第26話:動き出すストーリー


【とある大学 食堂】


「とまぁ、そういう感じかな」


「そういう感じって……それからどうなったんだ?」


 俺の人生において、最も長く感じた一泊二日の無人島旅行も終わり。

 無事に帰宅した翌日、俺は大学の食堂で友人と話していた。


「その、マドカさんって人と話して。ハイ終わりってわけでもないだろ?」


「ああ。勿論俺も、自分がどの娘に手を出してしまったのか。本人達からさり気なく聞き出そうとしたんだけど……全員照れたようにはぐらかすんだ」


「ふーん。それって、全員ヤっちゃったってわけじゃないよな?」


「いやいや。あの状況から察するに、どう考えても1人……良くて2人が限度だと思う」


「そうか? 俺なら、一度に10人の相手もイけるぞ?」


 そうはにかんで笑うのは、うちの大学で1番モテモテの根島礼(ねとうれい)君。

 スポーツ、勉強、容姿。どれも人並みである彼だが、なぜか異様に女子に好かれるんだよなぁ。

 現在の彼女も10人近くいるし、その全員がハーレムを容認しているというから驚きだ。


「というかさ。そんなに全員が魅力的に見えるなら、ハーレムでも作っちゃえよ」


「ハーレムって、きららじゃないんだからさ。そもそも妹の彼女に手を出すことがイカれてるんだし」


 そう自覚すると、美味しいカレーうどんをすすりっているというのに、俺の気分は沈むばかりだ。

 

「でもお前、どうせきららちゃんから離れられないだろ? 一生、あの子やその彼女達の傍にいるつもりか?」


「それは……」


「だったら、いっその事、きららちゃんも含めてハーレムにしちまえ。そうすりゃ万事オッケー。問題なのは、全員に求められた時に死にかけるくらいだぞ」


 ポンポンと俺の背中を叩き、笑う根島。

 と、ちょうどその時。食堂の奥から、こっちに向かって掛けてくる人の姿が見えた。


「ねーとーれーっ!」


「わっ!?」


 ジャンプしながら、座っている根島に抱き着いてきたのは、青い髪が特徴の巨乳美女。

 根島の彼女1号の愛さんであった。


「ねぇねぇねぇ、今日の講義は終わり? だったら帰ってえっちしよ!」


「おい、愛。今日は私の番だぞ」


 続いて、後ろからスレンダー美女の亜久里(あぐり)さん。


「待ってください。亜久里さんは昨日、私の番に乱入しました。今日は私にも乱入権があるはずです」


 どう見ても小学生に見えないちびっ子、紫杏(しあん)先輩がやってくる。


「やだもんやだもーん! 私がお嫁さんなんだもーん」


「「はぁ!?」」


「いててて、引っ張るなって。それじゃあ、大和。俺はもう行かねぇと」


「あ、ああ。頑張ってくれよ」


「今週こそ、みんなで旅行に行こうねー!」


「最近ずっと、引きこもってばかりだったからな。たまには我々にも遠出させてくれ」


「ぶっちゃけ、更新サボりすぎですよ」


「分かった分かった。今週だな? 約束するって!」


 3人の美少女達に引っ張られながら、根島は食堂から出ていく。

 誰もが振り返るような、超絶美女を3人……いや、他も合わせて10人もはべらせているというのだから、恐ろしい男だ。


「……到底、俺には真似できそうにないな」


 身近にハーレム男がいるからこそ、その大変さがよく分かる。

 たった1人の女の子を幸せにする事さえ、俺には難しいんだからな。


「……」


 でも、俺は……あの日、マドカさんの幸せを願ってしまった。

 もし、きららとマドカさん。そのどちらかしか幸せに出来ないのだとしたら、俺は……一体どちらを選ぶんだろうか。


【晴波家】


「ただいまー」


「お帰り! お兄ちゃーん!」


 俺が家に帰るなり、喜色満面のきららが俺を出迎える。

 今日はあまり体調が優れないという事で、学校を休んで家にいたのだ。


「起きてきちゃ駄目じゃないか。もう具合はいいのか?」


「うんっ! お兄ちゃんにこうして抱き着いたら、元気いっぱい!」


 俺に抱き着いて、胸に顔を埋めながらスリスリと頬擦りをするきらら。

 

「……とりあえず、一旦離れてくれ」


「やっ! 家の中ではずっとくっついてるもん!」


「あのな、着替えくらいさせてくれ」


「じゃあ私の前で着替えて!」


「いやいや、兄妹とはいえな」


「お兄ちゃんだって、いつも私の着替えを気にしないでしょ? だから大丈夫♪」


「……はぁ」


 あれから。そう、無人島での一幕。

 俺がマドカさんとの交際関係(仮)を解消した直後辺りから、きららの様子が少し変になった。


「お兄ちゃん、美味しそうな匂いがする。カレーうどん食べた?」


「ああ。美味しかったぞ」


「ふーん? あれ? でも、おかしいなぁ。なんだか、女の人の匂いもするよ? それも、これは3人くらいかなぁ」


 ギリギリと、俺の背中に回された腕に力が込められていく。

 見下ろすと、きららの瞳はいつものように真っ黒なグルグル巻きになっていた。


「それは根島の彼女だよ。ほら、前にお前も口説こうとした」


「あー! 愛さん達の匂いかぁ! そっかそっかぁ、うふふふふ」


 俺が説明すると、きららはパッと元に戻る。

 こんな調子で、俺の近くに女の影があると、きららの様子は豹変するのだ。


「あはっ、失恋したばかりのお兄ちゃんに、根島さんの彼女達は辛いね」


「全くだよ」


「じゃあ、私が慰めてあげる! ほら、おっぱい触ってもいいよ?」


「誰が触るか。くだらん事言ってないで、安静してろ。夕食を作るから」


「えー!? 私も傍にいる! 料理するとこ見せて!」


「傍にいるなら手伝えよ。そんなんじゃ、お嫁に行け……」


「行かないよ?」


「……っ」


「だから、ね? お兄ちゃんにぃ、むぎゅぅー!」


「……」


 この手を振りほどく事は簡単だ。

 兄妹なんだから、ベタベタするなと拒絶する事も容易い。

 だが、もしも……もしもあの酔い潰れた晩に、俺が手を出した相手がきららなのだとしたら、俺は責任を取らなければならない。

 たとえ、社会倫理的に間違っていたとしても。

 世界中の人に後ろ指を指される事になろうとも。

 俺はきららを……


【きららの通う学校 屋上】


「概ね、想像していた通りの展開かしら」


「お兄様とマドカは一旦、お別れして」


「きららは暴走回避したけど、兄貴にべったりモード」


「……唯一の計算外は、お兄さんがマドカさんを好きになり始めた事ね」


 夕方の涼しい風を受けながら、私達はいつものように話し合う。

 愛しい人を手に入れる為に。


「ややこしくなってきたし、全員の現状を整理しておく必要があるわ」


「……ああ。頼むよ。ひかり」


「まず、きららね。お兄さんとずっと一緒にいたい。だから美少女ハーレムを作って、お兄さんが他の女に見向きもしないようにするってのが本音ね」


「アタシ達はその餌ってわけ?」


「でも、きららはワタクシ達をちゃんと愛してくださっていますわ」


「ええ。ただ利用しようとする人なら、私達だって付き合いたくないもの」


 お兄さんが第一であるのは変わらないけど、私達の事も愛している。

 だからこそ、この関係が成り立っているの。


「そして私達は、お兄さんが大好き。でも、きららからお兄さんを奪って結ばれる事は難しい。不可能と言ってもいいくらい」


「だからまずは、きららと付き合ったんだよな。アタシ達はきららの事も好きだし、付き合う事が嫌なわけじゃないし」


「きららさえ認めてくれれば、お兄様と愛し合える。仮にそれが叶わなくても、きららの彼女として。お兄様の義理の妹として傍にいられる」


「そう。この時点で私達の目的は、ほとんど果たしたようなもの」


 どう転んでも、私達に後悔は無い。

 好きなきららと結ばれて、大好きなお兄さんの近くにいられる。

 それだけで私達は幸せ。世界中の誰よりも。


「問題なのはお兄さんね。これまでは積極的にアプローチして、お兄さんから手を出して貰うように仕向けてきたけど」


「なんだかんだで、アタシ達が罠に嵌める形になったもんなぁ」


「……これからどうしますの?」


「とりあえず、きららの彼女である事が変わらないわけだから。今までと同じように、私達は義理の妹として接すればいいわ」


「でも、あの一件で兄貴はアタシらと壁を作ってるよ?」


「もし、その壁を崩せないのなら。その時は……こちらも、手段を選ばないだけの話よ」


「いいんですの!? なんでもアリでしたら、ワタクシ! ヤりたい事が山程ありますの!」


「うふふふふ……ええ、勿論構わないわ。だって、お兄さんは私達のモノ」


 みんなで幸せになりましょう?

 きららも、マドカさんも、お兄さんも。

 みんなみんな、私達と一緒に。

 永遠に――ね?

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