第5話:アイスティー×睡眠薬=昏睡???

「お兄さんの……チン……じゃないかしら、これ」


「マジかよ! だったら、こっちのは……なのか!?」


「あむあむ……お兄様の……が、とっても……で、本当に……ですわ」


 トランプの用意と、新たなお茶の用意を済ませて、2階へと戻ってくると……きららの部屋から3人の話し声が聞こえてきた。

 なんだか時折、俺の事を話しているみたいだな。

 内容は気になるけど、盗み聞きするわけにもいかない。 


「入るよ?」


「はい、どうぞ」


 一応ノックしてから、俺はきららの部屋の中へ入る。

 きららは相変わらず放置プレイ中。

 他の3人は愛らしい笑みを浮かべながら、俺を出迎えてくれた。


「おまたせ、アイスティーにしたけど……いいかな?」


「ああ、別に構わねぇっすよ。でも、どうして……?」


「さっきの件もあったからね。ホットより、冷たい方が良いかと思って」


「まぁ! ひかりの事を気遣ってくださいましたの? お兄様ったら、本当にお優しい方ですわね!」


「よしてくれ。これくらい、大した事じゃないから」


 少し照れながら、俺はアイスティーのグラスをテーブルの上に並べていく。

 そして3人の輪の中に加わるようにして、その場に腰を下ろす。


「トランプを持ってきたよ。さて、何にしようか」


「お兄様は何が得意なんですの?」


「そうだな。ババ抜きとかなら、きららには負けた事が無いよ」


 俺が強いというよりは、きららが弱すぎるだけなんだけど。

 アイツ、感情がすぐに顔に出るから、分かりやすいんだよな。


「それなら、ババ抜きにしましょうか。ふふっ、負けませんよ?」


「オーケー。じゃあ、シャッフルして配るよ」


 俺はトランプをシャカシャカとヒンズーシャッフルし、時計回りに配っていく。

 雨宮さん、雷堂さん、カレンちゃん、俺の順番だ。

 

「あら、結構減っていくわ」


「うげっ……まだこんなに残ってる」


「これとこれと……そこそこですわね」


「俺もそんなにだな。1番手札が多いのは雷堂さんだから……順番はそこから時計回りでいいかな?」


「「「はーい!」」」


「よし、じゃあスタートだ」


 最初のペア抜きが終わり、手札を整えてからゲームを開始する。

 

「カレン、アタシの持ってる数字を寄越しなよ」


「そんなの分かりませんの。ご自分で引いてくださいまし」


「うーん……これか? っくぁー! 違った!」


「あらあら、残念ですわね。それではお兄様……引いてもよろしくて?」


「ああ、どうぞ」


 ペアが作れなかった雷堂さんに続いて、今度はカレンちゃんが俺の手札からトランプを引き抜いていく。

 そうして手札に加えたハートのエースを見つめながら、カレンちゃんは硬直する。


「お兄様から貰った……ハートの、エース……」


「カレンちゃん?」


「うっ……うぅっ……! ふぐぅっ……うぇぇっ……ひっく、ぐすっ」


「ほぁっ!?」


 唐突に涙を流し始めたカレンちゃんを見て、俺は思考回路がショートする。

 どうして? ホワイ? なぜに泣く!?

 

「カレンちゃん、大丈夫? ぽんぽんが痛いのか? 薬、持ってこようか?」


「ずびっ……違いますの。ペアが出来たんですけれど……このカードを、どうしても捨てたくなくてぇ……」


「へ?」


 そう言って涙目のカレンちゃんがスペードとハートのエースを見せてくれる。

 なるほど……なるほど?


「あの、ババ抜きは手札を減らした方が勝ちに近付くんだよ?」


「……びぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


「えぇ……?」


 よく分からないが、カレンちゃんはハートのエースが大好きなようだ。

 この様子だと、捨てさせるのは難しそうだし……


「じゃあ、そのハートのエースは持っていていいよ。ただ、手札に混ざらないように持っておいてね」


「ひっく、ぐすっ……! いいん、ですの?」


「ああ。だからもう、泣かないで」


 俺はポケットからハンカチを取り出し、それを使ってカレンちゃんの涙を拭い取る。

 そして、小さい頃のきららにしてあげたように……カレンちゃんの頭をポンポンと撫でてあげた。


「お兄様……」


「トランプ、続けられる?」


「……」


 コクリと頷いて、カレンちゃんはスペードのエースを捨て札の山へと放る。

 良かった。まだ顔が赤いけど……涙はすっかり引いたようだ。


「うふふふふふっ……良かったわね、カレン」


「っべーわ、マジで。っべーわ、ガチで」


 いつの間にか、雨宮さんが菩薩のような笑みを浮かべていて、雷堂さんはべーべー言い続けるだけのマシーンと化している。

 と、とりあえず……ババ抜きを再開するか。


「じゃあ、次は俺が雨宮さんから引くよ」


「はい、どれでも……お好きなだけ、持っていってくださいね」


「いやいや、1枚以上引いたらダメでしょ」


 とりあえず、角のトランプを引き抜く。

 するとそれは見事、俺の手札の中の数字……2と一致していた。


「よし、これで手札が減ったな」


「あっ……私とお兄さんの、ペアが……産まれましたね」


「ん?」


「数字の2。双子……クローバーとダイヤ。男の子と女の子が1人ずつ、ですね」


「んんんっ?」


 何かさっきから、雨宮さんがボソボソと呟いているが、よく聞き取れない。

 双子、とかなんとか言っているみたいだけど。


「おい、ひかり。早く引けよ」


「もう、少しくらい感動に浸らせて欲しいわね」


「感動……?」


 最近の若い女の子達の言っている事は、よく分からないな。

 これは俺がおっさんになりつつある、という事なのだろうか。


「うーん。接戦だなぁ」


 そんな感じで時折、彼女達の言動に理解が追いつかない事がありつつも、ババ抜きはどんどん進んでいき――

 それぞれの手札も、残りわずかとなっていた。


「そろそろ、上がりたいけど……」


 悩みながら、俺は雨宮さんの持つ残り2枚の手札へと視線を向ける。

 そして、右を引き抜こうとすると……それを、雨宮さんがズラそうとした。


「あ! ダメだよ、雨宮さん」


「えー? なんの事ですかぁ?」


「じゃあ、反対はババってこと? なおさら左は引けないよ」


「ああんっ、お兄さん! 右はやめてくださいっ!」


「いいや! 俺は右を引く!」


 俺が腕を伸ばすと、雨宮さんが後ろに下がって逃げようとする。

 俺はさらにそれを追いかけ、テーブルから少し離れていく。

 その時であった――


「……フフッ」


 雨宮さんが、チラリと視線を俺の背後へと向ける。

 それはどこか、清楚な外見の彼女らしからぬ――まるで、野獣のような眼光。


「え?」


 そして、その直後。

 俺の後ろの方から……サーッという、粉が注がれるような音が聞こえてきた。


「うん?」


「お兄さんっ、早く引いてくださいよー」


「え? あ、ああ……ごめん」


 音が気になって振り向こうとした俺を、雨宮さんが引き止める。

 そもそも彼女が逃げるせいなんだけどなぁ、と思いつつ。

 俺はようやく、お目当ての右のトランプを引き抜いた。


「ゲッ……!? ババ!?」


「だから右はやめてって言ったんですよ……クスクス」


 なんという事だ。まさか右がババだったなんて、やられたなぁ。


「……アイスだから、少し溶けにくいな」


「大丈夫ですわ。こうしてかき混ぜれば……」


「え? 今なんか言った?」


 ババを引いて落ち込みながらテーブルの方へと戻ると、雷堂さんとカレンちゃんがヒソヒソと何か話していた。

 

「もしかして、イカサマとかじゃないよな?」


「そんなわけないっすよ。アタシ、そういうの嫌いなんで(大嘘)」


「そうですわ。どんな時でも、真っ向勝負がワタクシの心情ですの(大嘘)」


「ああ、そっか。ごめんね、疑っちゃって(純粋)」


 まぁ、たかがババ抜きでイカサマをする意味も、必要もないしな。

 我ながら随分と大人げない事を言ってしまった。


「まぁまぁお兄さん。ここは一息吐く為にも、アイスティーをどうぞ。まだ、全然口を付けていないですよね?」


「そう言えば、そうだったな」


 言われてみれば、俺はまだアイスティーを一口も飲んでいない。

 ちょっと勝負に熱中しすぎていたみたいだし、雨宮さんの言うように……ここはアイスティーを飲んで、頭を冷やすとしよう。


「それじゃあ……」


 俺はアイスティーのグラスを手に取ると、それをゆっくりと口元へと近付ける。


「「「……」」」


 なぜか3人が食い入るように見つめてくるのが気になったけど……俺はアイスティーを飲む……と思いきや。


「あああああああ! もうげんかいだぁーっ!」


「「「「!?」」」」


 いきなりベッドに寝転がっていたきららが起き上がり、大声で叫ぶ。

 それから、付けていたアイマスクとヘッドホンを外して投げ捨てると……まっすぐに俺の方へと迫ってきた。


「もーっ! 放置プレイにも限度があるよ、みんな! ぷんぷんっ!」


「ご、ごめんなさい。でもね、きらら……」


「ふぃーっ、ずっと悶えていたから喉が乾いちゃった。お兄ちゃん、そのアイスティー貰うね! ごくごくごくっ!」


「あっ」


 そしてきららは俺の手からアイスティーをひったくると、それをそのまま一気に飲み干してしまう。


「「「あああああああああああああっ!!」」」


 それを見て、なぜか3人が悲鳴にも似た絶叫を上げる。

 そんなに驚くような事でもないと思うけど。 


「えっ!? なになに!? 飲んじゃまずかった!? もしかして、お兄ちゃんと関節キッスしちゃった感じ!?」


「いや、俺はまだ口を付けていなかったから、大丈夫だよ」


「なーんだ。だったら……あれ? なんだか……からだに、ちかりゃが……はいりゃな……はれひれはほふ、はっひふっへほー……?」


「きららっ!?」


 いきなりきららがガクッと膝から崩れ落ち、俺の方へと倒れ込んでくる。

 俺は慌ててきららを抱きとめると、そのままベッドの方へと寝かせてやった。


「むにゃっ……すぴーっ……ぐごごごっ……すやぁ……」


「寝てる……のか?」


 さっきまであんなにテンションが高かったのに、どうして急に?

 これではまるで、睡眠薬でも口にしたような――


「つ、疲れていたのね! きっとそうに違いないわ!」


「ああ、今日も授業中、眠たそうにしていたもんな!」


「え? 雷堂さんはきららと違うクラスじゃ……?」


「わ、分かるんすよ! そういうの! アタシ、霊感あるんで!」


 霊感って……そういうもんだっけ?


「きらら、気持ちよさそうに寝ていますわ」


「そうだな。でも、コイツが疲れているのなら……今日はやっぱりお開きにしよう」


 きららの彼女達と親睦を深めるのが目的ではあったが、そもそも当のきらら本人がいないのでは……少し、気まずいしな。


「みんな、悪いけど今日は帰ってもらえるかな? 雨宮さんの制服も、もう乾いていると思うし」


「……そうですね。今日はお邪魔しました」


「とても楽しかったっすよ」


「お兄様! またこうして遊びに来ても、構いませんかしら?」


「ああ、勿論。きららも喜ぶよ」


 今日一日では、俺もまだまだ彼女達の事を理解出来ていないからな。

 これから先、ちょっとずつ……お互いの事を知っていけばいいだろう。


「じゃあ、俺は制服を取ってくるから。ここで待っていて」


「はい。ありがとうございます」


 俺はきららと3人を残し、洗濯場へと向かう。

 その途中、階段を降りる直前――きららの部屋の方から、


「もう少しで……昏睡……できたのに。悔しいわ」


「早く、兄貴と……してぇなぁ」


「せっかく、今日は勝負……を穿いてきましたのに!」


 断片的だが、3人の話し声が漏れてくる。

 うーん。やっぱり、最近の若い女の子の話す内容は分からないな。

 歳は取りたくないものだと、俺は1人で肩を落とすのであった。

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