第4話:狂気の愛が忍び寄る

 雨宮さんが紅茶で制服を濡らしてしまった後。

 俺は彼女にタオルと冷やすもの、それと着替えを渡していた。


「何から何まで、本当にありがとうございます。お兄さん」


「う、うん。気にしないで。制服もすぐに洗濯して、乾燥機で乾かすから」


 今、俺の目の前には、さっき渡した俺のTシャツを着ている雨宮さんの姿がある。

 本来であればきららの服を渡すべきなのだが、雨宮さんのスタイル……特に胸のサイズがきららよりも二周りほど大きく、着られなかったのだ。


「じゃあ、それまでの間は……お兄さんとお話ししていてもいいですか?」


「構わないけど、俺は邪魔じゃないかな?」


「は? そんな事ねぇっすけど……?」


 俺が遠慮がちにそう答えると、雨宮さんの隣にいた雷堂さんが、それはもう怖い顔でギロリと俺を睨んでくる。

 うっ……! やっぱり、俺の存在は不要なのではないだろうか。


「しのぶ」


「……だってよぉ」


「すみません、お兄さん。この子、素直じゃないから勘違いされやすいんですけど……本当はとても優しい子なんですよ」


 トゲっちぃオーラを放つ雷堂さんを諌め、フォローを入れてくる雨宮さん。

 いやはや、この子は本当によく出来た子だ。我が妹には勿体ないくらいの。


「……すんません。アタシ、さっきから失礼でしたよね」


 雷堂さんもまた自覚があるのか、少々落ち込んだように項垂れる。

 だが、俺はそんな彼女の言葉を優しく否定してあげる。


「ううん、そんな事ないさ。確かにちょっと、威圧感を覚える時はあったけど」


「……え?」


「これくらい、普段のきららのワガママに比べればどうって事ないさ。むしろ、ありのままの自分を見せてもらえて嬉しいよ」


「んなっ!?」


 俺の言葉を受けて、いきなりプルプルと震え始める雷堂さん。

 その顔はみるみる赤く染まり、ギリッと歯を食いしばるその姿は……どこからどう見ても、怒っているようにしか見えない。

 俺、やっちゃいました?


「あ、あの、だから……俺は、気にしていないって、言いたくて……」


「ふぅー……! ふぅーっ! もう、ダメ……! いいよな、もう……ここで……ヤっちまっても」


 まるで獲物を前にした獣のように、雷堂さんが荒い息を漏らし始める。

 今、殺っちまっても、とか言わなかった?

 俺、殺されちゃうんでしょうか……?


「もう、落ち着いて。お兄さんに褒められて嬉しいのは分かるけど」


「…………少し、頭冷やしとく」


 そこで助け舟を出してくれたのが雨宮さんだ。

 彼女に肩を軽く叩かれた雷堂さんは、パーカーのフードを被り、小さく丸まるようにして身を縮めてしまった。

 これは、話題を変えるチャンスかもしれない。


「そう言えば、さっきからカレンちゃんの姿が見えないけど?」


 俺が着替えを持ってきた時には、すでに彼女の姿は無かった。

 もしかして、もう先に帰ってしまったのか?


「ああ、カレンですか。あの子なら……まぁ、その」


「ん?」


「お兄さん。女の子が長時間席を外した時は、聞かないのがマナーですよ?」


「……あっ! ごめん」


 俺とした事が、なんという失態か。

 我ながらデリカシーの無さに呆れるしかない。


「おまたせしましたわ」


 と、ちょうどそのタイミングで、カレンちゃんが部屋に戻ってくる。

 さっきの発言の手前、彼女と目を合わせるのが気まずいと思っていたのだが……

 ここで俺は、またある事に気付く。


「……んん? そのリュック……?」


 部屋に戻ってきたカレンちゃんが、背中に大きなリュックを背負っている。

 こんなの、最初に家に上がった時には持っていなかった筈だけど。


「乙女の必需品ですわ。気にしないでくださいまし」


「そ、そういうもんなの?」


「そういうもんなんですの」


 俺の口調を真似て、クスクスと笑うカレンちゃん。

 なんという天使のような笑顔だろうか。

 他の2人もそうだが、きららが惚れ込むのも分かる可愛さだ。


「全員揃いましたし、トランプでも再開……あっ」


「さっきの紅茶で濡れて、使えなくなっちまったな」


「ああ、そっか。じゃあ俺の部屋から別のトランプを持ってくるよ。ついでに、新しい紅茶も淹れてくる」


 そう言いながら俺は立ち上がり、ついでにチラリとベッドの方を見る。

 そこでは相変わらず、目隠し&ヘッドホン状態のきららが横になっている。


「うぇへへへっ……放置プレイってのも、なかなかに乙なものですなぁ……」


 ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべながら、もじもじと太ももを擦らせているきらら。

 まだまだ余裕そうだし、しばらく放っておくか。


「じゃあ、行ってくる」


「お願いしますね、お兄さん」


「……あざっす」


「お気をつけて、お兄様!」


 3人の美少女に見送られ、再び部屋を後にする俺。

 ほんのちょっぴりだが、きららの奴が羨ましく思えてきたな。

 あんなに素直で、可愛く、仲睦まじい女子達のハーレムだなんて……今どき、アニメや漫画の世界でも、そうそう無いというのに。


「おっと、下に降りる前にトランプを取らないとな」


 俺はきららの部屋の向かい側にある自室へと、そのまま足を運ぶ。

 そして、扉を開いて中に入った瞬間……妙な違和感に襲われる。


「んー……?」


 最後に俺がこの部屋に入ったのは、大学から帰ってきた後。

 その時と比べると、なんだか少し……物の位置が変わっているような?


「ゴミ箱の中身、いつ捨てたっけ?」


 空っぽのゴミ箱。それによく見ると、綺麗に整えていた筈の俺のベッドのシーツにシワが出来ている。


「……カーペットが綺麗になってる」


 気になって床を見てみると、カーペットがコロコロ粘着を掛けたように、髪の毛一本すら落ちていない状態になっている。

 これらの状況から察するに……もしかすると!


「きららの奴、また勝手に部屋に入ったな」


 俺の予想はこうだ。

 きららが俺の漫画を読もうと勝手に部屋に入り、ベッドで寝転んでくつろいだ。

 その時におやつでも持ち込んで食べたんだろう。

 そして食べカスや袋、自分の髪の毛の痕跡などを消す為に掃除をして出ていった。

 こんなところだろう。


「でも、俺が帰ってきてから、きららはずっと、あの3人と一緒にいたんだよな?」


 そうなると時系列が少しややこしくなるが、まぁ細かい事はどうでもいい。

 とりあえず、きららの奴には後でお仕置きをしてやらないとな。


【きららの部屋】


 一方その頃。


「おーっほっほっほっ! 大収穫でしてよーっ!」


「ああっ! カレン! 素晴らしいわっ!」


「おいおい、マジかよ。こんなレア物まで……たまんねぇな、おい!」



「ねぇねぇ……そろそろ、私の体に触ってもいいんだよ? はぁっ……はぁっ……焦らされ過ぎて、頭がおかしくなっちゃうよぉぉぉぉぉっ!」



 真実は未だ、闇の中である。

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