第25話:世界はそれを愛と呼ぶんだぜ
プカプカ。プカプカと。
波に揺られながら、俺は青い空を見上げている。
なぜ、こんな事になってしまったのだろうか。
俺はただ、妹の幸せを願っていただけなのに。
ついに、禁忌を犯してしまった。
「大和君? こんな場所でどうしたんですか?」
「……」
中々、朝食の場に顔を出さない俺を心配してくれたのだろう。
波打ち際で浮かぶ俺を、覗き込むようにマドカさんが顔を見せる。
「ワカメがいっぱいくっついてますよ。それに、服を着たまま泳ぐのはあまりおすすめしませんが」
「……マドカさん。俺は、最低の男です」
「え?」
ざぱぁっと、海から体を起こし、全人ずぶ濡れになりながら……俺はマドカさんと向かい合う。
きょとんと小首を傾げるマドカさんは、とても可愛い。
こんな綺麗な女性が、仮とはいえ俺の恋人だなんて、信じられないよな。
それなのに……俺は、俺はあんな事をしてしまった。
「クズなんです。ゴミなんです。実の妹を何よりも愛しすぎてしまう変態なんです。でもその癖に、妹の彼女達にも手を出してしまうようなクソ野郎なんですよ」
「……」
「だから、だからもう……俺には関わらないでください。俺はこれから、罪を償わないといけません。一生を掛けてでも、きららやあの子達に贖罪をするんです」
俺はその場に跪き、頭を砂浜に押し付けるようにして土下座する。
太陽に照らされたビーチは熱したフライパンのように暑かったが、それでも俺は構わずに顔面を砂浜に押し当て続けた。
「……大和君。それは、私と別れたいという事ですか?」
「……はい」
「そうですか。なら、別にそれはそれで構いませんよ」
淡々と、何の感情も無いようにマドカさんは呟く。
もしかすると、彼女はもう、おおよその事態に気付いたのかもしれない。
「すみません。ごめんなさい。俺が、俺が全部悪いんです」
「まぁ、ですよね。アナタは最低の男です」
「っ!」
「でも」
がっしりと、俺の頭を掴むマドカさん。
そしてそのまま強い力で俺の頭を引っ張り、無理やり砂浜から顔を上げさせた。
「そんな事は、最初から分かっています」
「……え?」
「初めてお会いした時に言ったでしょう? 便所に垂れたクソにも劣る蛆虫野郎。生きている価値の無い生ゴミだって」
ああ、そう言われれば、そうだったっけ。
あの時は、かなりショックを受けたものだが。
「アナタがクズだって事は、分かっているんです。妹を病的な程に愛して、妹の彼女に欲情するような変態である事も」
「……!」
「ですが。それでも私は、アナタを好きになってしまったんです」
ぎゅっと、マドカさんが俺の体を抱きしめる。
その柔らかな感触。甘い香りに……俺は、心が安らぐのを感じる。
「それに、私はこうも言いましたよね? 何があろうと、アナタを愛していると」
「マドカ、さん……」
「アナタが贖罪の為に、私と別れるというのなら受け入れます。しかし、それでも私がアナタを好きである事実は変わりません」
そう囁いてから、マドカさんは砂利だらけの俺の顔を引き寄せ……ちゅっと。
唇と唇を、優しく重ね合わせた。
「だから、私は待ちます。アナタが贖罪を終える日まで。何年、何十年だろうと……もう一度、私と付き合ってくれる日まで」
「うっ、うぅぁ……! 俺は、俺は……!」
「もう、男の子なんですから。泣いちゃダメですよ?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「……私の胸の中で泣いてください。この間だけは、まだ――私は、アナタの彼女なんですから」
俺は声が枯れるほどに泣いた。
自分のしでかした罪の重さと、それを知ってなお、俺を想ってくれるマドカさんの愛情の深さに。
そして何より、こんなにも素晴らしい女性を、俺なんかが縛り付けてしまったこと。
「マドカさん……! 俺は、俺は必ず……!」
だから、俺は決めたんだ。
きらら達との間にケジメを付けて、俺が兄としての役割を終えたら。
「アナタを……幸せにしてみせますから」
「はい。お待ちしています」
必ず、マドカさんを迎えに行くと。
それまでは絶対に、どんな苦難にも耐えてみせるのだと。
――――――
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