分になるだけだ。


「やっぱり、君も俺の事が好きなのか?」


「ええ。あの日からずっと、ワタクシはお兄様の事がだぁい好きですのよ」


「でも、俺は……」


「それなのに、お兄様は忘れてしまっていた。ワタクシは一日、一時間、一分、一秒、一刹那たりとて、お兄様の事を忘れた事は無かったのに」


「うっ、ぐっ……!?」


 カレンちゃんの細い両手が、俺の首をガッチリと掴んで締め上げる。

 こ、呼吸が……でき、ない……!


「どうして? どうしてどうしてどうしてどうしてどうして!? ワタクシを守ってくださったのに。ワタクシをあんなにも強く抱きしめてくださったのに。アナタはワタクシの事などすっかり忘れて、きららとばかり、イチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャと!」


「かれ、ん……ちゃ……!」


「あはっ。今なら、あの執事の気持ちが分かる気がしますわ。どうせ手に入らないなら、自分の手で殺すしかない。そう、こんな風に――」


 駄目だ。もう、これ以上は意識を保てそうにない。

 俺はこのまま、カレンちゃんに殺されてしまうのか……?


「カレンお嬢様っ! 大和君が死んでしまいます!」


「……あら、残念」


「がはっ! げほっ、げほげほげほっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 俺の意識が完全にブラックアウトする寸前で、どこからともなく現れたマドカさんがカレンちゃんの手を強引に振りほどいた。

 お陰でなんとか、俺は再び呼吸をする事が出来た。


「カレンお嬢様、今……まさか、本気で?」


「マドカ。何を生温い事を言っていますの? これは、躾ですのよ」


 青ざめた表情のマドカさんに対し、カレンちゃんの顔は無表情そのもの。

 どこかで見覚えのある、一切の光を持たないドス黒い瞳で、彼女は俺の顔をぎょろりと覗き込んでくる。


「お兄様はワタクシを選ばない。選ばれなかったワタクシは、悲しくて、苦しくて、辛くて――きっと、生きていけなくなりますわ」


「っ!」


「だから……お兄様がワタクシを選ぶようになるまで、どんな手も使いますわ。それでもワタクシを選んでくださらないのなら――一緒に死ぬしかありませんの」


「何を、馬鹿な……っ!?」


 諌めようと口を開いた俺の頬を、カレンちゃんは思いっきり引っ叩く。

 パッシィンと、小気味よい音と……鋭い痛みが、俺の言葉を遮った。


「うるさいですわよ。その口は、ワタクシへの愛だけを語ればいいんですの」


「そんな事……」


「もし、出来ないというのなら。もはや、喋る必要はありませんわよね?」


 カレンちゃんはそう呟くと、着ているドレスのポケットからナイフを取り出した。

 そしてそれを俺の右耳、そのすぐ隣の枕へと突き立てると……怪しく微笑む。


「お兄様の可愛い舌。切り落として、ホルマリン漬けにしてもよろしくて?」


「……や、やめてくれ」


「なら、分かりますわよね? お兄様?」


「カレンちゃん……俺は、君が好きだよ」


「んふぅーっ! ワタクシもお兄様が大好きですのぉー!」


 狂気的な表情から一変し、可愛らしい顔で俺に抱きつくカレンちゃん。

 彼女をこんなにも追い詰めてしまったのは俺だ。

 俺が彼女の事を忘れてしまっていたから。

 彼女の想いに気付かず、目を逸らし続けてきたから。

 彼女は俺への愛で、狂ってしまったのだろう。


「マドカ、アナタもお兄様にハグしたくありませんの?」


「……わ、私は」


「遠慮したって、いい事は何もありませんわよ? 待ち続けるだけの女なんて、すぐに忘れ去られるだけですもの」


 ワタクシのように。と続く言葉に、俺は何も言い返せなかった。

 実際に、俺はマドカさんを裏切ろうとしていた。

 俺を待つと言ってくれた彼女の想いを無視して、きららの事だけを考えていた。

 きららさえ幸せになればいいと、俺は彼女への気持ちを忘れようとしていたんだ。


「大和君……」


 マドカさんが、虚ろな表情で俺の傍に近寄ってくる。

 そしてそのまま、俺の顔に両手を添えると……キスを交わしてきた。


「んっ……ちゅっ」


「マドカ、さん……むぐっ」


「好きです。大和君。アナタが欲しい。アナタに愛されたいんです」


 マドカさんの澄み切った綺麗な瞳が……じわじわと濁っていく。

 駄目だ。アナタだけは、そうなっちゃいけない。

 俺のそんな悲痛な願いも、もはや通じる事はなく。


「カレンお嬢様……」


「ええ、構いませんわよ。折角のお兄様を前に、お預けは苦しいですものね」


 そう言って、カレンちゃんは先程のナイフを手に取り、俺の着ている服を切り裂いていく。そうして顕になった俺の肌を見て、マドカさんは目の色を変える。


「大和君の肌……そして、ああっ……綺麗な乳首ですね」


「だ、めだ……! くぅっ!?」


 マドカさんの白い指が、俺の敏感な部分をまさぐる。

 そして、何度もいじったそこに……マドカさんは舌を這わせてきた。


「じゅっ、ちゅっ、ずずずっ……ぴちゃ、ちゅぅぅっ」


「ああああっ!?」


 あまりの快感に、頭がおかしくなりそうだった。

 ズボンの中で硬くなったアレが苦しい。

 もしも両手が自由なら、今すぐにでも……


「生殺しですわよね、お兄様。でも、決してイかせたりはしませんわ」


「えっ……?」


「お兄様、もっと苦しんでくださいませ。そして、その体に、心に、しっかりと刻んでみせますわ。アナタが一体、誰の所有物なのかを」


 カレンちゃんはそう言って、俺の耳をかぷっと噛み。

 耳の穴にじゅぶっと、舌を挿入してくる。


「あああああああああっ!」


 悶える。体を暴れさせる。

 でも、マドカさんとカレンちゃんの二人がかりでは、どうしようもない。

 俺は中途半端に与え続けられる快感の檻に閉じ込められたまま、絶え間なく絶叫を繰り返す事しか出来なかった。

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