第15話:ぶっちぎりでやべーのは?

「起きてよ、お兄ちゃん! おーにーいーちゃーん!」


「んん……? きらら、か?」


 まどろむ意識。滲んでぼやける視界。

 しかし、この耳が蕩けるような愛らしい声色を……俺が聞き間違えるはずがない。


「もう到着したのに、いつまで寝てるの?」


「到着……? ああ、そっか。俺達は無人島の別荘に向かっていたんだっけか」


 意識がハッキリするに従って、自分の身に何が起きたのかを思い出していく。

 そう。俺はチキチキお触りゲームで、自分の欲望を抑えきれず……意識を失ってしまったんだ。なんとも情けない話である。


「早く船から降りようよ! ひかりちゃん達が私達の荷物まで持ってくれて、先に行ってるんだから!」


「ああ、分かった。一緒に行こう」


 体をゆっくりと起こした俺はきららに手を引かれ、船のタラップを渡って無人島へと足を踏み入れる。

 そして、その全貌を視界に納めた瞬間……思わず、感嘆の息を漏らしてしまう。


「うわぁ……すげぇな」


 無人島、というと木々以外は何も無い殺風景なモノを想像するだろう。

 しかし、ここは船着き場もしっかり造られているし、そこから島の中心部に向かう道もしっかりと整備されている。

 そしてその道が辿る方角には、ここからでも豪邸だと分かる程の大きな別荘がそびえ立っていた。

 これなら、島の周囲を囲む森の中で迷子になっても……あの豪邸を目印にすれば、道に迷う事も無いだろうな。


「お兄さーん! きららー!」


「2人とも、こちらですわよー!」


「早くしろよー! 置いていっちまうぞー!」


 おっと、いけない。呑気に観察なんかしている場合じゃなかった。

 道の先でこちらに向かって手を振るひかりさん達を見つけると、俺ときららは急いで彼女達の元へと駆け寄っていく。


「待たせちゃって、ごめん。それに、荷物まで……」


「別に。これくらい、どうって事ねぇよ」


「そうですの。断じて、勝手に中身を漁ったり、着替えの匂いを嗅いだりなんて……」


「え? 着替え?」


「ねぇねぇ、そんな事よりひかりちゃん! マドカさんは?」


 俺がカレンちゃんの言葉に何か引っ掛かりを覚え、それを訊ねようとするよりも先に、きららが割って入ってひかりさんに質問をする。


「マドカさん……?」


「カレンちゃんのメイドさんの事だよ! ほら、ここまで船を操縦してくれた人!」


 ああ、メイドさんの名前がマドカなのか。

 一瞬、誰の事が分からなかったぞ。


「そんな恩人の事を忘れるなんて、私は妹として悲しいよ! ぷんぷん!」


「そうは言っても、船に乗った時には既に操縦室に籠もっていたし。降りる時には気絶していたから……まだ、ひと目も見れていないんだよ」


 だから、この旅行にもう1人いるって実感がどうにも湧かない。

 まぁ、もうすぐ顔を合わせさえすれば、大丈夫になるんだろうけど。


「マドカさんはね、すっっっっごぉぉぉぉぉぉくっ! 綺麗な人なんだよ!」


「へぇ? そうなのか」


「うんっ! 出来る事なら、マドカさんも私の美少女ハーレムに加わって欲しいなぁ」


 あの超絶面食い(美少女限定)のきららが、そこまで言うなんて。

 実際に会ってみるのが、今から楽しみになってきた。


「あら、きらら。私達だけじゃ物足りないの?」


「そ、そんな事は無いよっ!」


「どうだか。どうせ、美少女は多ければ多いほどいいとか思ってるんだろ?」


「ぎっくぅーっ!?」


「分かりやすいですわね。でも、そんな部分もきららの魅力でしてよ」


 うんうん、カレンちゃんの言う通りだ。

 きららはアホで天然だが、そこがまた保護欲を誘うというか、守ってあげたくなるんだよなぁ。要するに、俺の妹はすげぇ可愛いという事である。


「きらら。お前はまず、目の前の3人の彼女をしっかり攻略する事だな。それが出来ていないのに、新しく人数を増やしてどうする」


「うぐぅっ!? 正論のナイフで串刺しにするのは、ルールで禁止だよ!」


「いつそんなルールを作ったんだよ」


 きららの見苦しい主張に呆れつつも、俺は考える。

 そもそも、この旅行の主役はきららとその彼女達の3人。

 きららの保護者である俺は当然として、カレンちゃんのお付きであるメイドさんも……立ち位置としては脇役なわけで。

 だとすれば、カップル達が仲睦まじく交流を深める裏で、美人なメイドさんと親密になるという事も不可能ではない。


「きらら、お前は彼女達と仲良くしてろ」


「えー!?」


「ふっふっふっ。俺はその間に、メイドさんとの間に愛を育んでおくからな」


 勿論、今の俺にそんなつもりは無い。

 しかし、ちょっとくらいきらら達をからかってもバチが当たらないだろうと、少し冗談っぽく――そんな言葉を呟いた瞬間。


「……愛?」


「「「!?(やばい……!?)」」」


「!?」


 な、なんだ……!? 背筋が今、ゾゾッとしたような気がする。

 俺が不審に思って、周囲を見渡そうと視界を後ろに向けると――


「お兄ちゃん」


「きらら?」


 いつの間にか、きららが立ち止まっている。

 そしてなぜか地面を見つめるように顔をうつむかせて、前髪をだらりと垂らしていた。

 

「……今、なんて言ったの?」


「いや、メイドさんと愛を育むって……」


「…………」


 きららは全く動かない。

 まるで完全に時が止まってしまったかのように、指先一本すら動かさぬまま、その場に立ち続けている。


「……ろす」


「ん? きらら? どうかしたのか?」


 ボソリときららが何かを呟くが、よく聞き取れなかった。

 俺はもう一度聞き取ろうと、きららの傍に近づこうとするが――


「きらら、何をマジになってんだ? あんなの、ただの冗談に決まってんだろ?」


 パンッと、きららの肩を叩くしのぶ。

 そしてそれに続くように、反対側からひかりさんがきららの右腕に、自分の腕を絡ませるようにして腕を組む。


「そうよ。お兄さんが、マドカさんと愛を育むなんてありえないでしょう?」


「…………」


「だから、落ち着いてくださいまし。良い子ですから……ね?」


 最後にカレンちゃんが、正面からきららのお腹に抱きつく。

 すると、ずっと下を向いていたままのきららが、急にブルブルと震えだし……


「あははっ! だよねぇ! お兄ちゃんが、あのマドカさんと恋人になるなんて、ナイナイ! 絶対にありえないよー!」


 心底楽しそうな笑みを浮かべながら、その顔を上げる。

 ちくしょう、言いたい放題に言いやがって。


「「「……ほっ」」」


「???」


 なんでだろうか。

 ひかりさん達が妙に安堵しているように見えるけど……

 そんなに慌てるような場面だったか?


「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんが誰にも相手にされなくたって、一生恋人が出来なくたって……私は永遠にお兄ちゃんの妹だもん」


「おいおい。悲しいんだか嬉しいんだか、よく分からない事を言うなよ」


「ずぅっとずっと。お兄ちゃんは私のお兄ちゃん。たとえ死んでも、いくら生まれ変わっても……私はいつまでも、お兄ちゃんの妹なの」


「……哲学的だな。いや、詩的と言うべきか?」


「んふふっ。だから……ネ? お兄ちゃん……」


 こちらに歩み寄ってきたきららを抱きとめると、彼女はそのまま俺の胸に顔を埋める。

 それから、俺の自慢の可愛い妹は――いや、待ってくれ。


「私のお兄ちゃんをやめるような真似は……許さないよ?」


「っ!?」


 こちらを見上げる2つの瞳は、ドロドロに濁った漆黒の色。

 俺が今、腕の中に抱いているこの少女は、

 果たして本当に――


「お兄ちゃん……大好き」


 俺の可愛い妹、なのだろうか?

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