4-139 オルヴァ王と十二人のシナモリアキラ⑤


 鮮血が飛散する。

 殺人鬼を捕縛、洗脳しつつあった自警団員がよろめき、苦痛にあえいだ。

 左手が手首から無い。鋭利な刃物で切断されている。

 痛覚を制御し、治癒符で止血するが、精神的な衝撃が何故か打ち消せない。


「武器は取り上げたはず。なんだそのナイフは」


 別の団員が取り上げていたはずのナイフがいつの間にか殺人鬼の手の中に戻っている。

 気付けば圧倒的優位が逆転している。手錠も縄も切断されて殺人鬼は自由の身だ。

 驚愕の視線が注がれていたのは敵対者の手に握られている得物。

 禍々しい装飾に彩られたナイフだ。


「教えてやんねー。検索して調べろって。シューれカス」


 既に事務所や自宅から遠隔参加している内勤の自警団員たちが調査と解析を行い、全体での情報共有をリアルタイムで実行中だ。それでもなお正体がわからない。

 認識阻害の呪いでも込められているのか、ナイフはあらゆる呪術的干渉を受け付けず、どころか失敗から得た情報や推測すら反撃によって改竄してくる。


 驚くべきことにあのナイフは攻性防壁を備えている。自警団には呪的侵入クラッキングを得意とする白言語魔術師ホワイトウィザードも数多く所属している。彼らの呪文攻撃を容易く『許可』して、誤情報に致死ウィルスを仕掛けてから逆探知と飽和攻撃を仕掛けてくる極め付きの知性化兵器インテリジェンスウェポン――まるでファンコミュニティの二次創作に出てくる、魔槍トリシューラとコルセスカを操るシナモリアキラのようだった。


「ま、これってばそこらの雑魚呪具じゃあ千年かかっても辿り着けねえマジモンだから? ぶっちゃけ俺ちゃん、紀人でも殺せる自信あるし? オリジナルちゃんともいい感じに殺し合いできるっしょ」


 大言壮語。しかし気負いがないからこそ、かえってそれらしく聞こえる。

 なによりナイフの正体が全く掴めない。

 神滅具? 古代文明の遺産? 聖遺物?

 違う。自警団の総体は結論付けた。

 それらとは根本的に異質な『生きた意思』を感じる。

 呪術戦を行ったからこそ感じ取れる気配と攻撃の意思だ。


「『チャラそう』だからかませだとか思ったー? 俺自身の力とか関係無いんだなこれが。俺が弱いなら強い力を持って来ればいいだけっしょ?」


 それは紛れもなくサイバーカラテの論理であり――シナモリアキラ的発想でもあった。そのことを正しく理解した自警団は対象の脅威度を上方修正。複数の斑に対して応援を呼びかけた。


「総員、構え! これより正義を執行する! 十三番、『コキューネー』!」


「わーお、そこで呪術戦選んじゃうって、馬鹿? ガチで来いよー呪的はっけーだけじゃ勝てなくない? 苦手なら強化外骨格とかあるっしょ? 予算ねえの?」


 あきれたような口調で言いながらナイフを手で弄ぶ殺人鬼。

 自警団員たちは触手の如き無数の接続端子を伸ばしていく。虚空へと広がった端子がアストラル界に干渉、対象のサイバーカラテ道場を支配して屈服させようと試みる。対するナイフ使いは自在に刃を操って次々にアストラルの触手を切断。興奮と愉悦の笑み。

 戦いが激しさを増す中、突如として戦場に鉄球が落とされた。


「全ては予言王の御心のままに」


 鎖と鉄球を引きずりながら、幻視に導かれて新たなシナモリアキラがやってくる。未来に従属する奴隷は幻影の鎖を周囲に生み出しながらふらふらと自警団と殺人鬼の間をさまよい、無造作に鉄球を振り回した。

 両目が機械的な音を立て、表面に十字を形成。


 ウィッチオーダーの公開情報に精通した双方がその正体に同時に気付く。超高精度義眼――四十三番の『アミアウィズ』だ。ユーザー全員が改良・発展させていくウィッチオーダーの義肢には、当然腕だけでなく足や胴体内部の部位、そして感覚器も含まれている。


「新たな犯罪者を確認した。警告する、武器を捨てて投降しろ」


「なにあれ。オリジナルちゃんっぽさ皆無じゃね? しかもアミアウィズ使ってるしオルヴァの名前呼んでるし。ぼーとくっしょ。その方向ならせめてルウママとかコルセスカちゃんを呼べよなー。ああいうの許せねーわ。キャラ崩壊じゃん」


「貴様が言えたことか!」「野放図な殺人こそ冒涜だ!」「速やかに悔い改めろ!」


 殺人鬼の発言に自警団員たちが怒鳴る。彼らの中には熱心なサイバーカラテの、そしてシナモリアキラの信奉者が存在していた。

 当然のように怒りは軽く受け流される。


「これはちゃんとオリジナルちゃんを研究した結果なんだよ。てかあーいうバカと一緒にすんな。俺にも美学とかあるわけ。カジュアルな殺しってのはさぁ、つまり命の価値を肉と一緒に解体する行為なんだよね。これが俺のスタイルでファッション。シューラちゃんの鮮血呪ってやつと同じでさ、命に貴賤はねえの。異獣とか正義ヅラで言い訳してる連中とは違うんだよね」


 自説を主張する殺人鬼に、自警団員のひとりが否定で返す。


「内心の自由や主義主張は否定しないが、暴力は許可できない。それは我々が正しく管理すべきだからだ」


 白けた空気が漂う。奴隷男のブレイスヴァを呼ぶ声だけが環境音のように一帯に響いていた。誰も気にしない。今更ブレイスヴァの名前が呼ばれたくらいで動じるような者はこの第五階層にはいないのだ。


「てめーらだって好き勝手にやってるだけだろうが」


「秩序無きこの地で規範を示すのが我々だ、貴様のような犯罪者とは違う」


「クズ集団がなーにバカなこと言ってんの? 言い訳くせーぶんだけテメエらの方がクソダサなんだよ死ね」


 敵を目の前にして口汚く罵り合う。

 手錠として視覚化された論理爆弾が次々と投擲され、自己増殖を繰り返すワームが縄となって殺人鬼と奴隷を拘束しようとする。

 正体不明の刃と鉄球がそれらを破壊、反撃が繰り出された。


「上っ等、『紀』ごとバラすわ。おいオルヴァ、あれやれよ。ブレイスヴァって奴。あ? 何びびっちゃってんの? メタレベルに引っ込んでないで出てこいよ! 起源から解体してやっから!」


「本部に『静謐』の呼び出しを要請」「五班及び六班の応援求む。現在対応している強盗犯の捕縛後、こちらへ急行を」「『言理の妖精』『発勁用意』!」「オルヴァ・スマダルツォンの解析と情報共有を実行」


「ブレイスヴァァアァァァ!!!!」


 殺意が迸り、血みどろの戦いが更なる闘争を巻き起こす。

 戦いはまだ幕を上げたばかりだった。





 チェーンソーを振り回していた狂人が、巨大な樹木と強靭な蔦によって束縛され、大樹の中にゆっくりと封じ込められていった。三つあった殺戮機械は全て破壊されている。浮遊する手は切り刻まれてそこらじゅうに散らばっている。口をあけていた『うろ』がゆっくりと閉じて、伐採者は完全に封印された。


「殺すこともできぬとは厄介な。だがこれで終わりだ。同胞たちよ、早くここから避難することだ。居心地が悪いかもしれないが、人形たちや我々が守ってやれる王の傍にいる方が安全だろう」


 ガロアンディアンが誇る緑竜騎士団団長にして宮廷付錬金術師、ハタラドゥールはティリビナ人たちにそう呼びかけた。現在は真の姿である竜血樹ドラセナの姿ではなく、人に変化している。緑色の髪とすみれ色の瞳を持ち、ゆったりとしたローブの袖口から剣のような葉を伸ばした男とも女ともつかない容姿。樹木じみたティリビナ人たちの中にあって異質だったが、そのような外見でハタラドゥールの信頼が損なわれることはない。


「勇敢なる戦士たちよ。どうか安らかに。大いなる自然へと還り、精霊たちの御許へ旅立ちたまえ」


 犠牲者たちを素早く、しかし手厚く葬っていく。

 急速に成長した樹木が遺体を飲み込んでいるのだ。

 古代の樹木葬が行える霊媒などそう残ってはいない。

 ティリビナ人たちは口々に感謝の言葉を述べていく。


「今は戦時下ゆえ、多少の不便を強いることになる。しかしガロアンディアンは我らを受け入れてくれる唯一の王国だ。これからは私が守ろう。どうか信じてついてきて欲しい」


 頼もしい言葉によって、ティリビナ人たちの心に安堵が広がる。

 彼らはもちろん、優しく穏やかな猫耳の少年のことを覚えていた。

 しかし、どれだけ信頼できてもあの少年はティリビナ人ではない。

 ハタラドゥールは再生者とはいえ同胞には違いなく、しかも強さがある。

 この危険に満ちた状況の中、それは最も確かな事実だった。

 両者を天秤にかけて迷ったものもいた。

 それでも最後に明暗を分けたのは単純な暴力だったのだ。


 ティリビナ人たちはわずかな罪悪感を抱えつつも、頼りになる同胞の背中を追っていく。その先に安住の地があると信じて。

 その場所には、墓標となった樹木だけが残された。

 しばらくして。

 中心にある巨大で頑丈な樹木。狂人が封じられた木が振動する。

 みしみしと揺れて、突如として内側からチェーンソーが突き出された。

 そのまま大樹を切り開き、出てきたのは狂える伐採者。跳ね返りキックバックなど恐れもせず、大降りに振り回して愉快そうに笑う。

 腰の手斧が揺れ、チェーンソーの義肢が再構築されていく。

 幾度破壊しても意味は無いのだ。 

 この男にとって、伐採するための機械は手段でしかない。

 その気になれば素手であろうと伐採をしようとするだろう。

 作業。ルーチンワーク。日々の労働。

 伐採者は、ただ機械的に自動的に動くだけだ。




 球体関節が砕け、浮遊する宝珠が弾き飛ばされた。手裏剣のことごとくを叩き落された忍び装束のシナモリアキラは愕然と目を見開く。

 自分が男であることも忘れて疑問を口にした。


「零号っ?! 『塔』にいるはずじゃ」


 ゼロと言う数字で呼ばれた少女は、首をかしげて「晶」と訂正。

 長い黒髪を翻らせて、水の義肢が人形を攻め立てる。

 晶の大きな瞳が不思議そうに瞬いた。


「わたしにーさま、じゃない。八号だ」


「知らずに攻撃してきたわけっ?!」


 ビルとビルの間を飛び越え、屋根や屋上、窓の庇を足場として宙を駆け抜ける。

 軽やかな空中戦を行いながら、二人のアキラが激突する。


「そうね。わたしにーさま、知らない?」


「探してどうするのっ!」


「殺すわ」


 無表情のまま黒髪の少女が言った。続けて、「もしくは殺されるか」と正反対のことをつぶやく。この少女の中でその二つは同じことなのだ。結局は自分が生き残るのだから。

 水流の大蛇が牙を剥き出しにする。


「私はアニマだから。アニムスを打倒し、統合することを求めている。あるいは統合されることを。アダム・カドモンへ至るためには安定が必要。そのための内的闘争。自己の解体と再構築。これは品森晶の内宇宙戦争ということよ」


 淡々と独自の論理を展開していく。

 そして呟いた。


「遂にその時が来た。邪魔するなら同じ派閥であっても容赦はしない」


「同じなものですか。こっちの要請を蹴ってトリシューラにウィッチオーダーを流したあんたなんかがっ」


「別に。利害が一致しているだけ。まあアレッテは嫌いだけど」


 両者の間にあった空気が一気に険悪となる。

 義肢の少女は背後に曼荼羅を展開、左腕の水車を高速回転させた。


「私は怒っているわ。墓標船のあるべき形を損ない、品森晶の方向性を一意に定めようとしている人形遣いたちに。そして私を呼び寄せるような事態を招いたトリシューラにも」


「あの子に、手出しする気?」


 人形のシナモリアキラが怒気を膨らませる。

 自分以外に手出しをされるのが不快だと、無言のまま語っていた。

 黒髪の少女は冷淡な答えを返す。


「あなたは敵なのにあの子が好きなんだ。私は一応味方よりのつもりだけど、嫌いかな。品森晶をわかったような振りをして、あの子が一番わたしにーさまをわかってない。わたしのことは、わたしにしかわからない。品森晶だけにしか」


 晶は冷たい怒りを水流に込めて、八つ首の大蛇へと姿を変えた右腕を操った。

 手裏剣が撃墜され人形が砕かれる。しかし瞬時に呪符と布きれを巻いた丸太に置き換わった。晶の背後に出現した忍者が巻物から猛毒の呪詛を撒き散らす。

 晶の黒髪が躍り、頭頂部の櫛を外して投擲。

 櫛に吸い寄せられた術が全ての威力を逸らされていく。

 呪的逃走の応酬。共に手練れの魔女と知れた。

 シナモリアキラを騙っていたミヒトネッセはもはや本来の顔を隠そうともせずに蔑みを込めて吐き捨てる。


「何がアキラよ、残骸の寄せ集めのくせに。あんただって人工魔女じゃない。それも『塔』の薄汚い派閥抗争に一番熱心な俗物タイプ」


 滲み出る嫌悪。対する晶は無関心。


「それはこの世界で活動するための素体に境界と激流の魔女神話を選んだから。太母の拡散を肯定しているクレアノーズお姉様やトリシューラにだって一定の理がある」


「ならば何故ラクルラール派に身を置くの」


「トライデントには勝てないから」


 晶は落ち着き払って自らの劣位を認めた。

 その上で最適を模索する。


「けれど『心臓』が降臨した後に託す願いは調整できる。『細胞』たちが全体で協力しつつ個々には連携していないのは、本当の願いが別々だから。それがあなたたちの弱点」


 巨大さゆえの『重さ』。それは強さと一体の鈍さでもあった。

 トライデント勢力でありながらトリシューラへの加担を明言した魔女は、激しい攻防の中で最適な道筋を見つけつつあった。必ずしも勝つ必要は無い。勝利条件とは一つではないからだ。


「トライデント内で発言権を確保して要求を呑ませる。使い魔の魔女はその性質上、私たちの意思を無視できない。ラクルラールの『人類教育』は中途半端に達成される」


 遠く離れた魔女たちの家における派閥抗争がここ第五階層で再現されていた。

 呪力が激突、迸る。遂に黒銀の義肢がミヒトネッセを捉え、その化けの皮をはぎ取った。合一していた『シナモリアキラ』が魔女人形と分離して「誰か俺を代わりにやってくれ」という声が響く。圧倒的な弱さを目の当たりにして、晶の瞳が喜びに輝く。


「わたしにーさま!」


 家族と再会したかのような華やいだ笑顔。左拳で頭蓋を打ち砕き、右の水蛇が体内へと侵入、激流が内側から全身を破壊し尽くす。瞬く間に『シナモリアキラ』を殺し尽くした晶は、即座に沈んだ表情となる。


「足りない」


 次の獲物を求め、晶は水流で構成された大蛇に乗って飛翔。

 空を悠々と泳いで去っていく。

 ミヒトネッセにはもう見向きもしない。

 用事は済んだ、そう言わんばかりだった。


「あ、こら、待ちなさい! 櫛だか姫だか知らないけど、ちょっとかっこいい異界ミームを取り込んだからって調子に乗って! 蛇ごときに、ニンジャが負けるかっ!!」


 激情を滾らせたミヒトネッセが勝者をしつこく追跡する。

 混乱は続く。

 シナモリアキラという紀人は解体され、複数の要素として検討され、再解釈されていく。諸要素を遡り、回想し、ばらばらの異物を見つめ、しかしそれは確かに全体として見ればシナモリアキラに他ならない。

 腕だけ、脚だけ、胴だけ、頭だけ、臓器だけ、行動様式だけ、心だけ、記憶だけ、属性だけ。それはシナモリアキラであってシナモリアキラではない。

 各モジュールが思い思いに動き出す。たったひとつの正解を求めて。

 さながら、生物の細胞のように。


 主人公プロタゴニストを巡る戦いは、始まったばかり。

 彼方で巨大な存在が一度だけ鼓動を打った。

 終端で待ち受ける、それの名前は。




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