第22話:お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない!
お兄ちゃんとマドカさんが、台所の奥で楽しそうに料理をしている。
そんな光景を私はテーブルに座りながら、ぼんやりと見ていた。
「きらら様はカレーがお好きなんですか?」
「はい。きっと喜んでくれますよ」
うん。お兄ちゃんのカレーは大好き。
いつも私好みの、ちょうどいい辛さにしてくれて。
本当はお兄ちゃん、もっと辛いのが好きなんだよね。
なのにいつも、私に合わせてくれて。それがなんだか、とても嬉しくて。
「でも、私は大和君にも喜んで欲しいです」
「え?」
「今日は私が味の調整をしますので、楽しみにしてくださいね」
そう言ってマドカさんは、お兄ちゃんからカレールウを受け取る。
そしてルウの他にも、何種類かのスパイスを入れていた。
「あっ、ちょっと辛くなりませんかね?」
「んー。スパイシーになると思いますけど、辛さは大丈夫だと思います」
違う。大丈夫じゃない。
私の大好きなカレーは、お兄ちゃんのカレーだ。
マドカさんの作ったカレーなんかじゃない。
「カレーは私に任せて、大和君はサラダをお願いします」
「分かりました。じゃあ、マカロニサラダかなぁ」
マカロニサラダ。これも私の大好きな料理だ。
晴波家のサラダは、お兄ちゃんの作るカニカマ入りマカロニサラダこそ最強。
アレがあるなら、マドカさんのカレーだって我慢して食べてあげてもいいよ?
「さてと……カニカマはどこかな?」
「え? カニカマを入れるんですか?」
「はい。うちはいつも入れてるんですけど……もしかして、カニカマは嫌いですか?」
「嫌い、というわけではないのですが。私、練り物がちょっと苦手で」
……は?
「じゃあ、カニカマはやめておきます」
は? は? はぁ?
「でも……」
「たまにはハムのサラダでも良いでしょう。気にしないでください」
良くない。良くないよ、お兄ちゃん。
どうして? どうしてなの、お兄ちゃん。
私の好物よりも、マドカさんを優先するの?
「ふふっ、ありがとうございます。やっぱり大和君は優しいですね……ぎゅぅ」
「わわっ!? 急に抱き着かないでください」
「すみません。好きが溢れちゃって」
「~~~~~っ!」
マドカさんに抱き着かれて。顔を赤くして、デレデレのお兄ちゃん。
私にはそんな顔してくれた事、一度も無いよね。
朝、着替える時に下着姿を見せても。
お風呂上がりに、さり気なく肌を露出させてみても。
お兄ちゃんはいつもいつも。
いつもいつもいつもいつも。呆れたように笑って、私の頭を撫でるだけ。
「こっちを見てよ、お兄ちゃん」
私、泣いちゃいそうだよ?
いつも私が泣いたら、すぐに駆けつけてくれたのに。
私が悲しい時は側にいて、慰めてくれるのに。
もうお兄ちゃんは、マドカさんのモノになっちゃったの。
それなら――もう、私はヤるしかない。
お兄ちゃんを取り戻す為なら、私はどんな事だってできる。
「あはっ……待っててね、お兄ちゃん。すぐに私が正気に戻してあげる」
椅子から降りて、私は音を立てないようにキッチンへと向かう。
このポケットの皿の破片を使って、全てを終わらせよう。
大好きなお兄ちゃん。私だけのお兄ちゃんを――この手で取り戻すんだ。
「……待ちなさい、きらら」
「ひかりちゃん……?」
「アタシもいるよ、きらら」
「ワタクシもですわ!」
「しのぶちゃん。カレンちゃんまで」
私の行く手を遮るかのように、ひかりちゃん達が眼前に立ち塞がる。
その顔はどこか、怒っているように見えた。
「……邪魔しないでよ」
「そういうわけにもいかないでしょ。アナタは私達の彼女なんだから」
「彼女? あはっ、それはとっても嬉しいなぁ……でもね」
普段だったら、小躍りしたくなるくらい嬉しい言葉。
だけど、今私が欲しいのは彼女じゃない。
お兄ちゃん。大好きなお兄ちゃん。お兄ちゃんお兄ちゃん。
お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん
お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん。
「どいて、みんな。あの女を…………せないから」
「おいおい、物騒な事を言うなって」
「恋人のメイドをキルしようだなんて、いけない彼女でしてよ」
「きらら。気持ちは痛いほどに分かるけど……今は手を引きなさい。そんな事をしても、お兄さんは取り戻せないわ」
「~~~~~っ!」
「だから……ね? そんなもの、もう捨てちゃって」
そう言いながら、ひかりちゃんは私が右手に持っている皿の破片へと手を伸ばしてきた。
でも私はそれを拒む。
「いやっ!」
「っ!」
その拍子に、皿の破片の先端がひかりちゃんの手のひらを掠めて……さっくりと切れてしまった。
赤い血が、手から滴って……床へと垂れ落ちていく。
「あっ……ご、ごめっ……! わ、わた、私……!」
「もう、痛いわね。人を傷物にして、責任取ってくれるの?」
ひかりちゃんは笑っていた。
痛い筈なのに。怒ってもいい筈なのに。
それでも、私を傷付けないように――優しい顔で、私を抱きしめてくれた。
「大丈夫よ、きらら。大丈夫。きっと私達は幸せになれる」
「……え?」
「だから、今は眠って。全ては夢だったと――忘れるの」
「それって、どういう――」
「今よっ! しのぶっ! カレン!」
「「あいあいさー!」」
「へぇぁっ!?」
ひかりちゃんが合図を告げた瞬間、しのぶちゃんが私を羽交い締めにして、カレンちゃんが両足をガッチリとホールドしてくる。
ふぇぇぇ……!? どうなってるの!?
「きらら、お休み。アナタが目を覚ました頃には、全てが良くなっているから」
「むぐぐぐぐぐっ……!」
そして、私の顔に押し当てられる白いハンカチ。
その匂いを嗅いだ瞬間、なんだか眠くなってきて……私の意識が薄れていく。
「はにゃら、ほにゃれ、ほひふ……むにゃぁ」
「……落ちたわね(確信)」
「眠ったのはいいけど、今までの事を夢扱いさせるなんて難しくないか?」
「きららが起きるまでの間に、お兄様とマドカを別れさせますの?」
「いえ、その件については私にいい考えがあるの」
「「いい考え?」」
「ふふっ……任せてちょうだい」
【キッチン】
「ん? なんだかあっちが騒がしいな。きららとひかりさん達か?」
「そのようですね。様子を見に行きましょうか?」
「いや……大丈夫だと思いますよ」
俺とマドカさんが付き合っていると聞いて、落ち込んでいたきららだが……あの3人がいれば、きっと立ち直れる筈だ。
「そう断言できる程に、あの3人は……とっても純粋で素直な、良い子達ですから」
と、俺がマドカさんにドヤ顔している裏で。
その純粋で素直な良い子達が――まさか。
「名付けて! 【お兄さんがヤったのはだ~れだ!?】作戦よ!」
「「な、なんだってー!?」」
あんな、とんでもない作戦を立てていたなんて、俺は思いもしなかった。
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