第16話:美人メイドに一目惚れ?

「おい、きらら。歩きにくいから、そろそろ離れてくれ」


「……やだもん」


 さっきの一件で、妙なスイッチが入ってしまったのか。

 きららは俺にしがみついたまま、一向に離れようとはしない。

 昔にも何度かこういう事はあったな。

 俺が家に女の子の友達を連れてきた時とか、文化祭実行委員の仕事でクラスメイトの女の子と2人きりで買い出しに出かけた時とか――

 きららはなぜかその事を知っていて、後で必ず、こんな風に甘えてくるんだよなぁ。


「(……想定外ね。私達だけなら、きららがジェノサイドモードになる事は無いと思っていたのだけれど)」←ハンドサイン


「(いや、ジェノサイドまではいってねぇな。それだったら今頃、アタシらも危ないし)」←ハンドサイン


「(しゅきしゅき甘えさせてお兄ちゃんモード……通称SAOモードね。これなら、今回の旅行も平穏に終わらせられるかしら)」←ハンドサイン


「(早いとこ、マドカさんをこっち側に引き込んでおかないと……今後がまずくねぇか?)」←ハンドサイン


「(そうですわね。マドカはワタクシのメイドとして、これから先も仕えて貰いますもの。きららが敵と見なす前に……)」←ハンドサイン


「……? ひかりさん達、何をしているの?」


 さっきからお互いを向き合って、何か手をシュババババと早く動かしている。

 忍者が忍術を発動する時の印みたいで、ちょこっとカッコいい。


「な、なんでもないです。それより、もう別荘に到着しましたよ!」


「船酔いは治ったけど、まだ少し体がダルいからさ。早く中で休みたいね」

 

「この別荘なら、きっと快適に過ごせますわ!」


 俺が声を掛けると、3人はいつも通りの愛らしい顔でこちらを見てくる。

 もうちょっとあの動きを見ていたかっただけに、少し残念だ。


「って、本当にいつの間にか到着していたな」


 創作の中でしか見た事の無いような外観をした洋館。

 もはや別荘ではなく、豪邸と呼ぶ方が正しいのかもしれない。


「本当に凄いわね。うちのアパート何部屋分かしら?」


「なぁ、カレン。なんかあっちにグラウンドみたいなのが見えるんだけど?」


「奥に運動場がありますの。他にも温泉浴場、建物内にはカラオケ付き録音スタジオ、シアタールームなどなど……ありとあらゆる施設のご用意がありましてよ」


「録音スタジオ!? そいつは助かるよ! この島にいながら、レコーディング出来るなんて最高!」


「ふふっ。将来、この島で暮らす事になっても……これで一安心ね」


 なんでもありだな、と俺が呆然としている中。

 ひかりさんが気になる事を口にする。将来、この島で暮らす……?

 

「発電機もありますし、燃料、食料の備蓄も十分。ネット環境も整っていますし、いざとなれば本土まで数十分。定期便で必要な日用品もすぐに取り寄せ出来ますの」


「素敵……ここがいつか【私達だけ】の楽園になる日も遠くないのかしら」


 ああ、もしかして。彼女達はきららと結ばれた後、この島で生活するつもりなのか?

 昔に比べて同性愛への理解が進んだ現代でも、未だに風当たりは強いし、そもそもハーレムなんてもってのほかだ。

 だが、この人の目の無い島なら――彼女達は平穏に暮らせる。

 

「きらら、良かったな。お前の未来は明るいぞ」


 俺が唯一、きららの美少女ハーレムにおいて懸念していたのはソレだ。

 一時は俺が総理大臣になり、日本の法律を同性多重婚OKに変えてやろうかとも考えたものだが……そうしなくて済むのなら、大いに助かる。


「私達の……楽園」


「ああ。ここでなら、人の目を気にせず……自由に好きな人達と愛し合えるぞ」


「……好きな人と、愛し合える? そっか……愛し合って、いいんだ。人の目さえ無ければ、誰も私達を邪魔しなければ……あはっ、あはははは……!」


「お? やっと元気が出てきたな!」


「うんっ! というか、そろそろお腹が空いてきちゃった!」


 一瞬、きららの瞳がまたしても真っ黒になったように見えたが、考えすぎか。

 もうすっかりいつもの調子に戻ったきららは、俺から離れてひかりさん達の方へと駆け寄っていく。


「みんなー、私もうお腹ペコペコだよー。慰めてー」


「もう、さっきまではお兄さんにべったりだったくせに。きららの浮気者」


「浮気じゃないもーん。お兄ちゃんはノーカンだもーん!」


「そんな事を言う子には、ナデナデしてあげませんわよ」


「むしろ、デコピンの刑だな」


「やーん! ごめんなさぁーい!」


 キャッキャウフフと、イチャつき合う百合カップル達。

 うんうん。若い美少女達が仲良く楽しそうにしている姿を見るのは、なんとも乙なものだ。


「……素晴らしいですよね、百合カップル。あぁ、美しい」


「ああ、全く……って!? 誰だ!?」


 突然背後から声を掛けられ、俺はびっくりしながら振り返る。

 するとそこには、行儀正しい姿勢で立っているメイドさんの姿があった。


「お初にお目にかかります。カレンお嬢様の専属メイド、白雪マドカと申します」


 そう言って、ペコリと頭を下げるメイド……マドカさん。

 歳は俺と同じか、少し上くらいかな。

 名字の通り、白雪のように輝く白銀の挑発をポニーテールにしており、前髪は片側だけが長く垂れ下がって左目を隠している。

 身長は俺より少し低いくらいで、細身の体だが……胸のサイズはきらら以上ひかりさん未満。いわゆる、スレンダー巨乳という体型だ。


「……何か?」


「あっ、いえっ……! すみません!」


 まずい、ジロジロと見過ぎてしまったようだ。

 いつもならこんな事は無いのだが、ついつい彼女へと熱い視線を送ったのには……ちゃんとした理由がある。


「お、俺は……晴波大和です。あの、妹のきららがいつもお世話になっていて……今日も、ここまで船を出して頂けて、それで」


 しどろもどろになりながら、俺はなんとか挨拶を行う。

 まるで童貞みたいに(実際童貞だが)俺が慌てている理由。

 それは、俺の目の前にいるマドカさんの顔が――あまりにも美しすぎるからである。


「晴波大和様ですね。お噂は以前より、カレンお嬢様からうかがっております」


 きららやひかりさん達は、幼さの残る可愛い系の美人だ。

 しかし、この人は違う。身のこなし、振る舞い、声、口調、表情から何もかもが大人っぽく……そして、その整った綺麗な顔立ちは、俺の目を惹きつける。

 こうやって顔を見ているだけで、胸の鼓動が早まり、顔が熱くなっていく。

 ああ、もしかしてこれは……一目惚れって、ヤツでは……!?


「あの、マドカさ……」


「百合の間に割って入ろうとする、便所に垂れたクソにも劣る蛆虫野郎。生きている価値の無い生ゴミの分際で、気安く名前を呼ばないでください」


「……はい?」


「そもそも恋人達の旅行に付いてくるとか空気が読めないんですか? 馬鹿なんですか? その年齢で常識も無いんですか? ああ、すみません。そんな常識があれば、ここにいるはずがありませんよね。アナタのように妹の彼女に欲情するモンスターと無人島で過ごすなど、身の毛がよだつ思いですね。それに、さっきの船でのアレはなんですか? 10歳のお嬢様とお触りゲーム? 児ポですよ。あれもう完全に事案ですよ? 腕が塞がっているから舐める? ただの犯罪者ですよ。恐れ入りましたよ。ここまで筋金入りだと、もはや恐怖を通り越して感服するしかありませんね。ですがご安心ください。アナタがこれ以上罪を重ねないように、必ずやこの島で仕留めて、最後は海の藻屑にして差し上げますから」


 突然、マシンガンのように放たれた罵詈雑言に……俺の思考が固まる。

 え? この綺麗な女の人が、今のセリフを口にしたの?

 ニコニコと聖女のように微笑みながら、これほどの……!


「あっ、マドカさん! いつのまにそんなところに!」


 俺がショックで固まっていると、マドカさんに気づいたきらら達が寄ってくる。


「皆様、簡単な食事の準備を済ませておきました。どうぞ、中へお入りください」


「うぇー!? もう準備が出来たの!? 流石は敏腕美人メイドさんだー!」


「ふふっ、ありがとうございます。きらら様」


「マドカ、お兄様と何を話していましたのー?」


「ただの自己紹介ですよ。大和様は、とても面白い方ですね」


「そうなんですの! お兄様は素晴らしい方ですわ!」


「……チッ。ええ、そうですね。ぺっ」


 カレンちゃんには笑顔を見せつつも、俺の方を振り向いた時には忌々しげに唾を吐き捨てるマドカさん。

 

「マドカさん! 案内して!」


「ええ、かしこまりました。ではカレンお嬢様ときらら様はお手々を繋いで……んふっ、そうそう。グッと来ます。ああ、ビューティフォーです」


 そしてマドカさんはきららとカレンちゃんに手を繋がせて、そのまま先に別荘の中へと入っていく。

 残されたのは、未だに完全硬直したままの俺と……ひかりさんとしのぶである。


「油断したわ。警戒はしていたのだけど、隙を突かれて先制パンチ決められたみたい」


「ああ。あの本性はアタシとお前しか知らねぇからなぁ。兄貴もすげぇびっくりしたdろうな」


 ペチペチとひかりさんとしのぶが俺の頬を軽く叩く。

 その感触で、俺はようやく正気に戻る事が出来た。


「……はっ!? 俺は何を!?」


「お兄さん、大丈夫ですから。後は私達に任せてください」


「へ?」


「この旅行が終わるまでには、きっとアタシらがなんとかするから」


「???」


「「だから……」」


 イマイチ話が飲み込めないでいると、ひかりさんとしのぶが両目を閉じて……俺に顔を近付けてくる。

 何がなんだかまるで意味が分からないが、とりあえず。

 この2人はとっても可愛いので――


「よしよし、ありがとうな」


「「~~~~♪」」


 俺は両手を使って、2人の頭を撫でてあげるのだった。

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