第21話:俺にも彼女が出来ました
すっかり日も落ちて、島が暗闇に包まれる頃。
別荘へと戻ってきた俺達はシャワーでひと心地ついてから、夕食の準備を始めていた。
またこの時間も、昼食の時のように楽しい時間になる。
そう期待していたのも――遠い昔の話だ。
「大和君、じゃがいもの準備は出来ましたか?」
「え、ええ。綺麗に剥けましたよ」
俺とマドカさんは今、キッチンで横に並んで調理を行っている。
そうなった経緯としては、彼女が「一度アナタの料理の腕を間近で見てみたいんです」と言い出したからなのだが……
「見せてください」
「わっ!?」
マドカさんは俺に密着しながら、じゃがいもを持つ俺の手に触れる。
そうして、まじまじと皮を剥かれたじゃがいもを見て……微笑む。
「ふふっ、流石にお上手ですね」
「これくらいで褒められても、嬉しくないですよ……というか、近いです」
マドカさんの胸が俺の腕に当たっているし、彼女の髪が俺の肩にふわりと乗って……いい匂いが漂ってくる。
これでは料理どころではない。
「いいじゃないですか。だって……」
そう言いながら、マドカさんは瞳を閉じてから顔を近付け……俺の頬にチュッと口付けを行う。
「私達はもう【恋人同士】なんですから」
「っ!」
照れるように、マドカさんがその言葉を口にした瞬間。
ガシャーンッ!と、何かが割れる音が背後から聞こえてくる。
「…………」
「き、きらら?」
思わず振り返ると、きららが床に落ちて割れた皿の前に立っていた。
その顔には少しの生気も無く、ブラックホールのように真っ黒な2つの双眸で……じぃーっとこちらを見つめている。
「あははは……ごめんね。手が滑っちゃって」
「大丈夫か? 破片で怪我とか……」
「大丈夫だよぉ。このお皿では傷付いてないから。うん、体のどこにも異常は無いよ。体には……あはははははっ」
きららはその場でしゃがみ、割れた皿の破片を1つずつ、集めていく。
「高そうなお皿を割っちゃった。私はいけない子だなぁ。そうだよね、私はいけない子だから、こんな風に……うふっ、うふふふふ……」
「きららっ……!」
俺は耐えきれず、きららの傍に駆け寄ろうとする。
しかし、マドカさんに腕をガッチリとホールドされてしまっているせいで、前に進む事が出来なかった。
「ダメですよ、大和君」
「マドカさん……!」
「お辛いのは分かります。しかし、それでは意味が無いんです」
「……そう、ですね」
俺は視線を泳がせ、しゃがみこむきららを見る。
黙々ときららは破片を集めると、それを手に持ったままフラフラと台所から出ていく。
「さっき、私達がお付き合いした事を話した時にも……ショックを受けていたようですからね」
「ええ。でも、きららには本当の事を話してもいいんじゃないですか?」
「いけません。万が一にも、他の人達にバレてしまっては……」
俺とマドカさんは今、きららやきららの彼女達に嘘を吐いている。
それは――俺達が交際を始めたという嘘だ。
「それは分かっています。でも、きららを傷付けるなんて……俺には耐えられない」
「今だけの辛抱です。彼女のフォローなら、カレンお嬢様達にお任せを。それがまた、彼女達の絆を深める事にもつながるでしょう」
「……はい」
あの夕焼けの浜辺で、俺はマドカさんからの告白を断った。
きららの幸せを叶える前に、俺が誰かと付き合う事などありえないからだ。
しかし、マドカさんはそれでも構わないと……1つの提案をした。
それがこの、恋人同士(仮)である。
「でも、マドカさんは本当にいいんですか? 仮とはいえ、俺と付き合うなんて」
「さっきも言った筈です。アナタと私が付き合えば、カレンお嬢様達がアナタとの過激なスキンシップを控えるようになる。そうなれば、彼女達はまっすぐきらら様を愛する事ができるでしょう」
俺とマドカさんの交際により、ひかりさん達を牽制しつつ、きららとの関係を一気に進めようという作戦。
もうそろそろ、ひかりさん達のスキンシップに限界を感じ始めていた俺は、マドカさんのこの作戦に乗っかる事にしたのだ。
「ですから、バレないようにしてください。ほら、付き合いたてのカップルなんですから、もっとイチャイチャしないと」
「は、はい……」
「ねぇ。私、大和君からもキスして欲しいです」
「ほぁ!?」
「……嫌、ですか?」
俺にしがみついたまま、ウルウルと俺の顔を覗き込んでくるマドカさん。
なんという美しさ。ああ、なんという可愛い仕草だ。
こんなの――ダメだ。【妹の彼女】という制約が無いのなら、もはや俺を止める鎖は存在しない。
「……ちゅっ」
俺は彼女に言われるまま、マドカさんの頬にお返しのキスをする。
するとマドカさんは、ニヘラと顔を緩ませて……顔を真っ赤に染め上げた。
「んふー……ありがとうございます。でも、次は唇でお願いしますよ?」
「うぇっ!?」
「それはもう、たぁっぷりと深いキスを」
赤い舌をチロッと出して、マドカさんは吐息混じりに囁く。
うぐっ……なんというエロさ。こんなの、今すぐにだって恋人(仮)ではなく、本物の恋人になりたいと思ってしまうじゃないか。
「さぁ、大和君。お料理を再開しましょうか」
「……はい」
きらら、本当にごめん。兄貴がこんな急に恋人を作るなんて、不安にさせたよな。
でも、それもこれも全部――お前の幸せのため。
俺が胸を張って、お前の兄貴でいる為の試練なんだ。
だから、俺は頑張るよ。どれだけ辛くても、どれほど苦しくても。
俺は――お前の彼女達への邪な想いを断ち切ってみせる!
【別荘の一室】
「……はぁ、やってくれたわね」
俺とマドカさんがキッチンで料理をしている頃。
別荘の中にある一室で、ひかりさん、しのぶ、カレンちゃんが話をしていた。
「どういう事だよ、ひかり! なんで兄貴とマドカさんが付き合ってんだよ!」
「そんなに怒鳴らないで。私だって、予想外の展開で焦っているの。それに、この中で1番辛いのは確実にカレンなのよ?」
「あうぅ……マドカが、お兄様と……ワタクシは、どうすればいいんですの?」
「……ごめん」
「もういいわ。それよりも、現状を正しく認識する方が先決ね」
苛立ちを隠せず、冷静さを欠いたしのぶ。
感情の制御が出来ずに頭を抱えるカレンちゃん。
もはやこの中で、落ち着いた思考が出来るのはひかりさんしかいなかった。
「どうやら、お兄さんのタラシ力が強すぎたせいで、あっという間にマドカさんを籠絡してしまったみたい。とはいえ、まさかこんなに早く動くなんて」
「まさか兄貴が、マドカさんの告白をオーケーするなんて……アタシらの今までの努力は、一体なんだったんだよぉ……!」
「今日会ったばかりのマドカに取られるくらいですもの。お兄様は、ワタクシ達の事なんて……」
「そう悲観する必要は無いわ。私の推測が正しければ、お兄さんとマドカさんの交際はブラフ……あるいはそれに近いものよ」
「「!?」」
「そもそも、きらら至上主義のお兄さんが急に彼女を作るなんてあり得ない。だとすれば、考えられる可能性は1つ」
顎に手を当てて、ひかりさんは自分の推理を2人に説明する。
「私達のアプローチが効きすぎて、最近のお兄さんはきららへの罪悪感で苦しんでいた。だからそこで、マドカさんが恋人役を買って出たのよ」
「マドカが恋人役を? どうしてそんな事を?」
「そうか! 兄貴に彼女がいれば、アタシ達がスキンシップ出来なくなると思って……」
「頭の良いマドカさんの事ですもの。そういった理由で、お兄さんの恋人(仮)になったんでしょうね」
「むきぃーっ! マドカったら、ワタクシに黙ってそんな真似をするなんて!」
「でも、演技なら良かったよ。アタシらにも、まだチャンスが……」
「いいえ。危機的状況はまだ終わっていないわ。私達はともかく、きららは真相を知らないんですもの」
「「あっ」」
「…………早くマドカさんをどうにかしないと。一歩間違えば、きららが【あの時】のように暴走してしまうかもしれないわ」
指の爪を噛みながら、珍しくひかりさんが焦った様子を見せる。
残りの2人もまた同じく、その額から冷や汗を流すのであった。
【リビング】
「……お兄ちゃんに、恋人。マドカさんが、彼女」
先程割ってしまった皿をテーブルの上でパズルの上に並べているきらら。
その瞳には、一切の光が存在していない。
「そうだよね。お兄ちゃんも男だもん。綺麗な人がいたら、好きになっちゃうよね。私だって同じ。ひかりちゃん、しのぶちゃん、カレンちゃん」
ガリッ、ガリリリリ……
テーブルを擦る皿の破片が、耳障りな音を奏でる。
「先に浮気したのは私。だから私が悪いの? ううん、そんなわけない」
ギリッ、ギギギギギッ……
「お母さんが言ってたもん。兄妹じゃ恋人になれない。結婚できない。赤ちゃんだって作っちゃいけない。いつまでもは一緒にいられないって」
ザクッ。ポタッ……ポタッ……
「お父さんは言ったもん。きららは他人の男の人と結婚しなさいって。そんなの嫌なのに。お兄ちゃん以外の男なんて反吐が出るよ。全員死ねばいいのに」
テーブルに滴る血痕。
きららはぼんやりと、力無く……その雫が広がっていくのを見つめる。
「だから美少女ハーレムなの。こんなにも可愛い女の子達がいっぱい傍にいたら、お兄ちゃん……他の汚い女なんか、見えなくなるでしょ? そうすればね、ふふっ……お兄ちゃんはずぅっと私のお兄ちゃん」
いつか。兄が誰かと結婚して、遠くへ行ってしまわないように。
兄がいつまでも自分を可愛がってくれるように、ドジで、天然で、手のかかる甘えん坊な妹を演じ続けなければいけない。
そうして、今までやってきたのに。
きららの心の中では、複雑な感情がぐるぐると渦巻き続けている。
「あーあ、マドカさん。すっごく綺麗で、優しくて……私、割りと好きだったのに」
皿の破片の中で、一際鋭い破片を……きららはポケットの中へとしまい込む。
「……残念だなぁ。ふふっ、うふふふふふっ! あっはっはははははははっ!」
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