4-107 二人で②




 罵倒しつつ治癒符を腹部に接触させる。鎮痛呪術の【安らぎ】がじわじわと効いてきて、いくらか精神状態が落ち着いた。コルセスカの感情制御に比べると格段に非効率だが、激痛で戦闘不能になるよりマシだ。

 ラクルラールは蜘蛛の節足を摺り合わせてふざけた声を出した。


「妾はお前たちと直接対峙しているわけではなーい。よって糾弾は無効! 無効なのぢゃ!」


「自分だけ安全地帯で高みの見物か。屑の極みだな」


「責めるならこの無能にせい。肝心な時に間に合わず、こうしていいように操られ仲間に害を為しておる。人質がどうのこうのなど言い訳にもならん。この女は自らの主と見ず知らずの命とを天秤にかけた大馬鹿者よ。使い魔としては失格! よって妾が正しく躾けてやったまで。むしろ感謝されてもいいくらいぢゃ」


 両腕を広げ、蜘蛛の足をかさかさと動かすラクルラール。

 それに従うようにしてアルマがカクカクと動き、斧を振り下ろし、跳ね上げ、薙ぎ払い、爆炎を撒き散らしていく。

 頭痛と不快感を堪えながら右腕で熱気を防ぎつつ攻めるが、次第にアルマが放つ炎の勢いが強くなっていく。


 ちびシューラによれば、【猛火】という呪術を使用しているらしい。

 更に右腕に炎の縄が絡みついて動きを封じ、凄まじい熱風が押し寄せてこちらのあらゆる行動を制限していく。【空圧】の行動阻害に熱が加わって思考すら曖昧になっていった。


 炸裂する火線の一撃、爆撃のように弾ける猛火、大地から溢れ出す溶岩がトリシューラの拳銃による援護射撃を飲み込んでいく。踏み込んで掌打を放った俺の前に赤い壁が出現すると即座に爆発。転がりながら受け身を取って立ち上がると、アルマも同様に吹き飛ばされて立ち上がっていた。


(何か変。【火炎縛】に【灼熱波】、それに【溶岩流】――アルマって妨害系統呪術なんか使えたっけ? それに【灼熱障壁】なんて相手を自分ごと吹き飛ばす自爆呪術なのに)


 ちびシューラはアルマの戦い方に違和感を覚えているようだ。

 確かに、虚ろな目で次々と呪術を繰り出す様はあまり戦士っぽくはない。

 アルマの周囲に大量の火球が生成され、次々に射出されていく。


(おかしい――アルマはゼドと同じで戦士タイプだから、生まれつき使える神働術はともかく、呪術は一時的に脳の作業記憶領域ワーキングメモリに待機させておく使い切り方式のはず。こんなに沢山の呪術が使えるはずないのに)


 つまり、何らかの無理をしている――させられているのだ。

 呪術を行使する度、アルマの身体が激しく痙攣し、眼球が激しく上下に動く。

 血涙が流れるが、外気に触れた瞬間に炎となって燃え上がっていく。燐血の民が持つ種族特性の為に気づけなかったが、アルマは今までも絶えず身体の至る所から血を流していた。血は全て破壊のための炎に転化されていたのだ。


(あのままじゃ廃人になっちゃうよ)


 心配そうに言うちびシューラ。銃撃を続ける本体のトリシューラも気持ちは同じなのか、険しい表情をしている。

 ラクルラールは嗤い続けていた。あらゆる攻撃を透過させながら、使い魔が自らの身体を自壊させていくのを楽しそうに眺めている。


「妾はただの支配者にあらず。役立たずに高度な知識を叩き込み、より有能な即戦力に仕立て上げる教育者なのぢゃ」


 ラクルラールの教育とは、使い魔を消耗品として扱うことなのか。

 これが、こんなものがトリシューラが乗り越えるべき壁?

 怒りが込み上げる。

 これは、ただの害虫だ。


「ふざけるな」


 静かな怒りが、世界を凍り付かせた。

 だがやったのは俺ではない。

 厳かに激怒し、凍てつくように静謐な視線でアルマの呪術を全て打ち消したのは、いつの間にか現れていたアルトだった。

 隻眼が爛々と輝き、白い軍服の背中が弾けて氷の翼が広がる。


「大義無き支配、意思無き臣従は正しき道にあらず。外道は正道に敵わぬとその身に刻んでくれよう――出でよ、我が騎士たち」


 アルトが掌から何かを落とした。

 鋭利な牙が五つ。それらが地面に落ちると大地が鳴動し、地の底から夥しい数再生者が出現する。多種多様な種族が入り交じった軍勢がアルトの指示の下、整然と隊列を組んで動き出した。


 竜王国が誇る五大騎士団。

 アルトの側近である五人の騎士団長が率いる数と質と多様性の暴力が、ラクルラールの人形たちを虫のように踏みつぶしていく。

 【マレブランケ】が足止めされていたのが子供のお遊びのようにすら感じられる。それは圧倒的な『軍事力』と呼べるものだった。


 アルトが静かに近付いてくる。

 真横に持ち上げた右腕に呪力を纏わせながら、古風な呪文を日本語で詠唱していく。周囲の全てを威圧するようで、俺たちに対しては明確に味方であると態度で示していた。


「幼きビテロの樹、古き聖花都の死、天空、大地、稲妻、弑すること三首、メリアスの血槍を重ねること三叉、竜と乙女に穂先を突き立て、王の名に於いて流転と君臨の理を此処に示せ――」


「詠唱が長いわ馬鹿め!」


 ラクルラールがアルマを操り、詠唱中の亜竜王に襲いかからせる。

 しかし女戦士の足が何かに引っ張られたかのように止まる。

 黒々とした影が足に絡みつき、束縛しているのだった。


「【覇竜王滅呪オルガンローデ】」


 アルトの右腕から帯状のエネルギーが放出される。

 蛇行しながら進み、尖端部を鰐の大顎のように開いた呪文の奔流がアルマに直撃。爆風が荒れ狂い、辺り一帯を吹き飛ばしていった。

 吹き飛ばされたアルマはクレーターの中心で倒れているが、かろうじて息はあるようだ。どうやらアルトは加減してくれたらしい。


 軍勢と大呪文によってアルマが倒され、人形の集団が全滅する。

 五大騎士団が整然と王の前に居並ぶ。

 復活した再生者たちがアルトの顔を見るのはこの時代では初めてなのだろう。

 皆、感慨深そうな表情をしている。


 誰が始めたというわけでもなく、それは自然に発生した。

 それぞれ違った作法で跪き、臣下の礼を行う騎士たち。

 ちびシューラがぽつりと呟く。


(竜王国の臣従儀礼オマージュ、これがオリジナルの――)


 ガロアンディアンの臣従儀礼もそれぞれの土地の作法でバラバラに行うものだと聞いている。俺はちゃんとした作法を知らないのでやっていないが、【マレブランケ】の連中は竜王国の作法を真似オマージュして色々と踊ったり歌ったり跪いたりしていた筈だ。略式だが道化アルレッキーノにも強制した。


 威厳を示す王と、臣従する騎士たち。

 これが『王国』というものなのだと思った。

 俺の主が目指した形が、今ここに甦っている。

 そんな光景を目に焼き付けながら、俺は意を決して口を開いた。


「トリシューラ」


 ラクルラール相手に何も出来ず、無力を責められ、罵倒され、価値を否定された俺の主。今だって助けられてどうにか場を乗り切っただけだ。

 コルセスカを助けられず、六王にもラクルラールにも勝てず――俺たちは多分、同じ無力感を共有している。


 価値を創出しなければ、そう焦っても圧倒的な力の差は埋められない。

 俺には力が足りない。

 トリシューラには力が足りない。


「なら、トリシューラの視座は俺が紡ぐ」


 そう宣言した途端、【断章】を弾倉代わりにした書槍銃が唸りを上げる。

 俺はトリシューラが支え持つ長い『杖』に手を添えた。


「使い魔である俺が、トリシューラの覇道を記憶し、語り継げばいい。語り部が主役である必要性なんて無いだろう」


「アキラ、くん?」


 器、視座、価値――そんなものがあるかどうかなど知らない。

 ラクルラールの言うとおり、トリシューラには女王の資格が無いのかもしれない。女神として不適格で、末妹候補として見込みが無いのかも知れない。


 だが、だから勝者になれないなんて誰が決めた。

 たとえそう決まっていたとしても、足りなければそれを埋めて可能にするのが『杖』で『サイバーカラテ』だ。

 ならば、俺がやるべきことは最初から決まっている。 


「ずっと傍にいて、『トリシューラの世界』を伝える為の媒体になる。それが使い魔としての俺の役目だ」


 それは『王国』の呪力を束ねて語る四大の結実。

 二人で一つの断章呪撃。

 俺の一人称視座が紡いでいくのは魔女の物語だ。

 我が侭で、危なっかしくて、こわれ物のような、目が離せない女神候補。


「アキラくん――」


 トリシューラが何かを言おうとする。

 ラクルラールが何かを喚いている。

 言葉はもう不要だと思った。『杖』を握り、トリシューラの手を支え、穂先とその先の標的を睨み付ける。


「そうだね。二人でなら――ううん、三人で進む為に」


 下劣に嗤うラクルラールの背後に、下品に聳え立つ異形の塔が見えた。

 俺たちはあの場所に囚われた三人目を救い出す。

 こんな三下にやられっぱなしでいるわけにはいかないのだ。

 声を揃えて、二人同時に叫んだ。


「発勁用意!」


 アルトたちの攻撃すら透過させて全てを嘲笑うラクルラール。

 手駒が尽きたから何処かで補充してこようなどと呟いて、戦場にいるという認識すら足りていない三流以下の支配者。

 そんなものが障害であってたまるものか。踏みつぶして、乗り越える。


「NOKOTTA!!」


 三つに分かれたその砲撃は、意気揚々と撤収しようとしていたラクルラールの頭部、胸、腰を貫いて彼方へと伸びていった。

 閃光が天に吸い込まれていく。


「ケヒヒヒ、ケヒッ?」


 幻像のような身体が歪み、ひび割れていく。

 直後、耳障りな絶叫が辺りに響き渡った。

 上位次元まで届く一撃が、ラクルラールの像を跡形も無く消し飛ばしていく。本体を砕いたという確信を得て、触れた手を強く握る。硬く冷たいが、同時に力強さも感じる。トリシューラと顔を見合わせて、勝利を確かめ合った。








「キヒヒヒ、アルマを失ったのは痛いが、まあいいぢゃろ。また適当な人形を調達して、ゴミクズどもで楽しく遊ぶとしよ――ん?」


 油断しきった蜘蛛女の背後で構えを取る。

 肩に乗ったちびシューラの力を俺の左腕が伝達し、突き出す勢いと共に女の体内に叩きつけた。


「発勁用意――NOKOTTA!!」


 同時に、下界でもこの女の存在が砕かれたのを認識する。

 いや逆か。実体世界での勝利があったから、より抽象的なこの世界でも勝利することができた――というか、下界の勝利が今のように表現されたというか。


「あば、あばばばば、たたた、助け――」


 粉砕されたがらくたの山から、小さな蜘蛛ががさがさと這い出してきた。


「その無様な命乞いと死に様をサイバーカラテ道場全体で共有してやる――零落して忘れ去られろ」


「ぐぎゃっ」


 踏みつぶす。蜘蛛は平らに潰れ、そのまま消えていった。

 運が悪ければこのまま復活できずに忘れ去られて『死ぬ』だろう。

 紀人にも死はあるのだ。忘却という名の死が。


「お疲れ様、ありがとねアキラくん」


 ちびシューラがお礼を言う。それは今の俺に対するものなのか、下界の俺に対するものなのか。どちらにせよ、ちびシューラはとても嬉しそうだった。俺の肩から左腕へ駆けていき、掌の上に辿り着くと全身で喜びを表現するかのようにぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「とりあえず一勝できたな。あんまり喜べないが。どうせあれ最弱だろ」


「でも一勝は一勝だよ!」


 本当に他者の支配に特化しているらしく、本体は凄まじく脆弱だった。ラクルラールは間違い無く恐るべき敵だが、『恐れ方』を間違ってはいけないような気がする。強いが、無敵ではない。ストレートに『使い魔』を極めているが故に、『使い魔』系統に対する為の定石がそのまま通じる。


 つまり、弱い本体を狙うのが唯一無二の最適解ということだ。

 当然相手も警戒はしているだろうが、対策の種類を見極めて攻めていけば活路は見つけられる筈――いや、見つけなければならない。


 幸い今のラクルラールは大した紀人ではなかった。が、次も同じとは思わない方がいい。より慎重に動かなければ――というか、『俺』がそうしてくれることを祈るしかない。ここで念じてれば、ぼちぼち反映されるだろう。


「まあ六人中の第五位だし、ラクルラールの中でも最弱より一個上だからね。もし全員が第五階層に集結しているなら、六王同様に厄介だよ」


 ちびシューラは難しそうな顔をしている。

 かつての師と敵対することにやはり不安を覚えているのだろうか。


「まあ、いざとなったら直接戦うのは俺だから、ちびシューラはどんと構えてればいい。ちなみに、他も全員紀人なのか?」


「第六位のレッテは普通の魔女だよ。さっきの第五位は大昔に【紀元槍】に触れた蜘蛛だって聞いたかな。第一位と第四位は私は知らないけど、第二位はアキラくんも知ってる例の人形で、球神ドルネスタンルフの被造物こども


「神の子供? それはつまり」


「球神の力を完全に引き出せる高位の霊媒ってこと。こないだのデーデェイア降臨の時はセージがあんまり優秀な霊媒じゃなかったから三割くらいだったけど、あのラクルラールが本気出したら紀神の力が完全制御されて襲ってくる」


「マジかよ。あー、じゃあそれへの対処は後で考えよう。三位は? それは知ってるんだろ?」


「アキラくんも一度見てると思うよ、あの人は、私の教育担当だったから」


 トリシューラの内面世界に潜った時のことを思い出す。

 眼鏡をかけた女教師――あれがラクルラールの第三位か。


「それに、今回はラクルラールよりむしろ――」


「アルトか」


 恐らく六王で最も厄介なのは、アルトだ。

 それは俺たちの味方であるが故に。

 そして、ガロアンディアンの直接の参照先であるがゆえに。

 このままでは、早晩ガロアンディアンは飲み込まれる。


 ラクルラールは、王としての器ということを言っていたが、アルトを見ていると確かにそれを感じずにはいられない。

 仮にアルトの助力を得てこの事態を解決したとして、トリシューラはどう思われるだろうか。実質的な王、実質的な支配者、真に力を持っているのが誰なのか。飾りの王、ただ庇護されているだけの王では駄目だ。


 トリシューラがアルトよりもガロアンディアンの王として相応しいということを示せなければ、勝利できたとしても、彼女の王位に権威は無い。

 だが、アルトと五大騎士団という圧倒的戦力無しでこの戦いを勝ち抜くことが難しいのも事実。


「アキラくん、シューラ、負けないよ」


 拳を握り、ちびシューラは確かな意思を示した。

 頼らなければ負ける。頼るだけでは勝つ意味が無い。

 俺たちはこれから、ガロアンディアンとその女王が六王に勝るという証明をしていかなければならないのだ。


 それが王となるための試練。

 それが神に至るための道。

 【未知なる末妹】という称号は、トリシューラが己の価値を証明することでしか手に入らない。その二つは全く同じ事だ。


 だから俺はその価値の全てを余さず見届けよう。

 それを守り、記憶することが、俺にできる唯一のことだ。


「そうだね。サイバーカラテ道場アキラくんは覚えていて。その代わりシューラが選んで、決めて、道を作るよ」


 サイバーカラテ道場俺たちは二人で一つのシステムだ。

 だから下界の『俺たち』が俺たち二人を使いこなしてくれる限り、敗北することは決して無い。敗北と挫折すらフィードバックして最適最善の答えに近付けていける。俺たちは、そう信じて存在し続けているのだから。


 発勁用意――その祈りが届く限り。

 俺たちは全てのサイバーカラテユーザーの助けになろう。



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