第7話:彼女のオカズは俺のパンツ

「よーし、完成だ! 晴波家秘伝! 巨大ハンバーグ!」


「わぁ、すごいですね! こんなに美味しそうなハンバーグを見たのは初めてです!」


 俺が作ったハンバーグを見ながら、笑顔でパチパチと拍手をしてくれる雨宮さん。

 うんうん。こうして反応してくれる人がいるというのは、やはり嬉しい。

 俺が料理を趣味にして、普段から色々と献立を凝っているのも……きららという、俺の作った料理を喜んでくれる子がいるからだ。


「付け合せのマカロニサラダと、コンソメスープも用意して……」


「あっ、私も配膳を手伝います」


 作り終えた料理をリビングのテーブルに運ぶのを、雨宮さんが協力してくれる。

 俺は彼女の厚意に甘えて配膳を任せると、自分のスマホを確認した。


「……ん? おいおい、マジかよ」


「どうしたんですか?」


「いや、きららの奴なんだけど……今日は外で夕食を食べてくるって」


 スマホにはきららからの連絡が入っており、その内容は――

『今日は可愛い彼女達とディナーなのだー! あっ、でもお兄ちゃんのご飯は食べたいから、ラップして残しておいてね♪ アナタの愛しい妹より』

 というものであった。


「はぁ……そういうのはもっと早く連絡しろよな」


「すみません。多分ですけど、しのぶとカレンが一緒にいるから」


「それで雨宮さんが謝るのはおかしいよ。悪いのは、連絡を怠ったきららだから」


「でも……」


「この話はもうおしまい。さぁ、一緒にご飯を食べよう」


 雨宮さんにはいつもきららが座る位置に座って貰う。

 そうしてお互いに向かい合う形で、俺達は食卓を囲む。


「それじゃあ、頂きます」


「頂きます」


 両手を合わせ、食前の挨拶を済ませる俺と雨宮さん。

 それから雨宮さんは、まず初めにハンバーグへと箸を伸ばした。


「あーむっ……んぅ~~~~♪」

 

 デミグラスソースたっぷりのハンバーグを口に入れた瞬間。

 雨宮さんは頬に左手を添えながら、フルフルと身を震わせる。


「お口には合ったかな?」


「はいっ! もう、ほっぺたが落ちちゃうかと思いました! 肉汁がジュワッとして、中のチーズがトローリで! デミグラスソースは濃厚でっ!」


 子供のようにキラキラと目を輝かせて、口早に感想を捲し立てる雨宮さん。

 どうやら、俺のハンバーグをお気に召してくれたようだ。


「本当に美味しい。私、お兄さんの料理が……ま、毎日、食べたいです!」


「毎日? いくらなんでも、毎日ハンバーグは飽きるんじゃないかなぁ」


 それだけ評価されて、悪い気はしないけどな。

 

「そういう意味じゃないのに。もぉー……」


「ん? どうしたんだ? そんなに頬を膨らませて……慌てて食べなくても、おかわりならあるから遠慮なく言ってくれよ」


「ほ、頬張って食べているわけじゃありませんっ!」


 あれ、そうだったのか?

 俺はてっきり、きららみたいに一気に飯を頬張ったのかと。

 まぁ、そんな事をする美少女JKなんて、きららの他にはそうそういないだろうが。


「ごめんごめん。いつもきららにも言われるんだ、デリカシーが無いって」


「お兄さん。きららにそう言われるのって、相当ですよ?」


「うっ……!」


「ふふっ……半分は冗談ですから、そんなに傷付いた顔をしないでください」


「……なら半分は当たっているという事か。耳が痛いよ」


 兄の前で恥じらいなく下着姿になるような妹に、デリカシーが無いと思われているのは本当の事だからな。

 これから先、きららの彼女達が度々こうして家に出入りするようになるわけだし、俺も少しは気を付けていかないと。


「んぅ~! マカロニサラダもおいひぃ……!」


「ポテトサラダもいいけど、俺はマカロニサラダが好きなんだ。カニカマを入れるのが、こだわりでね」


 それからは、料理を口に運ぶ度に恍惚の表情を見せてくれる雨宮さんのお陰で、俺も気持ち良く食事を取る事が出来た。

 というより、少し食べすぎてしまって苦しいくらいだ。


「ご馳走様でした」


「ご馳走様。ふぅー……お腹いっぱいだよ」


「私もです。ふふっ、こんな美味しいハンバーグを出来たてで食べられないなんて、きららが可哀想だわ」


「本当だよ。でも今頃アイツも、雷堂さん達と美味しいもの食べてるんじゃないかな」


「そうかもしれませんね。あっ、お兄さんはそのままゆっくりしていてください」


 俺が席から立ち上がり、食べ終えた食器を片付けようとすると……雨宮さんがそれを片手で制してくる。


「美味しい食事のお礼です。食器洗いは私にやらせてください」


「いやいや、そういうわけにはいかないよ。君はお客さんで……」


「いいえ、違います」


 俺の言葉を遮り、雨宮さんがズイッと顔を近付けてくる。

 近い。まるで恋人同士がキスを始める5秒前って、感じの距離だぞ……?


「私はきららの彼女。お兄さんの義理の妹なんですから。私達は家族……でしょう?」


「……雨宮さん」


「んーんー! お兄さんは、妹の事を名字で呼ぶんですかぁ?」


 さらに雨宮さんは、一歩前へと踏み込んでくる。

 もはや、お互いの吐息さえも感じられる程の近さで――彼女は言葉を続ける。


「ねぇ、お兄さん。私を……妹にしてくださいませんか?」


「ひ、ひかり……さん。これで、いいかい?」


「……さんは余計ですけど、今はそれでも構いません」


 俺が名前を呼ぶと、ひかりさんはスッと体を引く。

 危なかった。本当にあと少しで、妹の彼女とキスをしてしまうところだった。


「じゃあ、お兄さん。皿洗いは、私に任せてくださいね♪」


「ああ、よろしく頼むよ」


 マズイ。思わぬ不意打ちに心臓が少しドキドキしている。

 いくら美少女が相手とはいえ、妹の彼女相手に胸を高鳴らせるなんて……俺は、兄として最低だ!


「ふんふふ~ん、スポンジはコレね。洗剤を使って……」


「ねぇ、雨宮さん。皿洗いをお願いしていて、なんだけど……俺、ちょっとシャワーを浴びてくるよ」


「……えっ?」


「少し、頭を冷やしたくてね」


「構いませんよ。どうぞ、ゆっくり浴びてきてください」


「ごめんね」


 俺は動揺を悟られぬよう、極めて冷静に務め……脱衣所へと向かう。

 シャワーを浴びて、スッキリしてこよう。

 そうすれば、こんな気の迷いも……すぐに晴れる筈だ。


「んしょ……」


 俺は着ていた服や下着を全て脱ぎ捨て、それらを脱衣所の籠へと放り込む。

 そしてそのまま浴室の方へと入ると、シャワーハンドルを捻ってお湯の調整を行う。

 温度は……少しぬるめくらいがちょうどいいか。


「あぁ……」


 両目を閉じて、俺はシャワーのお湯を頭から被る。

 視界は暗く閉ざされ、聞こえるのはシャワーの水音だけ。

 何も考えない。ひかりさんの事は考えない。

 そうだ。あの子はきららの彼女……変な気持ちを抱いてはいけないんだ。


 ガタッ、ゴトゴト


「……?」


 あれ? 今脱衣所の方から物音がしたような……?

 でも、この家にいるのは俺とひかりさんだけ。

 ひかりさんは皿洗い中だから……きっと、今の物音は気のせいだろう。


「余計な事を考えるから、幻聴が聞こえるんだ。もっと集中しろ、俺!」


 そう決めつけて、俺はシャワーへと意識を戻す。

 しかし、今の物音は決して幻聴などではなかった。

 なぜならば、俺がシャワーを浴びるその隣では――


「ダメじゃないですかぁ、お兄さん。いつもの癖で、脱衣所の扉に鍵を掛けないなんてぇ……不用心すぎます」


 脱衣所の扉を開き、中へ入ってくる1人の少女。

 当然シャワー中の俺は、その侵入者には気付かない。


「そして、こんなモノを……ぁんっ……すっごい、濃い匂い……♪ すぅっ、はぁー……すぅーっ……はぁ……ぁぁんっ……」


 洗濯カゴの中から、俺の下着を漁り、それを自分の顔に押し当て……まるでマスクのようにして呼吸を行う少女。


「んはぁ……ダメ、ダメよぉ……んっ、こんな場所で、シたら……お兄さんに声、聞かれちゃう……あっ、あぁ……! お兄さん……お兄さんっ……! あぁぁぁっ!」


 少女の揺れる体に合わせて、くちゅくちゅと響く水音。

しかし、その淫らな音はシャワーの水音にかき消されるのみ。

 俺はこの日もまだ、何も知らない。気付かない。

 自分の身に迫りつつある、狂気の愛の存在に。

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