第29話:侵食されていく日常

「お兄ちゃーん! どうして起こしてくれなかったのー!?」


「おはよう、きらら。今日も今日とて、ギリギリでの起床だな。ほら、朝ごはんは出来てるから、とっとと食べなさい」


「答えになってないし! ところで今日の朝ごはんは何!?」


「ハムエッグ、豆腐の味噌汁、鮭の塩焼き……山盛りのレタス」


「ご機嫌な朝食だぁ……!」


「ほら、早くしないとひかりさん達が来ちゃうぞ?」


「はーいっ! いっただっきまーす!」


 あれから。俺がきららとキスを交わしてから、数日が経った。

 あの日以来、きららの様子がおかしくなる事はない。

 ほとんど、昔の俺達と変わらない日々を過ごしている。


「ご馳走様でした! 歯磨きしてくるー!」


「ちょっと目を離した隙に完食とは、恐れ入ったよ」

 

 俺が食器を片していると、家のインターホンが鳴る。

 どうやらきららは間に合わなったらしい。


「はーい。入ってきていいよー!」


 俺が呼びかけると、少ししてから玄関のドアが開いて、ひかりさん、しのぶ、カレンちゃん……そして、マドカさんがやってくる。


「おはようございます、お兄さん」


「おはよ、兄貴」


「おはようございますわ、お兄様」


「おはようございます」


「ああ、おはよう。きららはもう少しかかりそうだから、ちょっと待っててくれ」


 俺は四人にリビングで待っているように呼びかけると、ちょうど食後に飲もうと思って淹れていたコーヒーポッドを手に取る。


「ひかりさんは砂糖、しのぶはミルクだけ、カレンちゃんは砂糖とミルク……だったよな。えっと、マドカさんは……」


「お気持ちはありがたいのですが、今は勤務中ですので」


「マドカ。お兄様の厚意を無駄にしてはいけませんわ」


「……では、そのままブラックで」


「はい。どうぞ」


 俺は四人の好みに合わせたコーヒーを手渡す。

 あの無人島以来、時折こうして顔を会わせるのだが、やはりこの子達は全員可愛い。

 だが、今の俺には……彼女達の美貌なんて、そう大した問題じゃなくなっていた。


「それにしても、今日は暑いですね。制服の中が蒸れちゃうわ」


 コーヒーを一口飲んだひかりさんが、制服の胸元を引っ張って、パタパタと手で仰ぐ。

 するとほんのりと汗ばんだ巨乳の谷間が顕になるわけだが――


「はしたないよ、ひかりさん。一応、男の俺もいるんだからね?」


「あっ、はい。すみません……」


「でも、兄貴。本当に今日は暑いってー。スカートの中も汗だらけだよ」


 続いてはしのぶが、短いスカートをヒラヒラとさせる。

 そうやって風を送り込もうとしているのだろうが、お陰でチラチラとパンツが見えてしまっていた。


「気が利かなくてごめんね。冷房の温度を、もう少し下げるから」


「へっ? う、うん。ありがと」


「お兄様―! カレンはそんなに暑くありませんのー! だからギュッとして欲しいですわー!」


 そしてカレンちゃんが俺にスキンシップを求め、両手を広げながら駆け寄ってくる。

 しかし俺は彼女が抱き着いてくるよりも先に、彼女の両脇に手を差し込むようして抱え上げた。


「ほら、高いたかーい!」


「きゃーっ! 高いですわー!」


「カレンちゃんが暑くなくても、俺が暑いから。悪いけど、これで我慢してね」


「……はーい、ですわ」


 俺はカレンちゃんをひとしきり高い高いしてから、床に下ろしてあげる。

 これで残るは、マドカさんだけとなったが。


「……大和君」


「はい、なんですか? マドカさん」


「いえ、名前を呼びたかっただけです。それと、アナタに名前を呼んで貰いたくて」


 もじもじと、コーヒー入りのマグカップを握りしめながら、マドカさんははにかむ。

 こんなにも綺麗で、愛でたくなるような人が……仮とはいえ、彼女だったとは。

 これから先、一生恋人が出来なかったとしても、後悔などしないだろうな。


「歯磨きかんりょーっ! みんな、お待たせー!」


 なんて考えていると、ようやくきららがリビングへとやってくる。

 やれやれ。まだ寝癖も残っているし、制服も乱れているじゃないか。


「ほら、きらら。こっちに来い。いろいろと綺麗にしてやるから」


「えー? 私はいつだって、綺麗だよー?」


「それは否定しないが、もっと綺麗になりたいだろ?」


 言いながら、俺はきららの跳ねた髪を撫でて整える。

 それから、ボタンをかけ違えている制服のブレザーの胸元に手を伸ばした。


「あんっ、お兄ちゃんのえっち♪ どこ触ってるの?」


「ば、ばかっ! 変な声出すなよ!」


「あー! そう言いながら、しっかり揉んだじゃん!」


「揉んでない! 当たっただけだ!」


「「「「……」」」」


「まぁ、お兄ちゃん相手ならいっか。よし、これで準備おっけー!」


 バッチリ制服も着こなし、いつでも登校できる格好となったきらら。

 我が妹ながら、なんという可愛らしさか。

 この子に敵う女子高生など、この国……いや、この世界中のどこを捜しても見つかりはしないだろうな。


「じゃあ、お兄ちゃん。行ってきまーす!」


「待て、きらら。アレを忘れてるぞ」


「あ、そっか。ごめんごめん」


 そのまま鞄を手に持って、出発しようとしたきららを引き止める。

 全く、アレをしないと俺の一日は始まらないというのに。


「はい、お兄ちゃん。ちゅーっ」


「ああ、いってらっしゃい。ちゅー」


 きららが俺の前で両目を閉じて、キスをせがむように背伸びをする。

 俺はそれに応え、きららの唇に口付けを行う。


「「「「……」」」」


「んっ、ちゅっ、れろ……ぁん、じゅる……ずずっ……ちゅっ、ちゅる……」


「ぷはっ、よし。これで今日も一日、頑張れるな?」


「うんっ! 大好き、お兄ちゃん!」


「ああ、俺もだよ」


 ぽんぽんと頭を撫でてやると、きららは嬉しそうに微笑む。

 そして、後ろで待っている彼女達の方へと振り返ると、そのままみんなで学校へと向かっていった。


「さて、俺も準備するか」


 俺の日常は少しも変わらない。

 前と同じようにきららを愛し、大事に育てている。

 そこに新たに、毎日のキスという項目が増えただけ。

 俺達兄妹は何も変わらない。

 変わってなんかいない。


「……」


 そう、何もおかしい事なんて無いんだ。




「昨日はね、お兄ちゃんと一緒のお布団で寝たんだけどね。お兄ちゃんってば、寝相が悪くてね。いっつも私に覆いかぶさってきて、困っちゃうよ本当に!」


「「「「……」」」」


「だから今夜は、私がお兄ちゃんを押しつぶしちゃうぞー! ふっふっふー!」


「(ねぇ。これ、思っているよりもヤバくないかしら?)」


「(コールド負けまで見えてんぞ)」


「(やはり、監禁しか無いようですわね)」


「(大和君……)」

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