第17話:知らなかったのか?攻略からは逃げられない
「うひょー! 美味しそう!」
「……これまた、凄いご馳走だな」
海外のセレブが暮らしていそうな内装の別荘へと足を踏み入れ、マドカさんに案内されて進んだ先には――それはもう、凄まじい量のご馳走が並んでいた。
しかもなぜか立食形式。いわゆるビュッフェというやつだ。
「和洋中、ありとあらゆる料理をご用意致しました」
「すごいすごい! すっごーい! まるでテーマパークに来た気分だぁー! これ、全部食べちゃってもいいの!?」
「お好きな物を、お好きなだけ召し上がりくださいませ。腕によりをかけましたので、味は保証致しますよ」
「やったぁー! お腹いっぱい食べるぞぉー!」
きららは隅のテーブルからトレイ一式とトングを手に取ると、それをカチカチと鳴らしながら料理の物色を始める。
「あ、きらら! ワタクシもご一緒しますわ」
「カレンちゃん、急がないと私が全部食べちゃうよー?」
「そうはさせませんの! いざ、出撃ですわ―!」
先を行くきららを追って、カレンちゃんがトコトコと走っていく。
彼女のフリフリなドレス姿は、この豪華な一室の華やかな雰囲気にピッタリだ。
「あぁ……尊い。何これ、もう……ダメです。こんなの可愛すぎます。はぁっ、はぁんっ……! もっと、もっと2人で絡み合ってくださいませ……!」
そしてきららとカレンちゃんが並んで料理を選ぶ姿を、白雪さんはどこかから取り出した超巨大な望遠レンズの一眼レフでパシャパシャと撮影開始。
「お兄さんも、驚いたでしょう?」
どこのパパラッチだよ、と思っていると……後ろからひかりさんが声を掛けてくる。
見ると、彼女は心底呆れたように目を細め、首を横に振っていた。
「マドカさんには、私もしのぶも困っているんです」
「……え? どうして? マドカさんは百合の味方なんじゃ?」
さっき、俺がマドカさんから受けた暴言から察するに……マドカさんは女の子同士の恋愛を応援するのが大好きなのだろう。
だから、きららの彼女達であるカレンちゃん達と交流を深める俺を疎み、あのような酷い言葉を吐いたものだと。
「兄貴。あの人が百合好きなのは本当だけど、同時にカプ厨でさ」
「……カプ厨」
「要するに、あの人の最推しはきらら×カレン。だから、アタシ達はおまけ程度にしか考えていないし、2人の邪魔をすれば……こっちも敵と認識されるってわけ」
俺の疑問には、しのぶが答えてくれた。
なるほど。百合好きだからといって、百合の全てを応援しているわけじゃないのか。
「マドカさんの理想は、きららとカレンがくっついて、私としのぶが2人の愛人枠。そしてきららの傍にいるお兄さんの排除――でしょうか」
「排除、ね。穏やかじゃない話だな」
「呑気な事を言ってる場合じゃないよ、兄貴。あの人が本気になったら、マジで兄貴の身が危ないっていうかさ……」
「んー……そうかな?」
俺は顎に手を当てて考える。
確かに先程、彼女から罵詈雑言を受けた時にはショックだった。
しかし、今の俺の彼女に対する認識は――少し変わっている。
「俺は案外、マドカさんとは仲良くなれる気がするんだ」
「「へ?」」
「……っ!?」
俺が呟いた言葉を聞いて、ひかりさんとしのぶが声を揃えて首を傾げる。
そしてそれと同時に、あれほど夢中できらら達を撮影していたマドカさんが、その動きを止めて……こちらへと視線を向けてきた。
「今、聞き捨てならない事をおっしゃいましたね」
「うぇ? 聞こえてました? うわ、恥ずかしいな」
「アナタの羞恥など、どうでもいいんです。それよりも【私と仲良くなれる】などという妄言を今すぐ訂正してください。不愉快極まりないので」
「訂正するも何も、俺が勝手に思っているだけだし。それは変えられないよ」
あからさまに不機嫌な表情で、眉間に皺を寄せるマドカさん。
その眼光は激しい怒りの色に染まっていたが、それでも俺は視線を逸らさない。
「……では、そのように思う根拠を教えてください」
「根拠?」
「それを今から、私が否定して差し上げます。そうすれば、もう二度とあんなふざけた事を言わないでしょうから」
ああ、そういう事か。だったら、話は簡単だ。
「マドカさんが用意してくれた料理ですよ」
「料理……?」
「これだけの料理をあんな短時間で用意するの絶対に不可能。だとすれば、この料理は元々作り置きしていたもので……マドカさんは今日、それを温め直しただけ」
「ええ、その通りです」
「つまり、料理の仕込み自体は俺達が島に到着する前。つまり、昨晩の間に用意してくれていたって事ですよね?」
今日、俺達はそれなりに朝の早い時間から船に乗ってこの島へ来た。
つまり、マドカさんは昨日の深夜から朝方にかけて……これだけの量の食事を用意してくれていたのだろう。
「だからなんだと言うんです? 私はメイド。主の為に仕事として、料理の仕度を整えただけではないですか?」
「そうかもしれません。でも、俺が言いたいのはそんなところじゃないんです」
俺に食って掛かってくるマドカさんをヒラリと躱して、俺もきららのようにトレイを手に取ると……近くにあった煮物を皿によそってみる。
「ほら、やっぱり」
「……お兄さん? 何がやっぱりなのかしら?」
「アタシ達にも分かるように説明してくれよ」
「大根の色が芯まで変わる程に煮込んであるのに……他の具材はほんの少しも煮崩れをしていない。これだけ味を染み込ませながら、こんなにも形の綺麗な煮物を作るのは大変だよ」
「!」
俺がよそった煮物の中から、大根を箸で割ってみると……それはもう見事な色に煮込まれた大根である事が証明された。
「これだけ多くの料理があるんですよ? 煮物の1つの作り方が丁寧だからといって……」
「煮物だけじゃないですよ。そこにあるおにぎり1つとっても、握り方に工夫を感じるし……他のどの料理を見ても、一品一品。丁寧に調理されている事が分かります」
「……っ!」
「食べなくても、見ただけで分かります。アナタがどれほど苦労して……汗を流しながら、これらの料理を作り上げたのか。ビュッフェ形式なら、誰にも手に取られずに終わる料理があってもおかしくないのに……」
「そう、なのか? アタシらにはまるで分かんねぇけど」
「……流石は料理が趣味のお兄さんですね」
「ひかりさんの言うように、これは料理の心得がある人にしか分からない……細かな点だ。普通の人なら、これだけの品数を作ってくれただけでも大感謝だろうし」
俺の言葉に頷くひかりさんとしのぶ。
マドカさんは未だに、黙ったまま俺をジロリと睨みつけていた。
「実際、きららもそんな部分を見ていないもんな」
少し離れた場所を見ると、きららが大量の肉団子スパゲティを二本のフォークを使って器用にグルグル巻にして食べていた。
その肉団子1つに、どれだけの工夫があるかなんて、アイツは考えもしない。
「料理って、手を抜こうと思えばいくらでも抜けるんですよ。それだけ手間を掛けたからって、その事に気付いて貰えるとも、報われるとも限らないですし」
「…………」
「だから俺は、アナタを尊敬します。今はすげぇ嫌われているかもしれないですけど、こんなにも真心の籠もった料理を作れる……優しいアナタと仲良くなりたい」
「お兄さん……」
「兄貴……」
「そういう根拠で、俺はアナタと仲良くなれると思います。いや、そう信じていたんです」
俺は力強く言い切って、マドカさんに右手を差し出す。
出会いは最悪だったが、俺と彼女はきっと分かり会える。
こんな料理を作れるような人が、悪い人なわけがないからな。
「……晴波大和様。アナタは……」
マドカさんはわなわなと震えながら、自分の口元を両手で押さえる。
そして……その双眸に大粒の涙を浮かべ、こう切り出した。
「ぷっ、くくくく……! 何を勘違いしているんですか?」
「「「え?」」」
「ダッサイですね。何をしてやった感を出しているんですかね、この犯罪者もどきは」
「マ、マドカ……さん?」
「これを全部私が作った? そんなわけないでしょう? 昨晩、クラウディウス家がお抱えするシェフを数人、ここへ連れてきて作らせただけの話です」
「「「な、なんだってー!?」」」
俺とひかりさん、しのぶは揃って驚愕の声を漏らす。
だが、マドカさんの告白はまだまだ終わらない。
「そもそも、私は料理など好きじゃありませんし。ああ、でも……美味しいお料理を食べながらイチャイチャとする百合少女は……イイ!」
「そんな……」
「はぁ? 何を落ち込んでいるんですか? 勝手に勘違いしたのはそちらのくせに」
責めるようなマドカさんの言葉に、俺は何も言い返せない。
というか、彼女が料理好きじゃなかった事がショックすぎる。
「本当にアナタは、私をイラつかせる天才ですね。もはや視界に入れるのも不愉快なので、とっととあちらへどうぞ」
「……はい」
「あ、兄貴! 元気出しなよ……ほら、アタシが料理を選んであげるから!」
「うん……」
俺はすっかりしょぼーんな感じになり、肩を落としながらしのぶに連れられていく。
うぅ、折角……同じ趣味を持つ美人とお近づきになれると想ったのに!
「ああもうちくしょう! こうなりゃやけ食いしてやるー!」
「うぇぁ!? 兄貴ぃ!?」
「むむむっ!? 来たね、お兄ちゃん! 私の料理は渡さないよー!」
「うぉぉぉぉぉんっ! 今の俺は誰にも止められないぞ!」
「きゃあー! お兄様ったら、すごい食べっぷりでしてよー!」
こうして俺は、半ばやけくそとなり、あらゆる料理を食べまくった。
それはもう、腹の中がパンパンになるまで。
「…………」
「待って、マドカさん。少し、話が違うんじゃないですか?」
俺が人間火力発電所と化して、きららとフードファイトを開始していた頃。
こっそりと部屋を抜け出そうとしたマドカさんを、ひかりさんが引き止める。
「……何が、でしょうか?」
「昨晩、私はカレンから……『マドカが1人きりで島へ準備に行ったから、暇なんですのー』という電話を貰っているんです」
「!?」
ひかりさんの言葉に、マドカさんは目に見えて動揺する。
あれだけ毅然に振る舞っていた彼女が、目を泳がせながらギリッと奥歯を噛んで鳴らすほどに。
「お嬢様、あれほど口止めを……」
「あら、やっぱりそうでしたか」
「……えっ!?」
「ごめんなさい。カマをかけさせて頂きました」
ペロッと可愛らしく、赤い舌を出して頭を下げるひかりさん。
一方、まんまとしてやられたマドカさんは唖然とした様子で、目を丸くしている。
「ふふっ……マドカさん。始まりましたよ」
「な、何が……」
「まだ分からないんですか? お兄さんは料理を見ただけで、アナタの内面まで見抜き、そこに好感を抱いてくださったんです」
詰める。距離を詰める。この場から逃してなるものかという態度で、ひかりさんはマドカさんを壁際へと追い込んでいく。
「そしてアナタも……その事が嬉しくて堪らなかった。だから、咄嗟にあんな嘘を吐いてまで誤魔化そうとしたんですよね?」
「違います……! 私は……そのような、事は……!」
「あら? だったらどうして、さっきからそんなにニヤけているんですか?」
「それは……ハッ!?」
すかさず自分の頬に触れるマドカさん。
しかしすぐに、それもまた……ひかりさんの罠であると気付く。
「マドカさん。アナタはもう、底なし沼に嵌っています。もがけばもがくほど、沈むのが早まっていくだけ」
「わ……私は……」
「アナタはもう――お兄さんからはニゲラレナイ」
「し、失礼致します!」
堪えきれず、マドカさんはひかりさんの腕を振り払って走り去っていく。
「ふふっ、赤くなって……お可愛いですね」
その頬が朱に染まっていたのを確認し、ひかりさんは笑う。
かつての自分と同じように、1人の男への愛に落ち始めた女性を。
「ああっ、お兄さん。私はアナタが好き……こんなにも大好きなのに。私は一体いつまで、こうして恋敵を増やしていけばいいの?」
そして、その一途な想いを貫く為に――手段を選ばなくなった今の自分を振り返り。
「あはっ、あははははっ……! 好き、好き好き好き。お兄さん、大和さん、お兄さん、大和さん、お兄さん……早く、早く私を愛してよぉ……!」
ただ悲しげに、嘲笑い続けていた。
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