4-89 一時の平穏①
シナモリアキラが誰かを助けるのは徹頭徹尾自分の為だ。
ならば、その『自分』という枠組みを拡張すれば。
戦う理由は、常にそこに在り続ける。
俺は、俺の心の安寧の為だけに戦う。
英雄物語という娯楽、人助けという享楽、正義の戦いという遊戯。
存分に、ツールとしての本懐を果たすのみ。
――俺は、ただの殺人鬼でいい。
「――キリッ! という感じのカッコイイ(笑)新生サイバーカラテ道場ことアキラくんのPVですが、皆さん、感想はどうでしょー」
トリシューラが会議室の卓上に立体投射された映像を示しながら半笑いでそんなことを言っている。ふざけんな真面目にやれ。
現在の俺はトリシューラが作り上げた『アキラくん人形』を全身義体として活動している『テセウスの船型サイボーグ』だが、宙に映し出されているのは『俺たち』――つまり多種多様な姿のシナモリアキラである。謎のかっこよさげなポーズをとったり演武をしたりと忙しなく動いているが、はっきり言って変だ。
「アキラ様、素敵です!」
「はあ?」
目を輝かせながら言ったのはルウテトだ。
蜂蜜色の豊かな髪を後ろで纏めている耳の長い女性。目の眩むような美貌の光妖精という種族で、今は『省エネモード』らしく右半身が白骨化していない。胸の上で両手を合わせて蕩けるような視線を送ってくる。
「こんな恥ずかしい映像が世界中に広がったら、一生ものの汚点になること確定です! これがアキラ様をずっと苦しめてくれると思っただけで、もう――」
潤んだ瞳でとんでもないことを言っている。ふざけんな真面目にやれ。
その場にいるのは俺とトリシューラ、それからコルセスカの身体を借りたルウテト。彼女が表に出てきている間は、外見も変化するようだ。
半壊した巡槍艦ノアズアークだったが、幸い居住区画は無事なままだった。
俺たちは自動ちびシューラやドローンたちに戦闘後の雑務を任せて、ひとまず艦内に集まっていた。今後のガロアンディアンについて話し合う予定だったが、その前にルウテトが爆弾発言をしたせいで色々と混乱が起きている。
死人の森の女王ルウテトはコルセスカの無数にある参照先の一つであり、主要な前世の一つだ。
そのルウテトが、実は未来から過去に転生してきた未来転生者であり、未来における前世はコルセスカであったと語っている。
つまり、コルセスカとルウテトは転生を環のように繰り返していることになる。その事実に関してトリシューラは半ば予想していたのか納得している様子だったが、こちらは寝耳に水だ。確かに、雰囲気が似ていると感じたことはあったし、思い返してみればなるほどとは思うのだが。
ルウテトの存在が示唆するのは、俺たちの未来に待ち受ける決定的な敗北だ。
取り返しのつかない失敗。それゆえにルウテトは転生を行った。
受け入れられない事を受け入れない為の過去への干渉――俺たちが過去の再演を行ったように、コルセスカ=ルウテトも同じ事をしたのだ。それについては納得できる。
だが、今の俺たちは未来の失敗を受け入れることはできない。どのような未来が待ち受けていようとそれを知り、対処する必要がある。『失敗』の詳細をルウテトに訊ねるために落ち着けるところに移動したのだが、何故かトリシューラがよく分からない宣伝プロモーションビデオを上映し始めたのである。
「いや、空気重いかなーって」
何を言っているんだろう、トリシューラは。
どうも様子がおかしい。
未来を知りたくないとでも言うのだろうか。また俺にはよくわからない理屈で悩んでいるのかもしれないが――。
「コルセスカの事でもあるわけだし、どうせ避けては通れないだろ。情報は早めに手に入れておくべきだと思う」
トリシューラは目を伏せて小さく頷いた。もちろん彼女ならその位は理解しているだろう。恐らく、俺には窺い知れない何かがあるのだ。
「そうなんだけどね。ただ、本当にその世界を信用して良いのかっていう疑問があるし、迂闊に確定させていいのかっていう懸念もあるんだよ。あと、現時点でもうババァ――ルウテトの通過した過去と齟齬が発生しているんじゃない?」
「何を言いかけたんです? 怒らないですから正直に言ってごらんなさい?」
「忌まわしき者どもの母、ババロンって言おうとしたの。わーつよそう」
「偽証と名誉毀損です! どうしてそんなに口の悪いコに育ってしまったんですか! というか酷くないですか、前世とはいえ姉ですよ私!」
心ない言葉に傷付いたのか、若干涙目になりながらルウテトが抗議する。トリシューラはそっぽを向いて知らんぷりをしていた。ひどい。
「もう。ですが、彼女の言う通りです。残念ながら私の知識は当てにならないでしょう。それに、転生の際に欠落した記憶もかなりありますから。なにしろ間にもう一度未来転生を挟んでいるので――」
「待て待て待て、なんだそれは」
間にもう一つ転生を挟んだ?
つまり、コルセスカが未来から過去に転生して、その人生から更に巻き戻って過去に転生した? わけがわからん。
トリシューラは「つまりこうだね」と言って空中に日本語の文字を表示する。
そこにはこう記されていた。
未来のコルセスカ(負け犬)→ディスペータお姉様(噛ませ犬)→冥道のロリ姫(オルクスに大人気)→死人の森のババア(劣化)→今のセスカ(かわいい)
転生を表す矢印があるのがわかりやすい。
最後の矢印は参照している程度の意味だろう。前世のルウテトがまだ生存(?)しているのが奇妙な感じだが、実際に前世と現世が同時に存在してしまっているものは仕方が無い。それにしても。
「ひどい! ひどい! 本当にひどい! なんでそんな風に人が傷付くことばっかり言うんですか! ちょっとお話があります!」
「つーん」
何故トリシューラはこんなにもルウテトを嫌っているのか。
コルセスカの事は好きらしいのに。
喧嘩しそうになる二人の間に割って入って仲裁する。
強力な呪術師であり人を超えて神に至ろうとしている紀人でもある二人だが、今の俺もまた同じ高次存在。下手に間に入れば怪我をする状況でも問題は無い。
コルセスカと違い邪視力で肉体構築はできないので、トリシューラが用意した『アキラくん人形』を寄り代に受肉しているのが少々情けなくはあるが。
といっても義体の性能はかなり良い。俺が転生したばかりの頃に比べても、格段に動きが滑らかになっている。トリシューラの杖使いとしての階梯が上がったためらしい。
各部に内蔵された『幻肢アプリ搭載演算素子』があれば機械的に全身の幻肢、更には幻脳を生み出せる。これは要するに即席で作り出したアストラル体なので物質干渉力は低めとかなんとか。
(言うならば疑似的な空の民化なんだよアキラくん。パーンと戦った時のことを思い出して? 身体が軽くなった分、打撃も軽くなったでしょう? セスカ風に言えば、物理攻撃力が低下して敏捷性と呪力が上昇したって感じ)
視界の端っこに現れたのはちびシューラだ。教鞭を持って、なにやら女教師っぽい格好をしている。セルフレームの眼鏡が中々似合っていた。
(あと、幻影モードだと呪力消費が激しくて継続戦闘力が低いね。逆にそれを利用して『義体モード=物理寄りのパラメータ』『幻影モード=呪術寄りのパラメータ』という調整も可能だよ)
眷属種第一位と第九位、二つの特性をスイッチできるんだよ! と誇らしげに語っているが、地上の眷属種がどうとか覚えられないのでよくわからん。
要するに、戦い方の幅が広がったということだろう。
俺は呪術とかそういうのは今ひとつなので、そう言う方面を補えるのなら喜ぶべき技術の進歩だ。メリットばかりというわけでもなさそうだが。
早速試してみる。幻肢アプリを起動して一瞬だけ幽体離脱。火花を散らし合っている二人の間に幻の手刀を落として、架空の視線を切断した。
形の無い呪力の線を千切った手応え。視界に表示されたマニュアルに従って腕を引き戻すと、鋼鉄の左手が焦げたように熱を持っていた。
「なるほど、幻肢へのダメージは物理的な義体にもフィードバックされると」
二人の仲が悪いのは仕方無いとして、建設的な話も進めて行かなくてはならない。コルセスカの前世(というか未来)は気になるが、そこは後回しにしよう。その他にも話し合うことはある。
「話を戻そう。死人の森とガロアンディアンの今後について――」
「がるるる」
「ふふふふ」
ダメだこいつら。
ええと、他に話題は何か無いか。
(えっとねー、盗賊王ゼドが姿を眩ませているよ。そして呪具保管庫から高額の呪符がごっそり消えてるけどこれは因果関係あるよねー?)
ちびシューラの知らせと同時に、視界隅にメールの通知が。ゼドからだ。
「『先ほどの戦闘でグレンデルヒ撃退に協力した件だが、素早い謝礼の支払いに感謝する。今後もこうした連携を――』っておい」
(あいつ何なわけ)
ちびシューラはお冠だった。というかあいつ火事場泥棒にも程があるだろ。盗賊王って名乗ってるからって許されると思うなよ。そしてどうやらゼドは非戦闘員の救助や避難誘導などを行ってくれていたらしいので、あまり強く出れない。持ち出された呪符も決して少なくはないが、ゼドとの関係を考えれば躍起になって取り返しにいくほどではないという絶妙な額だ。慣れた仕事だった。
もうこんなんばっかだ。
頭痛い。ちょっとこのめんどくささをコルセスカに吸ってほしい。生憎と今の彼女はルウテトの内面に引っ込んでいて、多分ゲームとか楽しみながらごろごろしてるが――何だっけ、別の話題だったか。
「――ええと、より緊急性の高い案件があったよな。具体的には、なんか再演の途中でちょっかいかけてきたラクルラールとかいう人形みたいな奴だ」
そう。ルウテトと休戦協定を結び、グレンデルヒを退けた今、俺たちにとって最大の敵はラクルラールという星見の塔の魔女だ。目的がよく分からないが、どうも俺たち全員をいいように操ろうとしているのは間違い無い。
できれば現時点では敵に回したくない、あまりにも強大な相手。下手をすると星見の塔の最大派閥と、トライデントを一度に敵に回すかもしれない危険性がある。更には、トリシューラの身体を作り出した一人でもあるという。
「ラクルラールについて、どういう方針で対処していくつもりだ?」
「うーんとね、とりあえずちびシューラたちとドローンにそれらしい人形がいないか捜索させてる」
昔の私たちがもっと動ければ効率良かったんだけどねー、と残念そうに言うトリシューラ。復活させた過去の身体は、損耗が激しかったので休眠状態にして修理中らしい。疑似タイムスリップはここまでというわけだ。
「ていうか、人形とかドローンとかアンドロイドとか、違いが良くわからなくて混乱するんだが。それを作ったり操ったりするのが人形師なんだよな? 最強の人形師だか人形遣いとか言うけど、ラクルラールの強さはどんなものなんだ? 敵の事がよく分からないままで、どう戦ったらいいのかイメージがわかない」
どうにも、あの奇妙な人形に対しては上手く倒せるという未来が思い浮かべられない。得体が知れないというか、明確な実像が捉えがたいというか。
トリシューラはもっともだと頷いて、俺に説明をしてくれた。
いつものやつである。わからなかったら適当に頷いておこう。
「まず、沢山いるちびシューラはほとんど全てノイマン型のコンピュータだと思っていいよ。私の人工知能が基本的には非ノイマン型のニューロコンピュータであるのとは対照的だね」
「確か、本体である上位シューラからは認識を阻害されているっていう九層の複合人工知能のことだったっけか」
会話している横で、ルウテトが「のいまん?」と首を傾げている。妙だな。前世がコルセスカなら知っていそうなものだが。転生したせいで知識が欠落したとかだろうか。それでも日本語の基本的知識はこの世界に定着しているはずだ。
というか、何故俺の中にはこんな知識があるのだろう。前世では一般教養とかだったのだろうか。よくキロンに破壊されずに残っていたものだ。
「要するに普通の計算機がいわゆるノイマン型と。それと色々な人工知能の複合なんだっけか。量子コンピュータ型とかもありそうだな?」
「多分ね。メートリアンはDNAコンピュータとかあり得るんじゃないかって言ってたけど、どうかなあ。わかんないや」
ルウテトが「でぃーえぬえー?」と小さく首を傾げている。これもわからないのか。どういうことだろう。そして話に加われなくてなんだか悲しそうな顔をしている。小さな罪悪感。
「ええと。で、人形ってのはどういう仕組みなんだ。マラードの時にも色々出てきたよな」
「呪力で操る遠隔操作呪具だよ。呪文の素養がある人形遣いなら、簡単な命令を下して半自律行動をとらせることもできるけどね。普通の人形師が使うものには意思が無くて、地上で使用されてる自動鎧とかも、そんなに複雑な命令は覚えられない。都市部に配備されてる治安維持用のものとかは遠隔操作が多いかな」
地上に行ったことは無いが、映像メディアなどに映し出された迷宮都市エルネトモランではそうした人形が治安維持を担っているとのこと。といっても、高位呪術師に対抗できるレベルではないようだが。
「つまりガロアンディアンの警備ドローンはとっても優秀ってことだよアキラくん。どう、すごい?」
「はいはいすごいすごい」
「適当に褒めないでよ-。まあいいや。それでね、人形師は大まかにはラフディの技術を基にした流派と、旧世界の技術を基にした流派があるんだ。ラクルラールお姉様は前者。ディルトーワ流とかって言うのがそれだね。後者で有名なのはバーンステイン流とかかなー」
なるほど。つまり、ラクルラールという人形師はラフディから伝えられてきた技術を受け継いでいるというわけか。
だとすると、物語の中に出てきた『ラクルラールという名の人形』の位置づけがよく分からないままだ。ヴィヴィ=イヴロスの言葉を思い出す。
『ああ、ついでに言えば、ラクルラールはただの史実だ。アレはそういう来歴を持っているというだけの話。今は零落した球神ドルネスタンルフが人に授けたという叡智にして神造の遺物、それがアレの起源であると言われているよ』
古き神が作り出した人形。
そう言われてしまうと、『そういうものか』としか思えないが、今ひとつ腑に落ちない。そもそも、ラクルラールの狙いとは何なのか? 散々こちらをひっかきまわして何がしたかったのだろう。
「バーンステイン流は心の存在を否定するんだけど、ラフディ系統のディルトーワ流は心や意思を人形に込めることを重視するの。アストラル体を兼ね備えた人形っていうのが基本コンセプト」
「呪いの人形みたいだな」
「まさにそれだよアキラくん。ちなみに私はそれとは別コンセプトで、どっちの流派とも違うかな。ベースとなる素体はラクルラール派だけど、内蔵機械はアーザノエルお姉様やクレアノーズお姉様がもの凄く手を加えたせいで別物なんだって。魔改造っていうか、原形留めてないとかなんとか」
普通、作品に手を加えられたら怒るのではないだろうか。
もしかしてラクルラールがトリシューラに厳しいのはそれが理由とか――いや、明確に悪意をもって接触してきていたようなので、たとえそうであっても許し難いのだが。
「中でもラクルラールお姉様の一番弟子であるアレッテ・イヴニルはディルトーワ派において不世出の天才と言われてる」
「確か、リールエルバがそいつに気をつけろって言ってた気がする。そんなに凄い奴なのか」
「うん。方式にもよるけど、並の人形師は最大で一体を滑らかに動かせれば上等、優れていても三体から五体程度、十体操れれば一流と言われている。数十とか百とか行けばどこの軍隊でも警察でも警備会社でも即座に幹部待遇」
トリシューラによれば、バーンステイン派最高の天才ヨミル・バーンステインが松明の騎士団に鳴り物入りで入った時、他をすっ飛ばしていきなり九槍と最古参の隊長格に次ぐ十三位に任命されるという事があったらしい。ヨミルの同時操作可能数は最大で一万。人呼んで一人師団――聞いただけで化け物と分かる。
キロンは別格としても、その下の十位だったというバル・ア・ムントの技量は優れてはいたがあくまで凄腕レベル。本気のキロンのように人外レベルという程ではなかった。その下の十三位が一個師団に相当する戦力を動かせるというのは、実質的には九槍に匹敵する実力者だったのではないだろうか。
「そして、そのヨミル・バーンステインと同じく最大で一万の軍勢を同時に使役できるのがアレッテ・イヴニル。こちらは心ある人形――それぞれが異なる呪的性質を有する癖のある呪術師たちを束ね上げている」
「意思と知性を持って呪術を行使する兵隊たちが一万もか。厄介だな」
「魔戦人形師団。端的に言えば、地上有数の怪物集団。小さな国くらいなら余裕で攻め落とせる戦力だよ」
小国というのがどの国を指すのか、言うまでもない。
思わず、黙り込んでしまった。
そんな相手が攻めてきたら、個人の力ではとても対抗できないだろう。
それこそ組織としての――王国としての『軍事力』が必要になる。
「軍事力なら【死人の森の軍勢】に任せて下さいアキラ様! 私が率いる
流石死人の森の女王は格が違った。というか洒落にならない規模だなそれ。
えっへんと胸を張るルウテトに若干の幼さを感じるのは気のせいだろうか。
「ラクルラールとは、私も因縁があります。ですから、どこかのぽんこつさんなんかより私を頼ってくれていいんですよ」
話に参加できて嬉しそうだ。大人びているようで、むしろコルセスカより子供っぽい部分が目立つような。
「な、なんですかその視線は。私は母性あふれる女王ですよー」
両手を広げて謎の母性アピールをするルウテト。
やたらとわざとらしい口調だなとは思っていたが。
(多分、シューラがババア発言したのを気にしてるんだよ。無知キャラ演じて若さというか幼さを演出したいんじゃないのかな。そして頼りになるし包容力のある所も見せたいといういい加減な方針。焦点の絞れてない浅はかな演技だよね)
ちびシューラの呆れを含んだ発言。まさかのキャラ作りだった。
白けた目でルウテトを見ながら、トリシューラが言葉を続けていく。
「ラクルラールお姉様の目的は正直私にも分からない事が多い。けど、今回の一件でわかったことがある。多分あの人はトライデントの細胞だよ。星見の塔における支援者なのに実際に手足となって働く使い魔でもあるって何かズルいような気もするけど、いずれにせよ乗り越えなくちゃいけない相手ってこと」
「そういや青いのを使ってたな。とにかく星見の塔のラクルラール派閥はイコールでトライデントの仲間ってことでいいんだな? そいつらを殴ればいいと」
「アキラくんってこういうとき短絡的で乱暴だよね。いつもか。まあそれでいいよ。ラクルラールお姉様とアレッテ・イヴニルについてはそんなとこ。分かっている能力の詳細は道場に上げておくから、目を通しておいて? あとはそうだな――アレかぁ」
途端に渋面を作るトリシューラ。どうしたのだろう。
「ラクルラール派は一杯姉妹や弟子を抱えているけど、多分末妹選定で関わってくるのはレッテとあいつだよなーヤだなー会いたくないなー」
「そんなに厄介な相手がいるのか?」
「うーん。厄介なんだけど、それ以上になんというか、こう」
説明しづらそうなトリシューラ。
今日の彼女はいちいち歯切れが悪い。
何故か、こちらを気にするようにちらちらと視線を送っている。
まるで、何かやましいことでもあるかのように。
「い、言っても怒らない?」
「その前振りは多分怒るような気がするが、勝手に脳をいじったり取り替えたり改造したり左腕食いちぎって隠してたりするより怒りそうな事実があるのか?」
「うー。やっぱり言わない。言いたくない」
両手で口を押さえて沈黙を決め込むトリシューラ。子供か。重要な情報を感情的な理由で出し渋るんじゃない。脳内でちびシューラに指摘したら、反省のポーズをしながらサイバーカラテ道場に敵の資料をアップロードしてきた。意地でも口で言いたくないらしい。とりあえず、サイバーカラテユーザーは各自で目を通しておけばいいか。納得して資料のファイルを開く。ラクルラール、アレッテ・イヴニルに続く名前は――
「ミヒトネッセ、か。このTSX-8って何だ? 型番?」
「あーあー聞こえない聞きたくないー! はい終わり終わりー! 次の話題!」
よっぽどこの人物についての話題が嫌らしい。
とりあえずご主人様の意思を尊重することにした。
「今後の方針だが、共通の敵であるラクルラールを倒すまでは共闘するのはどうだ。敵は強大だ。第五階層をどうするかは、目の前の脅威をどうにかしてからでいいだろう。グレンデルヒの時と一緒だ」
「アキラ様がそう仰るのなら♪」
「アキラくーん、そういうのはもうちょっと色々いやがらせ、もとい要求を突きつけて交渉ごっこしてからにしよーよー」
うるさい結論なんざどうせ最初から決まってるんだからさっさとそこに辿り着いてしまえばいいんだよ。
そんなわけで、ガロアンディアンと死人の森は一時的な同盟を結ぶことになった。対グレンデルヒ同盟(仮)の期間延長といった所だが、今度の相手であるラクルラールはトライデントの勢力に属している。つまり、勝敗が末妹選定に直結する。負けられない。そんな決意の下、一致団結する俺たちだった。
「おばあちゃんのくせに他人のペットに色目使うとか恥ずかしくないの?」
「年齢しか勝ち誇れるものが無いのですか? それに、私たちは定められた命の種族とは異なる時間の流れを生きているのですから、年齢差なんて問題になりませんよ。古き神々ともなれば、万や億など誤差の範囲内なんですから」
一致団結したつもりになっていたのは俺だけだった。
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