第6話:妹の居ぬ間に彼女が迫る


「しくしく……私はもうダメだぁ……おしまいなんだぁ……」


「おい、きらら。そろそろ元気を出せって」


 きららが3人の彼女(仮)を連れてきた日から、一夜が明けて。

 なかなか1階に降りてこないので、部屋まで様子を見に行くと……布団の中で丸まりながら、泣きじゃくる妹の姿があった。


「だってぇ……初めてのおうちデートで……なんにも無かったんだよ? 私、ほとんどベッドで寝転がっていただけだしぃ……」


「失敗したものはしょうがないだろ。メソメソするよりは、これからのデートで取り返していけばいいじゃないか」


「これからのデート……そっか! そうだよね! 付き合っているんだから、いくらでもデートに誘えばいいんだ!」


 俺の慰めを聞いて、コロッと態度を変えるきらら。

 ガバッと布団の中から飛び出すと、その場ですぽぽーんとパジャマを脱ぎ捨てて、制服に着替え始めた。


「おいおい、せめて俺が出ていってから着替えてくれよ」


「お兄ちゃんになら、見られたって構わないもーん!」


「そういう問題じゃなくて……まぁ、いっか。朝飯が冷めない内に降りてこいよ」


 恥じらいの無い妹に呆れつつ、俺はヒラヒラと手を振って部屋を後にする。

 なんにしても、元気を取り戻してくれたのなら良かった。

 あんな愚昧ではあるが、俺の可愛い妹には変わりない。

 アイツが本気で恋愛を頑張るというのなら、俺はその背中を後押ししてやるだけだ。


【8時間後】


 大学での講義を終えた後、今晩のおかずの事を考えながらスーパーへと立ち寄る。

 ひき肉が安かったので、きららの大好きな特大ハンバーグでも作ってやるかと購入。

 そのまま家へと帰り着くなり、夕飯の仕度を段取り良く勧めていく。

 ハンバーグのタネも難なく作り終え、最後の問題となるのは、ソースはトマトソースにするか、デミグラスソースにするか。

 究極とも言うべき2択の狭間で俺が揺れ動いていると……インターホンが鳴る。


「はーい、すぐに出ます!」


 俺は料理を中断し、急いで玄関へと向かう。

 宅配便か回覧板だろうかと予想して扉を開いた俺だが、玄関の先にいたのは……俺が全く予想もしていない人物だった。


「どうも、お兄さん」


 綺麗な黒髪。グラビアアイドル顔負けの凹凸の激しいスタイル。

 そして、きららと同じ制服に身を包む美少女……雨宮さんである。


「雨宮さん? どうしてうちに……? きららなら、まだ帰ってきてないよ」


 というか、同じクラスなんだから、ここに来るならきらら同伴の筈だ。

 しかし、ここにいるのは雨宮さん1人だ。


「すみません、昨日のお礼が言いたくて」


「お礼って……」


 もしかして、紅茶をこぼしてしまった時の事を言っているのか?

 だとしたら、あんなもの全然気にしなくてもいいというのに。


「だから、きららとのデートはしのぶとカレンに任せて、私1人でお兄さんに会いに来たんです」


 そう説明して、雨宮さんは口元に手を当てながら笑う。

 なんという美少女オーラ全開。仕草、振る舞いの1つ1つが、いちいち可愛いな。


「そうだったんだ。でも、お礼なんていいよ。むしろ、いつもきららの相手をしてくれて、こちらがお礼をしたいくらいさ」


 しかも、アイツのふざけた美少女ハーレムに参加してくれているからな。

 兄としては、妹の夢を叶えてくれている彼女に感謝しかない。


「そんな、私は別に……」


「今日はありがとう。また、きららがいる時に遊びに……」


「お兄さん」


 もうそろそろ日も暮れる頃だ。

 あまり引き止めるのも悪いと思い、話をまとめに入れようとした俺だが……雨宮さんはそんな俺の言葉を遮るように口を開く。


「もしかして、お料理をなさっていたんですか?」


「へ? なんで分かったんだ?」


「だって、そのエプロン姿……ふふっ、可愛い」


「あっ」


 しまった。慌てていたから、エプロンを外すのを忘れていた。

 しかも、前にきららから誕生日プレゼントに貰った……デフォルメされた猫のキャラが描かれた、ピンク色のエプロンである。


「これは、恥ずかしいところを見られちゃったな」


「きららから聞いていますよ。お兄さん、料理がとてもお上手だって」


「あはは、そう大したもんじゃないけどね。今だって、ソースの種類決めだけで頭を抱えそうになっていたし」


「こだわりを持てるだけ凄いですよ。いいなぁ……私もいつか、お兄さんの手料理、一度でいいから……あっ」


 話している途中、雨宮さんのお腹からきゅるるっ、と小さな音が鳴る。

 そして雨宮さんはハッとしたように自分のお腹を両手で押さえて、それから……頬を真っ赤に染めながら、上目遣い気味に俺の顔を覗き込んできた。


「聞こえ……ちゃいましたか?」


「うん、バッチリとね」


「あうっ……」


 ますます赤みを怯えていく雨宮さんの顔。

 いやはや、美少女というのは何をしても、映えるものだ。

 特に、落ち着いたイメージのある雨宮さんが、こうしてお腹を鳴らすなんて……きららなら、ギャップだけでご飯3杯はいけるとか言い出しそうだ。


「うぅ……やっぱり、パンだけでも食べておくんでした」


「もしかして、お昼を抜いちゃったのか?」


「はい。生徒会の仕事を昼休みに片付けないといけなくて……でも、大丈夫です。この後、コンビニでお弁当を買って帰りますし」


「コンビニ弁当?」


「実は私、一人暮らしをしているんですよ。コンビニは心強い味方でして」


 そうだったのか。

 きららと同じ歳で一人暮らしだなんて、どうりでしっかりしているわけだ。


「じゃあ、お兄さん。私はそろそろ……」


「待って、雨宮さん。折角だし、うちでご飯を食べていきなよ」


「……え?」


「いつか、じゃなくて今日でも良ければ……だけど」


 大人として、高校生の女の子がコンビニ弁当と仲良くしているのを見過ごせないという思いもあったが……何より、雨宮さんはきららの彼女だ。

 今から彼女が誰も居ない家に帰り、1人でコンビニ弁当を食べる姿を想像すると、どうしても彼女を引き止めたくなってしまった。


「いいんですか?」


「ああ。その代わり、正直な感想を聞かせて欲しいな」


「……はいっ! では、お言葉に甘えて!」


 嬉しそうに微笑む雨宮さんを見て、俺は彼女を誘って良かったと思う。


「ほら、上がって。すぐに仕度するから」


「失礼します」


 俺は雨宮さんを招き入れ、そのまま台所の方へと向かう。

 この時俺は、雨宮さんに美味しいハンバーグを振る舞う事ばかりを考えて、家に上がった彼女の様子を気にする余裕が無かった。


「……今って、本当に便利な世の中ですよねぇ」

 

 だから、雨宮さんがブレザーの下に隠していたスマホを取り出した事にも、

 彼女がそのスマホを使って【お腹の音】を演出していた事にも気付かない。


「あぁ……好き。だぁいすき……優しいお兄さん。私の愛しいお兄さん」


 そして彼女は、俺に気付かれないようにスマホを高速で操作。

 彼女の同胞の2人に連絡を送る。


『潜入成功。きららの足止めはヨロシクね♪』


『オッケー。カラオケで盛り上がっていくぜ』


『了解ですわ。このまま夕食まで済ませますの』


『その間、私はお兄さんお手製のハンバーグを堪能するわ』


『おい、ふざけんな。こっちにも寄越せ』


『お兄様の手でこねたハンバーグ……えっちすぎますわ』


 その内容を俺が知る事は無かった。

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