第27話:妹様、本気を出し始める

「ふいーっ! 今日のご飯も美味しかったぁー!」


 俺が作った夕食をペロリと平らげ、お腹をぽんぽんと叩きながら、きららが嬉しそうに声を上げる。

 今日の夕食は肉じゃが、からあげ、ひじきの炊き込みご飯、ほうれん草のおひたし、けんちん汁だったんだが。

 お気に召して頂けたようで何よりだ。


「ご馳走様、お兄ちゃん。お皿は私が洗っておくね?」


「お、おう? 珍しいな。お前が皿洗いなんて」


「むむっ! そりゃあ私だって、たまにはお手伝いくらいするよ!」


「たまには、じゃなくて毎日だと嬉しいんだけどなぁ」


「べぇー! そういう事言うと、やる気無くなっちゃうよー?」


 ぶつくさ言いながらも、ちゃんと皿を持って流し台へと向かうきらら。

 そして俺のエプロンを着けると、そのまま皿洗いを始めた。


「頑固な汚れめ、覚悟しろー! 私が綺麗にしてやるー!」


 スポンジ片手に奮闘するきららの後ろ姿を、ぼんやりと眺める。

 こうしてみると、本当にきららは大きくなった。

 ほんの数年前まで、あんなにちっこくて、いつも俺の後ろをトテトテと付いてきては、背中にしがみついていた妹が……

 今ではアイドル顔負けの美貌と、スタイルの良さを誇っているなんて。


「……」


 しのぶ、カレンちゃん、ひかりさん。

 いずれは、あの3人と一緒に暮らすようになるんだろうか。


「っ!」


 もしも、きららが美少女好きでなかったら。

 どこかの馬の骨とも分からない男と、恋愛をして、結婚して、子供を産んでいたのだろうか?

 そう考えると、俺は――


「ねぇ、お兄ちゃん? 飲み終わったなら、コップも持ってきてよー! 一緒に洗っちゃうからー!」


「ああ……分かった」


「ありがとう、お兄ちゃん……って、あれ? このコップ、割れてるよ?」


「……本当だ。いつの間に割れたんだろうな」


「えー!? このコップ、お気に入りだったのにー! これはもう、お兄ちゃんの体で払って貰うしかありまへんなぁー!」


 ひび割れたコップを見て、意地の悪い表情を見せるきらら。

 俺はそんな妹の額に、右手の人差し指と中指をトンッと押し当てる。


「あいたぁーっ!」


「ふざけた事言ってないで、さっさと皿洗いを終わらせてくれ。俺は、風呂を沸かしてくるから」


「ラジャー! 了解であります、隊長殿!」


 敬礼するきららと別れると、俺はまっすぐに風呂場へと向かう。

 そしてまずは湯船の掃除を始め、綺麗になったところで、お湯を流していく。


「よし、後は自動でやってくれるな。」


 風呂の準備を終えた後、そのまま脱衣所の方からきららに呼びかける。


「おーい! きらら! 今日は俺が先に風呂に入るぞー!」


 俺ときらら、どっちが先に入浴するかはその日次第。

 アイツは皿洗いをしてくれているし、その間に俺が風呂を済ませようという考えだ。


「……?」


 しかし、俺の呼びかけにきららからの返事は無い。

 皿を洗う水の音で聞こえなかったのか?


「まぁいっか」


 俺は服を脱いで洗濯カゴに放り込み、そのまま風呂場に戻る。

 浴槽にお湯が溜まるまでは、シャワーで体を洗っておこう。


「あー……」


 熱いシャワーを頭から被ると、思わず声が漏れる。

 いよいよ、おっさんになる日も近そうだ。

そんな風に思いながら、シャンプーを始めた――直後だった。


「お兄ちゃん、一緒にお風呂に入ろー!」


「ふぁっ!?」


 ガラガラガラと、浴室への扉が開いて、きららが中に入ってくる。

 俺は今、シャンプー中なので目を開いてはいないので、きららの体は見えないが……


「あっ、シャンプーしてたの? じゃあ、私がゴシゴシしてあげるね!」


「おいおい、ちょっと待て。お前、どうしたんだ急に?」


 ペタペタと足音を立てて、きららが俺の背後に回り込む。

 そしてその細い腕で、泡立つ俺の頭を掻き始める。


「えー? どうしたも何も、お風呂に入りに来ただけじゃん」


「お前はもう高校生なんだぞ? 兄と風呂に入る歳じゃないだろうが」


「別にいいでしょ? 誰が困るってわけでもないんだし」


「そりゃ、そうかもしれないけど……」


「いいからいいから。ほら、痒いところはありませんかー?」


 しゃかしゃかしゃかと、きららが俺の洗髪を始める。

 この状況では抵抗もクソもないので、俺はされるがままにされていた。


「きらら、まさかとは思うが……お前、裸じゃないよな?」


「うん? お風呂に入るんだから、裸に決まってるでしょ? はい、じゃばーっと流すからシャワーノズルを渡して」


 そう答えたきららは、俺が手に持つシャワーを取ろうと手を伸ばしてくる。

 後ろからそんな事をすれば、きららの大きな胸が俺の背中に押し当てられるのは避けられないわけで。


「ばっ!? きらら! む、胸が、当たってる……!」


「……当ててるんだよ?」


 ボソッと、きららが俺の耳元に息を吹きかけるように囁く。

 閉ざされた瞳の中。俺の頭の中の想像では、全裸のきららが妖艶な顔をしていた。


「あはっ、これがシャワーノズルかなぁ? 太くて、間違えちゃったらどうしよう?」


「やめるんだっ!」

 

「きゃっ!?」


 何か嫌な予感を感じ取った俺は、すかさずシャワーのお湯をきららに向けて放つ。

 これで怯ませた隙に、風呂場から脱出だ。


「顔に掛けるなんてひどぉい。でも、お兄ちゃんになら、いいよ?」


「っ!?」

 

 だが、俺は立ち上がれなかった。

 いつの間にかきららが、俺の首に腕を回して……体を密着させていたのだ。


「き、きらら……?」


「暴れちゃ、駄目でしょ? まだ、体も洗ってないんだから」


 きららはボディソープのボトルを手に取り、それを俺の背中に塗り始める。

 そしてゆっくりと、自分の体を上下に動かし……肌と肌を、擦り合わせ出した。


「うんっしょ……うんしょっ。どう? お兄ちゃん、気持ちいい?」


 気持ちいいに決まっている。しかし、俺の頭の中は今にも爆発寸前だった。

 理解が追いつかない。俺は今、妹に何をされているんだ?

 こんな、こと……実の兄妹でやっていいわけがない。


「も、もういい!」


 俺はきららを振りほどき、体をシャワーで洗い流す。

 そしてそのまま、逃げるように浴槽の中へと飛び込んだ。


「きらら、うちの風呂は狭いんだ。今の俺達が一緒に入るなんて……」


「えいっ」


「!?」


 俺を追うように、きららも浴槽の中へと入ってくる。

 ざぱぁんと、溢れたお湯が溢れだしていく中……俺ときららは、まるで抱き合うような体勢で、風呂の中で密着状態となった。


「……えへへっ♪ 入っちゃった」


「あ、ああ……」


 もはや、言葉が出ない。

 裸の妹に抱き着かれ、肌を密着させ、潤んだ瞳で上目遣いされている。

 いくら、相手が大切な妹だとはいえ。

 こんな状況で、理性が持つわけがない。


「あばっ……」


「だ~め!」


 限界を迎え、意識を手放しそうになった俺だが。

 きららがパチンと俺の頬を両手で挟み込み、気付けを行う。

 そのせいで、俺は気絶する事さえも許されなかった。


「何、逃げようとしているの?」


「な、なぁっ……!?」


「お兄ちゃんは、きららのお兄ちゃんでしょ? きららのモノなんだから、きららをもっと満足させて。もっと私を笑顔にしてよ」


「きら、ら……」


「お兄ちゃんの体、暖かい。少し筋肉質で、触ると弾力があって……私、この腕に抱きしめられるのがだぁいすき」


 きららはそう言って、はにかむと、いつものように俺の胸に顔を埋める。

 透明なお湯の中。きららのありとあらゆる部分が、俺の視界に映り込む。

 兄として、こんな気持ちを抱いていけないというのは分かっている。

 でも、それでも――俺は、今のきららを滅茶苦茶にしたいと思ってしまう。

 

「……」


 そうだ。別にいいじゃないか?

 きららが嫌がる筈なんてないんだ。

 だから、もうこの女を――俺のモノにしてしまえば――



~~~『私は大和君を愛していますよ』~~^



「っ!」


 俺が理性を放棄してしまいそうになった瞬間。

 脳裏に浮かぶのは、俺に愛の告白をしてくれたマドカさんの顔だった。


「悪い、きらら! 俺はもう、上がるよ!」


「え?」


 俺は浴槽から飛び出し、そそくさと脱衣所へと逃げ込む。

 それから、きららが追ってくるよりも先にバスタオルに包まると、そのまま猛ダッシュで自分の部屋へと駆けていった。


「……お兄ちゃんの意気地なし。あーあ、今夜なら危ない日だったのに」


 俺が去った後の浴槽で、ちゃぷんっときららがお湯を揺らす。

 そして彼女は、とても高校二年生とは思えない【雌】の表情を浮かべると、


「んっ……はぁっ……お兄ちゃん、どうしてぇ? 私、切ないよぉ……っ! ぁんっ!」


 一人で、己を慰め始めるのであった。

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