4-211 終節:刃『Oedipus/Simplex』②
ばちんと音がして、スポットライトの下に現れる騎士とまじない使いの丸っこい人形。紅紫の少女人形トウコが声色を使って二役を演じていく。
「ベルグくんと!」「ガルラくんの!」「悪いがこの空間を遣わせて貰うぞ、そらどけ発勁用意だ死ね人形使い」
突如として乱入した俺に蹴り飛ばされたトウコが人形たち共々舞台袖に転がっていく。「うわーん」という泣き声を無視して、ぞろぞろとやってくる俺ことシナモリアキラの団体。『マレブランケ』のメンバーを中心とした、多彩な顔ぶれが一堂に会していた。
「これより、シナモリアキラ脳内会議を始める」
正式な劇中ではなく、幕間劇という舞台外の舞台だからこそ可能になった空間の乗っ取り。即席の会議室で、俺たちは情報交換を始めた。
「理解不能ですよもう。吸血鬼にボコられた俺の身体は? ていうか現実って何みたいな。劇とか舞台とかここ最近は足場ぐらぐらで目が回りっぱなしで」
真っ先に
「無理そうなら早めにトリシューラに申告することだ。シナモリアキラはやめてもいいんだからな」
離脱するシナモリアキラもいる。それでいいとトリシューラは言っていたし、俺もそうあるべきだと思う。交換可能であるというのはそういうことだ。実際、
とはいえ、状況に対処するために最低限必要な人材はいる。
不本意なことだが、今のところ最も頼りになるグレンデルヒは逆さまの道化姿、
「銃士の役割はもう無いと見ていい。その男が父と慕うバル・ア・ムントもこの舞台に取り込まれていたのは、『父と子』の関係性に導線を引くためだろう。しかしその流れは『コズエ』がラクルラールに銃弾を撃ち込んだことで潰された」
すらりとした長身の
「カルカブリーナも人形劇の為に用意された駒ってこと。これは私も、そして他のマレブランケたちも同じ。そういう宿命に引き寄せられているの」
「僕たちの敵はまるで運命を司る神のようです。実際、
眼鏡の小柄な少年が発言すると、お前いたのか、という顔のシナモリアキラたちに一斉に注目された。
「だが気まぐれと偶然の紀神アエルガ=ミクニーですらこの世の全てを思うがままに動かせるわけではない。だからこそ神話の戦いが成立する。紀神に対抗する手段とて無いわけではないのだからな」
厳かに言うのはルバーブの名に
「ここにいるシナモリアキラの構成要素は曲がりなりにも紀人とその眷属たちだ。その運命にここまで強烈に干渉できるとすれば、最悪の可能性を考えねばならん。第九階梯、紀神級の存在が最低でも二柱以上この第五階層に干渉し、我々紀人を駒として操っているのだ」
常人寄りのメンバーたちが思わず息を飲み、総体としての俺もまた戦慄していた。恐がりの
「どうも盤面を操ってる奴もプレイヤーもよくわからないんだよな。さっきの覗き見で、カーインの奴がクレイを通じて何かを探ってるっぽいのはわかったんだが、アイツもアイツで状況掴めてなさそうなんだよな」
何かと怪しい奴ではあるが、今回の件では俺と同じように翻弄される側らしい。
つまり、敵はラクルラールでも『下』側の勢力でも無いということなのか?
他のメンバーに視線を向けるも、決定的な情報を掴んだ者はいないようだ。
一番状況を俯瞰できているらしいグレンデルヒが口を開く。
「舞台のそこかしこに『上』と『下』の覗き屋どもがいるのに気づいていたか? 貴様がご執心のあの偏在する『店員役』、九英雄をまとめて相手にできる怪物が学院の購買でのんびり観劇しているのは何故だと思う? 地獄の最大戦力の一角である奴すら手出しできんからだ。紀神同士の激突は、ともすれば世界の均衡を揺るがしかねん。明日から世界全てが劇場と化していてもおかしくはない」
「おお、ブレイスヴァ! 破滅はいまや目前に!」
「紀人の次は紀神と、話が順当に大きくなってきたな。それにしても、店員さんが九英雄をまとめて? それは実体験か、グレンデルヒ」
「カッサリオの力は知っていよう。地獄の天主が動かんのは冬の魔女との決戦に備えて力を温存しているからというのもあるだろうがな」
「そこ、いまひとつ確信が持てないんだよ。店員さんがヤバめなのは俺が無意味に好意的な時点で明らかなんだが、まんま地獄の総大将でいいのか?」
「さてな。貴様が確信できないというのなら、私も貴様の認識を越えられん。確かなのは、現在の脅威は別にいるということだけだ」
カーインにしろ店員さんにしろ今回は事態の中心にはいない、脇役でしかない。
これは『死人の森』を巡る物語で、黒幕もその関係者であるはずだ。
そう、この妖精王の末裔もダミーだ。
ノイズ情報が多すぎて、真実に辿り着く事が困難になっている。
「運命の操り糸を手繰るラクルラールやら生と死を司る『死人の森の女王』に加えて、紀神の疑いがある怪物なんてどこにいるんだ?」
「わかっているだろうが。あの薄汚い盗賊、ゼドだ」
グレンデルヒの表情は口にするのも忌まわしいと言わんばかりだった。
しかし、ゼドか。あいつが紀神だ紀人だと言われても、何かしっくりこない。
確かに、『死人の森』に隠された神秘を狙う探索者ではあるのだろうが、あくまでもそれはグレンデルヒと同じ立ち位置でしかなかったはず。
うっすらと舐めているのがばれたのか、鋭い眼光が飛んでくる。
咳払いをして、道化師が続けた。
「思い返せば九英雄の中でも奴とユガーシャだけは異質だった。かつて第三階層で行われた大魔将戦、冬の魔女を除いた英雄すべてが参戦したあの戦いで、賢天主の使い魔はありとあらゆる魂と世界観を徹底的に破壊した。私の魂と肉体、ちょうどシナモリアキラにとっての『火車』に相当するグレンデルヒ本体すらあらがうことは不可能だったのだ」
「お前の生身、死んでたのか」
「紀人でなければここにいないところだ。いずれにせよ大魔将は破格だ。
グレンデルヒはその先を口にしなかった。彼は自らを強者と規定している。自傷行為をする意味は無いし、こうしている今も半信半疑なのだろう。グレンデルヒとゼドは相対して戦ったこともあるという。その実感と想定されるゼドの格が噛み合わないというのも気に掛かる。
「紀人、新しき神といってもその力量や性質は様々だ。巨人に劣る権能しか持たない限定的な存在や、特定分野にのみ強力な影響力を行使できる存在、紀神クラスの存在承認を得た強力な神格もいる」
ルバーブの指摘に、マラコーダが頷いた。
「自分の眷属種や王国を持ち、一定以上の繁栄を勝ち得た紀人などがそうね。虹の紀人レメスとその眷属である
虹犬の知り合いたち、そして忘れがたい修道騎士キロンのことを思い出す。そうした準紀神とか紀神候補とか呼べそうな強大な紀人が、ゼドの正体なのだろうか? それとも、ゼドの特性が神々と互するほどの神秘を宿しているのか?
「宿命、神、劇、父と子。魔女たちが女神の座を巡って争うって話が妙な方角に向かっているな。つまりこれは、トリシューラやコルセスカとどう繋がるんだ? ラクルラールと人形たちは? 森と六王はどうなった? ゼドは誰なんだ? クレイはそもそも何だ? これらの疑問に理解可能な回答は用意されているのか?」
俺の問いに答える意思があった。
舞台袖を見ると、小さな人形を抱きかかえた女が立っている。
トウコ――いや、既に役割からは脱しているからアレッテか。
敵の内部情報を聞き出したい所だが、そもそもこいつにはどの程度の自由意志があるのだろう? こんな幕間劇の空間を作り出せる時点で一定の支配権を確立できているはずなのだが、無気力な振る舞いに終始しているのは何故だ?
これまでの舞台でのアレッテの沈黙はひどく不気味だ。
かわりにミヒトネッセばかりが目立っているように見える。
「私も話し合いに混ぜて貰ってもいい? その権利はあるはずよ、敗北し、シナモリアキラに取り込まれたこのアマランサスには」
どうやらここにいるのは単純にアレッテというわけではないらしい。アレッテ・イヴニルとアマランサスの関係も少々わかりづらいが、要するにこいつはあれだ。
「アマランサス、お前はどうも俺たちに近い存在だな?」
「ええ。かつて滅びようとしていたトリシルシリーズの失敗作アマランサスは、アレッテ・イヴニルの中に取り込まれたの。シナモリアキラがマレブランケや六王を取り込んでいったようにね。レッテにはその為の機能が備わっていた」
マラードと合一し、アルトの名を奪ったのもその機能によるものだろう。俺がマレブランケを内包する機能を有していたことから、同じ『星見の塔』の技術と考えると納得が行く。
「レッテにとってのマレブランケ、冗長性、代用パーツ。それがアマランサス。だから私は、常に私でもある」
その姿、気配が一瞬にして変質する。
紅紫の長すぎる髪、呪わしくも大きく美しい瞳、艶めかしい人形の質感。つくりものとしての色香を漂わせながら、気だるげな女が目の前に立っていた。
「アルト、いや、アレッテか?」
「どちらでもお好きなように。名前なんて適当でいいわ」
俺たちが注視する中で、アレッテは紅紫の瞳をまっすぐにこちらに向けてはっきりと口にした。
「既にこの舞台は私たちラクルラール派のコントロールを受け付けていない。恥を忍んでお願いするわ。私たちと協力してこの浄界の主と戦って。このままではミヒトネッセが潰されてしまう」
仇敵と見定めていたはずの相手から差し伸べられた手。
懇願に近い言葉が罠で無い保証は無い。
邪視者の瞳には現実を変える力が宿るというが、それが幻ということだってあるだろう。人形姫のまなざしは真剣だが、俺はその真贋を判定できない。
かわりに、問いを投げかけた。
「敗者となって役割の縛りから解放されたアレッテ・イヴニルの片割れ。お前は何を知っている?」
「敵の正体を。誰と誰が戦っているのかを。前回の舞台で勝利したのが誰なのかを知っているわ」
女の顔が世にも美しい男のものに変わっていく。ルバーブが息を飲み、俺が手を伸ばして激昂を制する。目の前で鮮やかなグラデーションのかかった長髪が踊る。そこにいたのは美の化身、マラードだった。
「古今東西、駒を奪い合う盤上遊戯には様々な種類がある。俺たち六王の間で一時期流行っていたのが、『捕食者』と呼ばれるものだ」
アレッテと合一した彼の意思はいま人形姫とひとつだ。その言葉は彼女の代弁でしかない。そうと分かっていても、ルバーブが感情を抑えるのは困難を極めた。
マラードの顔をした人形は忠臣に目を向けることなく言葉を続ける。
「この遊戯を特徴付けるルールはシンプルだ。相手の駒を奪うと、その動きを奪える。つまりは敵の捕食。権能を取り込む略奪の遊戯というわけだ」
言うまでも無く、六王を取り込んでいく俺とアレッテのことを示唆しているのだろう。駒の数が減るにつれ、盤上にはより多くの動きを取り込んだ強い駒が残る。弱者が淘汰された戦場に残された少数のクイーンたち。空間を制圧する女王たちが睨み合うゲーム盤は、広大に見えてひどく狭い、膠着したものになるだろう。
これまでの戦いが六王という強力な駒を奪い合う『死人の森』争奪戦だとするなら、断章は思っていたほど重要な要素ではないのか?
「シナモリアキラとアレッテ・イヴニル、そして恐らくクレイが勝利条件に繋がる駒だ。一定数の生け贄を食らうことで駒は昇格する。魔女が使い魔を育成、強化するようにな。解説はこれくらいで十分だろう」
こちらが情報を検証するのも待たず、人形は結論を急ごうとしていた。
幕間劇の時間を強引に延長するのもそろそろ限界なのだ。これ以上は不審がられて最悪こちらの偽装を暴かれる。同盟を締結するならするで、決断するべきだ。
「このままでは私も危ういが、祭壇の準備程度の小競り合いでこれ以上我が軍を失うわけにはいかない。揺りかごの準備にかまけて出産予定日を忘れる愚か者はいないだろう? だから私の方にも余力は無い」
アレッテには掌握したラフディと竜王国の騎士団を投入するつもりがない。この戦いはあくまでも前座で、本命はあくまでもこの第五階層を掌握した後の戦場のようだ。こいつらが待ち望むトライデントの『心臓』はそれほど重要なわけだ。
「私の命数のうち半分、アマランサスの力を委ねる。虹犬の抜け番を埋めておけ」
トリシューラ不在の今、俺たちの決断は合議によってなされる。瞬間的な脳内会話の後に下された結論は、
「いいだろう、サイバーカラテ道場の門戸は万人に開かれている」
アレッテの一部、アマランサスをシナモリアキラに正式に組み入れる。決断のあとはスムーズに事が進む。アレッテから分離したエネルギーのようなものが俺の中に吸い込まれて終わりだ。
この場での用は済んだと舞台袖に去って行こうとするアレッテを、ルバーブが鋭く呼び止める。
「待て。貴様をこのまま見逃すわけにはいかん」
「私はね」
振り返った人形の顔が、ふたたび女のものになっていた。
気怠げな表情が、ルバーブに対してだけは憎々しげなものに変わる。
「勝ち負けなんてどうでもいいのよ。だって本当に欲しければ負けてたって手放さないもの。貴方がこの身を砕いても、絶対に彼は手放さない。下らない駒としての機能でもね、これだけはありがたいと思っているのよ、私」
はっきりとした敵意をぶつけて、アレッテは去って行く。
ルバーブは手を出さなかった。いや、出せなかったのか。
同盟締結に反対票を投じた彼だが、状況を打破するためにはラクルラール派の力であっても使うべきだと頭では理解できているのだ。
それに、紀人同士の戦いでどうすればアレッテだけを打ち負かせるのか、マラードのみを引きはがせるのかという算段がついていない。
今の俺たちには、決定打が足りていなかった。
強引にこの手を引いて世界を掻き回す、魔女の力が。
「そうそう、盗賊王の正体について、私の見解を述べておくわ。あれ、多分だけど松明の騎士の同類だと思う」
最後に、闇の中に消えかけたアレッテが忠告するように言い残していった。
その言葉に最も大きな反応を見せたのはグレンデルヒだ。
傲岸不遜な万能者の逆さまの顔から、一筋の冷や汗が垂れ落ちていた。
俺もまた思考が凍り付くのを感じていた。松明の騎士、だって?
「忌々しい槍の英雄ども。放浪する無法者の系譜。もうひとつの七十一断片」
それは今までに聞いた事も無い単語だった。
だが俺はそれを知っている。
いずれぶつかることになる真の敵の存在をずっと意識していたのだ。
「生まれついての種族に加えて、槍神の加護を重ねて受けた、再生者と同じ多重眷族種。槍の欠片に影響され、英雄となる運命を与えられた転生者。私たち魔女は、彼らをこう呼んでいる――『エアル=セイスの槍の民』と」
俺の予感はいまや運命をはっきりと理解した。シナモリアキラの種族としての宿業、恐らく遙か未来に渡って繰り広げられるであろう長い闘争の未来を直観した。紀人化したシナモリアキラの敵は、同じく巨大な何かの総体でしかありえない。
槍の民。俺たちシナモリアキラは、この種族と未来永劫に渡って憎み合い、殺し合うだろう。野生動物が天敵を嗅ぎ分けるように、紀人の感覚がそう叫んでいる。
理屈に先行する確信を得る中で、オルヴァが高らかに破滅を称えていた。
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