第13話:美少女には勝てなかったよ……

「うわぁーいっ! 海だぁーっ!」


「こら、きらら。あんまりはしゃぐと、船から落ちちまうぞ」


 待ちに待った連休初日。

 俺ときららは、カレンちゃんの家が所有する無人島の別荘へと向かう船の上にいた。


「ふわぁー。このクルーザーだけでも、うちには到底買えそうに無いよー」


 甲板の上で先程からはしゃぎまくっているきららは、今日はお気に入りのワンピースに身を包んでいるのだが、船上は風が強い。

 時々スカートが捲れ上がりそうになっていて、兄としては少々ハラハラしている。


「きらら、パンツが見えるぞー?」


「やーん、お兄ちゃんのえちえちザムライ! どこ見てんのよー!」


「あのな……」


「クスクス。心配しなくても大丈夫ですよ、お兄さん」


 俺がきららに呆れていると、後ろからひかりさんが声を掛けてくる。

 初めて目にする彼女の私服は、その清楚なルックスとは裏腹に、片方の肩を完全に露出させるタイプの白いトップスに、股ギリギリの超ミニとも言うべきスカート。

 そこにオーバーニーの黒ブーツも加わり、演出されるむちむちの絶対領域。

これはなんとも、エロい格好である。

 

「この船には、私達と……カレンのお付きであるメイドさんしかいませんからね」


「え? あ、ああ……そうだな。運転してくれているのも、メイドさんなんだっけ?」


 いかん、少しジロジロと見すぎてしまった。

 俺は誤魔化すように視線を逸らして、適当に相槌を打つ。


「ええ。とても面白い方なので、後でご紹介しますよ」


「ああ、頼むよ。それにしても……潮風が気持ちいいな」


「うふふふっ、そうですね。でも、しのぶがちょっと……」


 ひかりさんが指差す方向を見ると、船の端の方に腰を下ろし、具合が悪そうに頭を抱えている、しのぶの姿があった。

 それを見つけた俺は急いで、彼女の元へと駆け寄っていく。


「しのぶ、船酔いしちゃったのか?」


「……うん。昔からアタシ、乗り物に弱くて」


「そっか。酔い止めの薬は……流石にもう飲んでいるよな」


「まぁね。でも、昔から、そういう薬が全然効かないんだよね」


 げんなりと項垂れるしのぶ。

 今日の彼女の格好は、丈の長いシルエットパーカーに、デニムのホットパンツ。

 腕や首周りにはアクセサリー。そしてヒールの高い靴まで履いてきており、なかなかに気合が入った格好である。

 こんなにも今回の旅行を楽しみにしていたのに、船酔いでダウンは可哀想だ。


「それなら、飴玉を舐めるといい。少しは気休めになるぞ」


 俺はポケットからキャンディを取り出し、それをしのぶに渡そうとする。

 しかししのぶは、キョロキョロと周囲を見渡すと……ひっそりと、俺にだけ聞こえるような声で呟く。


「……あーん、して」


「え?」


「兄貴が食べさせてくれなきゃ、やだ」


「……」


 周りの目がない状況だからか、しのぶは甘えんぼ妹モードを発動させる。

 本来であれば避けたい事だけど、状況が状況だけに仕方ないか。


「ほら、あーん」


「あーん……んっ、あまぁい……♪」


 俺が口に飴玉を入れてあげると、それをコロコロと口内で転がしながら、しのぶが笑みを浮かべる。

 良かった。これで多少は気が紛れてくれたようだ。


「じきに到着するだろうから、もう少しの辛抱だ」


「……ありがと、兄貴」


 俺がポンポンと頭を軽く撫でると、しのぶは嬉しそうに目を細める。

 ああ、本当にこの子は可愛い。俺の兄欲がみるみる満たされていくぞ。


「じゃあ、また何かあったらすぐに言うんだぞ。くれぐれも、無理だけは……」


「おーにーいーさーまぁーっ!」


「おわっ!? あっぶなっ!?」


 しのぶを労り、その場を離れようとした俺の背中に……弾丸のような速度でカレンちゃんが飛びついてくる。

 その凄まじい威力に、俺は危うく海に放り投げられるところだった。


「お兄様っ! ワタクシとも遊んでくださいましっ!」


 屈託の無い笑顔で、俺に遊びを催促してくるカレンちゃん。

 一歩間違えば大惨事だったのだが、まだ10歳の彼女には……その実感が無いのかもしれないな。


「カ、カレンちゃん。船の上で走ったら……」


「おい、カレン。アンタ、兄貴を危ない目に遭わせるんじゃないよ」


 やんわりと注意しようとした俺の言葉を遮ったのは、しのぶだった。

 彼女はギロリと鋭い眼光、ドスの利いた低い声で……カレンちゃんを叱りつける。


「嬉しいのは分かるし、これからが楽しみなのも理解出来る。でもね、そんなハッピーな旅行が、ほんの少しの油断で台無しになりかねないんだよ?」


「あぅっ……!」


 大人の男である俺でも、たじろぐ程の気迫。

 幼いカレンちゃんはあっという間に涙目になり、カタカタと震えながら俺の腰にしがみついてきた。


「うぅっ、おにいざまぁ……ご、ごべんなざぁいっ……!」


「おー、よしよし。ちゃんと謝れて偉いね」


 泣きじゃくり、謝罪の言葉を口にするカレンちゃんを俺は優しく抱きしめる。

 そしてそのまま彼女を抱っこすると、親が泣く子供をあやすように……その背中を擦ってあげた。


「これから気を付ければいいんだよ。分かった?」


「……もちろん、ですわ」


 ずぴずぴと鼻を鳴らしつつ、カレンちゃんはコクコクと頷く。

 もう、涙は引っ込んできたかな?


「じゃあ、そろそろ降ろそうか」


「やっ、ですの! もう少し、このまま……」


「え? でも……」


「やーっ! お兄様から離れたくありませんのっ!」


 やれやれ、これは困ったな。いくら幼いとはいえ、この子は立派なレディだ。

 あまりこうして、恋人でもない俺が抱きかかえ続けるのは良くないと思うが。


「あははははは! ひかりちゃん、くすぐったいよぉー!」


「先に触ってきたのはきららでしょ? ほら、お体に触るわよ……」


「うにゃぁー! そこらめぇぇぇぇっ!」


 カレンちゃんの恋人(仮)のきららは、すっかりひかりさんとイチャついているし。

 仕方ない。カレンちゃんのケアは、俺が務めるとしよう。


「……(カレン、1つ貸しだからね?)」←口パク


「……(どうもですわ。名演技でしたわよ、しのぶ)」←口パク


「ん?」


 あれ? 今何か、カレンちゃんがしのぶと話していたような気がしたけど。

 まぁ……気のせいかな?


「お兄様、ワタクシと遊んでくださるかしら?」


「え? ああ、別に構わないけど、何をして遊ぶ?」


「そうですわねぇ……じゃあ、きらら達と同じ遊びがいいんですの!」


「……きらら達と?」


 そう言われて、俺はきららとひかりさんの方を見る。


「……ひかりちゃん。そんな触り方……えっちすぎるよぉ」


「うふふ。でも、きららのココは……喜んでいるんじゃなくて?」


 少し距離があるので、ハッキリとは見えないが……もはや完全に密着した状態で、お互いの体をまさぐり合っているようだ。

 それこそ、胸やお尻……股の辺りまで。


「アウト……じゃないのか?」


「余裕でセーフですの。女の子同士なら、あれくらいのスキンシップは日常茶飯事でしてよ?」


 そうなの? まぁ、俺は男だから女の子同士のスキンシップなんて詳しくないが。


「疑うんでしたら、リクエストしますわ。しのぶ、判定はどうなりまして?」


「セーフだな。判定は覆らなかったから、リクエスト権はまだ2回残ってるぞ」


「ほら、審判もこう言っていますの!」


「一体何の審判なんだ……?」


「細かい事は気にしないのが吉でしてよ。という事で、チキチキお触りゲームの開催を宣言しますわー!」


「いぇーい!」


 カレンちゃんのセリフに合わせ、パチパチパチと拍手を始めるしのぶ。

 色々とツッコミたい部分はあるが、とりあえずしのぶが船酔いから完全復活したみたいで俺は嬉しいよ。


「お触りゲームって、ルールは?」


「簡単ですわよ。お互い順番に、触って欲しい部分を言い合いっこしますの。そこを触れなかった方の負けとなりますわ」


「……ん?」


「相手が触るのを躊躇するような場所を言うのがポイントだね。逆に中途半端な指定をすると、こっちが恥ずかしい場所を触られて終わるだけになるよ」


 しのぶがルールというか、勝負のコツのようなものを解説する。

 いや、言いたい事は分かる。分かるんだけどさ……これ、男女でやるような事じゃないよね? 


「(兄貴に触られても嬉しいし、兄貴に触れるのも嬉しい)」


「(おーっほっほっほっ! メリットしかないゲームですわ!)」


「なーんか、おかしいような」


 いや、この子達がわざわざ俺を困らせるような事をするわけがない。

 きっと純粋な気持ちで、俺と遊びたいに決まってる。

 それなのに、変に疑うなんて……俺は最低だ。


「とりあえず、最初は軽めの場所から行きますわよ」


「勝負開始だぜ、兄貴!」


 さて、最初はどこを指定してくるかな。

 腕とか脚とか、その辺りだろうか……?


「ワタクシが触ってほしいのは……おマ○コですわ!」


「ぶぅーっ!?」


「へ?」


 今、カレンちゃんはなんて言った?

 しのぶが吹き出したせいで、あんまり聞き取れなかったけど……


「ま、まなこ! 眼(まなこ)って言ったんだよな? そうだろカレン?」


「そそそ、そうですわ! (ワタクシとした事が、我を忘れてしまいましたわ)」


「眼? いや、でも眼を触るのはいくらなんでも厳しいよ。眼を傷付ける事にもなりかねないし」


「そうだな。相手の体を傷付けかねない場所は、流石にダメだ」


「なら、まぶたに変えますわ! お兄様、ワタクシのまぶたに触ってくださいまし!」


 そう言って、カレンちゃんは両目を閉じる。

 でも、ちょっと待って欲しい。俺は今、カレンちゃんを抱きかかえているわけで。


「カレンちゃん。一度降ろさないと、コレは無理だよ」


「……降りたくありませんの」


「でも、それだと……」


「だったら、手以外の場所を使えばいいんですのよ」


「……手以外の場所?」


「たとえば、その舌とか……」


 舌!? 舌を使って、カレンちゃんのまぶたを舐めろというのか!?

 そんな事、できるはずがない!


「いやいやいや、そんなの汚いよ!」


「……え? お兄様は、ワタクシの事を汚いと思っていますの?」


「ち、違う! 汚いのは、俺の方で……」


「お兄様がぁ……ワタクシを、汚いってぇ……ひっく、うぇぇ、っく、うぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」


 俺の言葉を勘違いしたカレンちゃんが、それはもうとんでもない大泣きを始める。

 参ったな。全然そんなつもりじゃなかったのに。


「あーあー、兄貴。これは兄貴が悪い」


「そ、そうなのか?」


「いいじゃん、ちょっとくらい。ペロッとしてあげるだけでしょ?」


「……」


 いいのか? これは、果たして本当にちょっとと呼べる行為なのか?

 10歳の女の子のまぶたを舐める大学生。

 これは夕方のニュースで放映されるレベルの、大事件ではないのか?


「うぇぇぇぇぇんっ! お兄様の所得税! 固定資産税―!」


「お金持ちの罵倒って、ちょっとズレてるんだな」


 ただ、いくらなんでもカレンちゃんから税金呼ばわりされるのは俺も嫌だ。

 彼女が泣き止んでくれるというのなら、俺は……

 いや、でも俺は誓ったじゃないか。

 もう二度と、きららを裏切るような行為はしないと。

 だから、だから俺は……心を鬼にして!


「……お兄様」


「っ!」


「ワタクシを……ペロペロしてぇ?」


 なぁ、神様よ。アンタはなんて残酷なんだ。

 こんなにも可愛い女の子から、涙目でお願いされて……断れる男がいるのか?

 少なくとも、俺は――


「……ぺろり」


「ひゃああああああああっ!? お兄様に舐めてもらえましたわぁぁぁぁぁっ!」


「いいなぁ、いいなぁ……! 次はアタシの番だからな!」


 そんな男が存在するとは思えないよ。

 ああ、すまない、きらら――

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