第8話:仕組まれたラッキースケベ

「あー、さっぱりした」

 

 シャワーを浴び終えて、俺は浴室から脱衣所へと移動する。

 そしてバスタオルで体を拭き、新しい下着へと着替えよう……として、ふと気付く。


「……ん? さっき、こんな綺麗に畳んだっけ?」


 洗濯カゴの一番上に置かれている俺のパンツ。

 それがなぜか、綺麗に折り畳まれているのだ。

 たしかさっきは、適当に放り込んだはずなのに……


「しかも、なんか床が……濡れてる?」


 風呂から上がった際に水滴が飛んだのかとも思ったが、そうじゃなさそうだ。

 右手の指で触ってみると、なんだか妙に粘っこいというか……糸を引いている。


「……こっわ!」


 もしかすると、アレだろうか。エイリアンの唾液みたいな感じで、何らかのモンスターがこの家に忍び込んでいるのかもしれない。

 そして俺がシャワーを浴びている間、ここで俺を襲う機会を窺っていたとか――


「いやいや、んなわけあるか」


 気になる事は気になるが、だからと言って騒ぎたてるような実害も無い。

 とりあえず、これ以上ひかりさんを待たせるのも悪いし……早く出よう。


「待たせちゃってごめんね、ひかりさん」

 

「あ、お兄さん。皿洗いは終わらせておきましたよ」


 俺が台所の方へと戻ると、ちょうどひかりさんが皿洗いを終えて、着ていたエプロンを外そうとしていたところだった。

 制服にエプロン……これは、なんとも、イイもんだ。


「すみません、勝手にお兄さんのエプロン使っちゃって」


「いいよいいよ。というか、ひかりさんみたいな可愛い女の子に着て貰った方が、エプロンも喜ぶだろうし」


「か、かわっ……!?」


「あっ」


 俺としては素直に褒めたつもりなのだが、いくらなんでも直球過ぎたか。

 ひかりさんは頬を染めながら、バッと俺から視線を逸らす。


「ひかりさん、今のは……」


「そういう事言われると、女の子って勘違いしちゃうんですよ?」


「え? 勘違い? ひかりさんは本当に可愛い女の子だと思うけど」


「いいえ。そうじゃなくて……」


 顔を少し逸らしたまま、瞳だけこちらに向けるようにして俺を見るひかりさん。


「もしかして、脈アリなのかな……って」


 その表情があまりにも大人びているというか、妖艶な雰囲気をまとっているせいで、俺はまたしても……ドキッと胸を鳴らしてしまう。 


「ええっ!? そ、それは……!?」


「なーんて! 驚いちゃいましたか?」


 俺が情けなくもドギマギしていると、ひかりさんがコロッと表情を変えて微笑む。

 あっ、これは……見事に、からかわれてしまったみたいだ。


「ダメですよ、お兄さん。軽はずみに、女の子を褒めると……誤解されちゃいますから」


「うっ……!」


「まぁ、それでも嬉しい事に変わりはないんですけどね……しゅき」


「へ? 今、なんて……?」


 最後の方はボソボソと言っていたから、よく聞き取れなかった。

 嬉しいとか、なんとか、言っていたような?


「あーあ、お兄さんが焦らせるような事を言うから、汗をかいちゃいましたよ。あの、もしよければ……私も、シャワーをお借りしてもいいですか?」


「え? ああ、勿論構わないけど」


「ふふっ、ありがとうございます。じゃあ、ちょっと行ってきますね」


 そう言い残して、雨宮さんは脱衣所の方へと歩いていく。

 俺はその背中を見つめながら、しみじみと思う。


「最近の高校生って、本当に大人っぽいんだな。きららに慣れすぎて、感覚がどうにも鈍っている気がする」


 と、その時。テーブルに置いていった俺のスマホが音を鳴らす。

 どうやら、きららの奴から連絡が来たみたいだ。


「どれどれ……」


 画面を開いて見てみると、予想通りきららからのメッセージが届いていた。

 その内容は――


『しのぶちゃん、強すぎぃっ! 100点を3回も出したんだよ! ちなみに私の最高点数は92点でーす! ぶいっ!』


 写真付きのメッセージ。

 カラオケの筐体をバックに、きらら、雷堂さん、カレンちゃんが笑顔でピースしている写真だ。


「楽しんでるなぁ、アイツ」


 この調子だと、帰ってくるのはまだまだ遅くなりそうだ。

 兄としては、女子高生があまり遅くまでカラオケしているのは感心しないが。

 

「……ん? でもこの写真、誰が撮ってるんだ?」


 3人でカラオケに行っているなら、全員がこうして映るようには撮れない。

 まぁ、タイマー機能を使ったり、店員さんに頼んだりすれば可能なのだが。


『楽しそうで良かった。でも、女の子達だけなんだから、遅くなるなよ』


 とりあえず、そんな当たり障りのないメッセージを送っておく。

 するとすぐに返信が帰ってきた。


『はーい! でも、帰りはカレンちゃんの家のメイドさんが送ってくれるから大丈夫!』


「メイドさん? カレンちゃんの家って、お金持ちなんだな」


 確かに口調とか振る舞いとか、お金持ちっぽかったもんなぁ。

 そんな家の令嬢を、きららのハーレムに加えてしまって……非常に申し訳ない気持ちになってくる。


「でも、大人が一緒にいるなら安心だな」


 妹達の無事が保証されて、ホッと一息を吐いたのも束の間。


「きゃああああああああっ!」


「っ!?」


 突然、脱衣所の方からひかりさんの悲鳴が聞こえてきた。

 なんだ!? まさか、本当に脱衣所にはモンスターが隠れていたのか!?


「ひかりさんっ!」


 俺は急いで脱衣所へと走り、脱衣所の扉を開ける。

 すると、そこには――バスタオル1枚の姿で、うずくまっているひかりさんの姿があった。


「何があったんだ!?」


「お、お兄さん……! そ、そこに……!」


 青ざめた顔でブルブルと震えながら、ひかりさんは脱衣所の隅っこを指差す。

 するとそこには……


「蜘蛛?」


 小指の先くらいのサイズの小さな蜘蛛が、ひょこひょこと動いている。

 どうやら、彼女はこれを見て悲鳴を上げたようだ。


「なーんだ、蜘蛛か」


「なんだじゃないですよ! 私、虫が大の苦手で!」


 怯えながら、俺にしがみついてくるひかりさん。

 女の子だもんな。こんな小さい蜘蛛でも、怖いものは怖いのだろう。


「安心して、俺がすぐに、追い……払って……」


 だが、ここで俺は気付く。

 今……ひかりさんはバスタオル1枚の姿である。

 そんな状態で、俺にしがみついているとなると……それはもう、彼女の豊満な胸の感触が、俺の腕にダイレクトに伝わってくるわけで。


「ちょっ……!?」


「いやぁー、こっちにきますー(棒) たすけてーおにいさーん!(棒)」


「うぉぁっ!?」


 蜘蛛が動いてパニックになったのか、ひかりさんが俺の腕を掴みながら暴れる。

 そのせいでバランスを崩した俺は、そのままひかりさんを押し倒すような形で……その場でずっこけてしまう。


「きゃっ!?」


 バタンッと、もつれ合いながら倒れ込む俺とひかりさん。

 ほんの少し、体に走る痛み……そして、右の手のひらに伝わる、むにゅっという、柔らかな感触――


「……こ、これは?」


「やぁん……そこ、だめぇ……」


 ハラリと、宙を舞うバスタオル。

 そして俺は今、何も身に纏っていないひかりさんを押し倒し……彼女の左胸を、右手で鷲掴みする体勢となっている。


「お兄さんの……えっち♪」


「あ、あばばばっ……!」


 右手に伝わる柔らかな感触。目の前にいる全裸の美少女。

 彼女は女子高校生。しかも妹の彼女である。

 そんな子を押し倒し、胸を触ってしまった。

 俺は、俺はなんて事を……!


「うぅ~ん……」


「え? お兄さんっ!?」


 目の前が真っ暗になる。

 ああ、すまないきらら。俺はお前の彼女に、取り返しの付かない事をしてしまった。

 俺のような蛆虫は、生きる資格が無いんだ。

 

「お兄さん!? しっかりしてください!」


「…………」


「気絶しちゃってる……ふふっ、刺激が少し強すぎたかしら?」


 俺が混乱と罪悪感から意識を手放してしまった後。

 ひかりさんは気絶した俺の横に寝転がると、スマホを使い……パシャリと写真を撮る。


「どこからどう見ても、事後って感じに見えるわ……よしっ! これでいざという時の武器が手に入ったわ」


 本日最大の収穫を手にし、ほくそ笑むひかりさん。

 

「お兄さんも、まだまだ洞察力が甘いですね。これからシャワーを浴びようって子が、バスタオルを体に巻いている筈が無いのに」


 そう呟きながら、彼女は部屋の隅に置いていた蜘蛛のおもちゃを回収する。

 何もかも。今夜起きた事の全てが、彼女の手のひらの上であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る