エクストラ1【白雪マドカの過去】

【白雪マドカの回想】


 それはまだ、私がクラウディウス家に仕えて間もない頃の話です。


「ねぇ、新入りの白雪……だっけ?」


「はい」


「アンタさ、さっきあたいらになんて言った? もっぺん言ってみなよ」


 新人メイド一日目。私は先輩メイド達数人に囲まれるようにして、屋敷の裏に呼び出されていた。


「……どうして手を抜かれるのですか? 掃除も洗濯も、先輩達が本気で取り組んでいるようには見えません」


 その理由は単純。私が先輩達の仕事ぶりに、文句を言ったからだ。


「はぁ? 何を生意気な事を言ってんのよ」


「あたいらが手を抜いているって証拠があるわけ?」


「……見れば分かります。旦那様やお嬢様の目が届くような場所は綺麗にしていますが、目の届かないような場所は一切掃除していないと」


「そりゃそうでしょ。見ない場所なんて、たまに綺麗にすりゃいいのよ」


「そうそう。金持ちなんて、豪華な家具だけピカピカなら満足すんだから」


「そういう問題ではないかと。仕える者としての心構えが……っ!?」


 バシィンッと、私の頬が叩かれる。

 普通に痛い。


「うっせんだよ。ちょっとくらい見てくれがいいからって、調子に乗んなよ!」


「っ!?」


「顔はやめな、顔は。旦那様にバレると厄介だからさ」


「ボディにしときな、ボディに」


「うらっ! 教育してやるよ、新入りぃっ!」


「……っ!」


 その日私は何度も殴られました。今でもめっちゃムカつくくらいに。

 しかし、当時の私にはどうする事も出来ません。


「これに懲りたら、二度と口答えするんじゃないよ」


「ていうか、細かい部分が気になるならてめぇがやっとけよ、カス!」


「……」


 私を殴って満足した連中は、それはもうスッキリした顔で去っていく。

 

「……ええ、分かりましたよ」


 ここで旦那様に告げ口しても、相手の数の方が多いのでは不利。

 口裏を合わされてしまうに違いない。

 なら、私のやる事は1つ。自分の役目をしっかりと果たすだけだ。


「……よいしょ、よいしょ」


 それからというもの、私は毎日仕事を頑張りました。

 両親を無くし、身寄りのない私を引き取ってくださった旦那様の恩に報いるべく、私は不甲斐ない先輩達のやり残しを全てフォローし続けた。

 そうして、数ヶ月が経った頃。


「最近の屋敷は細かいところまで手入れが行き届いているようだな」


 ある日、旦那様が私達メイドを全員呼び出したかと思うと……そのような話を始めた。


「実を言うとな、お前達が少し前まで手を抜いていたのは気付いていた」


「「「「「!!」」」」」


「もしこのまま、何も変わらないようなら、全員クビにしようかとも考えていたのだが。これなら……その必要は無さそうだ」


「も、勿体ないお言葉でございます! みなをしっかりと教育した甲斐がありました! それに応えてくれた部下達も、とても頑張ってくれましたので」


 旦那様の言葉に真っ先に答えたのは、よく私を虐めていたメイド長だ。

 調子のいい事を言って、旦那様に媚を売るつもりらしい。


「そうか。ならば、メイド達の給料を上げねばならないな」


 旦那様の言葉に、メイド達全員が黄色い声を上げる。

 ああ、なんだか悔しいですね。私の旦那様への恩返しが、こんな連中の給料アップのダシに使われるなんて――


「お父様、お待ちになって」


「ん? どうしたんだいカレン?」


 と、ここで姿を現したのはカレンお嬢様だった。

 まだ7歳になったばかりだが、天才的な頭脳を持ち、中学校に通っておられます。


「給料アップするのは……そこにいる、銀髪のメイドさんだけで構いませんわ」


「なに?」


「「「「「え?」」」」」


 カレンお嬢様の言葉に眉をしかめる旦那様と、驚愕の表情を浮かべるメイド達。

 そして私は……ただ唖然としていました。


「どういう事だ?」


「普段、お屋敷にいないお父様は知らないでしょうけれど……仕事の大半をこなしていたのはそこのメイドだけですの。他の連中はサボってばかりのグズばかり」


「「「「「!?」」」」」


「ですから、彼女以外は全員クビにしてくださいまし。そして今度こそ、ちゃんとしたメイドを雇ってくださいな」


「……どういう事だ、メイド長?」


「あ、いえ! これは、その……カレンお嬢様が嘘を……!」


「貴様っ! 私の娘がこのような嘘を吐くと申すのかっ!?」


「ひぃっ!?」


 カレンお嬢様を溺愛する旦那様の怒りは、それはもう凄まじかった。

 あっという間にメイド達全員をクビにし、新しいメイドの手配を済ませました。

 これにより、私は虐めから解放され……今度こそ、まともな同僚達と一緒に働けるようになったのです。


「……カレンお嬢様、ありがとうございます」


「あら、礼を言われるような事はしていませんわ」


 まだ7歳だというのに、この方は本当にしっかりしていらっしゃる。

 こんなにも、可愛らしい天使のような見た目で……人の上に立つ富豪としてのカリスマが形成されているみたいです。


「それよりも、アナタのお名前……白雪マドカ、でしたわよね?」


「は、はい!」


「アナタ……とっても優秀なんですのね。ワタクシ、いつもアナタの仕事ぶりに感心していましたの!」


「ありがとうございます」


 私は感動のあまり、泣き出してしまいそうだった。

 虐めから救って頂いただけではなく、私の頑張りまで見ていてくださったなんて。


「これからは、ワタクシの専属メイドになりなさい。アナタのようなメイドでなければ、ワタクシのパートナーは務まりませんもの」


「かしこまりました。私はカレンお嬢様に、絶対の忠誠を尽くします」


 この日以来、私はカレンお嬢様の専属メイドとなった。

 カレンお嬢様が立派な淑女となり、クラウディウス家を支えるようになる日まで。

 ずっとお傍で支え続けると、誓ったのです。


「ふわぁ……美人メイドさんだぁ! もし良ければ、私の美少女ハーレムに入ってくれませんか!?」


「はい?」


 あれから数年後。

 今では高校に飛び級なさっているカレンお嬢様のクラスメイト、晴波きらら様に告白されたのは……彼女が屋敷に遊びに来られた時だった。


「マドカ、気にしないでいいですわ。これは百合少女であるきららにとって、挨拶のようなものでしてよ」


「ええ!? 酷いよカレンちゃん! 私の告白はいつだって本気だもん!」


「そう言いながら、ワタクシには何回告白していまして?」


「知りたいかね? 昨日までの時点では、99822回だよ」


「胸を貼りながら威張る事ではありませんわ。もうワタクシ、耳にタコが出来ましたの」


「でも、たこ焼き美味しいじゃん! だから付き合おうよ! ね?」


「はぁ。この調子だと、10万回目でも厳しそうですわね」


 カレンお嬢様ときらら様が楽しげに会話を交わす中。

 私の頭の中では、ぐるぐると1つの言葉がループを続けていた。


「百合、少女……」


 初めて耳にする言葉ではあるが、直感で意味は理解出来た。

 恐らくは女の子同士での恋愛を好む少女の事なのだろう、と。


「カレンお嬢様と……きらら様が?」


 その時私は、不思議な高揚感を覚えました。

 なんでしょうか、風……吹いてきている。

 私の中に、ほとばしる熱いパトス。


「百合……! ああっ、百合!」


「マドカ? 白目を剥いて、どうしましたの?」


「び、美人さんだけど……なんか怖い」


 そして私はこの日から、百合というジャンルに魅了された。

 特にきらら様とカレンお嬢様のカップリングは熱い。

 なんだかたまに、胸のデカイ黒髪とガラの悪そうな茶髪が一緒にいるようですが、それはそれで良い。

 もっともっと、私に百合を提供してくださいませ!


「……ねぇ、マドカ。少しよろしくて?」


「はい。なんでしょうか?」


 さらに月日が流れ。私がすっかり百合推し厨になった後。

 カレンお嬢様は不意に、私に質問をしてきた。


「マドカは……女の子が好きなんですの?」


「大好きです」


「それは、恋愛対象として?」


「……いえ。あくまでも、愛でる対象ですね」


 そう。私は百合推しではあるが、別に百合そのものというわけではない。

 カレンお嬢様を可愛いと思うし、天使のようだと常々感じてはいるものの、だからといって付き合いたいとか、結ばれたいなどとは思わない。


「では、恋愛対象は男性ですの?」


「……分かりません。まだ、恋をした事がありませんので」


「へぇ、そうでしたの。では、好みのタイプとかはありまして?」


「好みのタイプ、とは少し違いますが。もし、私が好きになるとしたら」


「なるとしたら?」


 興味津々で、目を輝かせながら訊ねてくるカレンお嬢様。

 古今東西、女の子は恋バナというものが大好きらしい。


「……いつかのカレンお嬢様のように、私の陰の努力に気付いてくださって」


「うんうん」


「そして、私を優しい笑顔で褒めてくださるような人――でしょうか」


「きゃー! なんだか照れちゃいますわー!」


「ふふっ。でも、そんな方が――本当に現れるとは思えませんけどね」


 そう。この時の私は、考えもしなかった。

 まさか本当に、私の前にそんな方が現れて――一瞬にして、私の心を奪ってしまうなど。

 そして、その人がカレンお嬢様の想い人であるなどとは……夢にも思いませんでした。

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