1-7 無彩色の左手、鎧の右手⑦


 その後、この迷宮には彼ら以外の集団もいるのだと知った。人と人が集まると、ちょっとしたトラブルが発生することもだ。

 その三人組とは、とある大きな部屋で遭遇した。


 部屋の中央には巨大狼の死骸。それだけで、その三人の実力のほどが知れた。

 こちらの半分にも満たない数だが、質では上なのかもしれない。

 それぞればばらばらの服装で、統一感が無い。それでキールたちと同じ組織に所属していないと分かった。キール達の態度も、敵対的ではないもののどこか張り詰めている。


 中央に立つ男性が、何事かキールに話しかけた。

 身の丈ほどもある恐ろしく巨大な剣を軽々と持っている。俺と同じくらいの体格なのに、とんでもない馬鹿力だと思ったが、男が巨大な剣をくるっと振り子のようにして回すと一瞬にして縮んでいき、果物ナイフ程度の大きさになってしまった。魔法のようだ、というか魔法なのだろう。見た目通りの重さでは無いのかも知れない。


 左に立つのは深い黒肌の巨漢で、上半身はほぼ裸で、胸や肩などに赤い染料で模様を描いているのが印象的だった。


 右側には黒一色の貫頭衣を着た、白髪の壮年男性。そう歳がいっているようには見えないが、若白髪だろうか。

 その手に杖の先にクロスボウが取り付けられた見慣れない道具を持っているのが目立つ。キールが持っているような巻物を持っているのも彼だ。更にはベルトから黒い装丁の本を一冊吊り下げていた。

 予想していたことだが、文字や印刷技術なども発達しているらしい。この世界の文明発展段階は俺が当初希望していた異世界の水準よりもずっと発達しているようだ。


 キールと中央の青年が何を話しているのかは全く分からなかったが、どうも会話の雲行きが怪しい気配がする。

 お互いの表情や口調が、徐々にヒートアップしているのが傍目にも明らかだった。


 会話から口論へと移行するかと思われたその時、何かがその逆鱗に触れてしまったのか、唐突にアズーリアが前に飛び出した。薄々感じてはいたが喧嘩っ早いというか猪突猛進というか。


 先陣を切って突撃する戦士としては優秀かもしれないが、この場合には短所にしかならない。流石に槌矛は抜かず、籠手で殴りかかるつもりのようだ。が、両集団の中間でその脚は止まる。


 壮年男性が杖の先に取り付けられたクロスボウを発射したからだ。

 かろうじて盾で防いだアズーリアだが、衝撃と轟音、閃光にやられてか膝を着いてしまう。


 射出されたのは矢では無い。拳大の弾丸で、盾に接触すると同時に音と光を放つ、小規模なスタングレネードめいた代物だった。

 ゆったりとした服の内側から次弾を弓に番え、ぎりぎりと引き絞っている。更にこれも魔法の道具なのか、勝手に腰の本が浮遊したかと思うと、ぱらぱらと開いてページから光を放ち始める。何かの模様(おそらく文字だ)が宙に浮かび上がり、それらは火の玉になって彼の周りを浮遊し始める。

 まるでフィクションの中の魔法使いだ。


 巨漢が無言で前に一歩進み出て、中央の青年もナイフを旋回させて再び巨大化させた。

 一触即発。

 キール達も武器を構えようかというその時、ぱちん、というコインを弾く音が響いた。

 

「さあ、裏か表、どっちだ」

 

 カインの言葉をそっくりそのまま真似た、俺の発言だった。これには三人組も意表を突かれたのか、しばしの沈黙がその場を支配する。やがて中央の青年がおもしろがるようにして、「キー」と言う。俺が手を広げると結果は松明の絵。

 

「あんたの勝ちだ!」

 

 俺はカインに糧食を三つ要求した。カインは即座に俺の意を汲んでくれた。この中で一番多くコミュニケーションをとってきただけある。


 貰った糧食を、俺は『弾道予報Ver2.0』を立ち上げて三人に正確に投擲した。大きく放物線を描いてそれぞれの手に収まったそれらは、どうやら和解のきっかけくらいにはなったようだ。


 両集団の間にあった緊張感がわずかにほぐれ、キールと青年が何事かを話し、その場は収まったようだった。

 

「なあ、あんた、名前はなんて言うんだ?」

 

 実際には二人称と名前の二単語しか聞き取れなかったのだが、多分そんなことを青年が訊いてきた。

 なので俺は、


「アキラ。シナモリ・アキラ」


 とだけ叫んだ。それで十分だったのだろう、彼は何事かを言うと、そのまま二人の仲間を連れてその場から立ち去っていった。


 場の空気が弛緩していった。カインが俺の背を軽く叩き、笑いながら話しかけてくる。よくわからないままに肯定の言葉を繰り返した。キールも何か言葉をかけてくれている。


 すぐに出発して三人組と鉢合わせるのも気まずいのだろう、そこで周囲を警戒しながら小休止することになった。当然だが巨大狼の死骸からは価値のあるものは全て無くなっていた。なので水を飲んで座ると、カインと巨大狼の死骸のあちこちを指差しながらの言葉の勉強が始まる。


 何事もなく小休止が終わり、その場を立ち去ろうと言うとき、背後からマントを引かれた。アズーリアだ。言葉はない。が、腰の収納から糧食を三つ取り出して、差し出してくる。


 一度も言葉をかけてきたことがない相手。カインとは逆だ。言葉を重ねることの無意味さを知っている。


 物品の贈与に意味を見出す事は、どのような文化においても見られることなのだという。俺がそういった概念を有していることを、先ほどの一幕でアズーリアも知ったのだ。

 『贈与』は俺とアズーリアの共通言語なのだと、互いが理解した。

 

「ありがとう」

 

 礼と共に、三つの糧食を受け取り、口にする。じんわりとした甘みが口の中に広がる。

 

「甘くておいしい。糖分が補給できて助かる」

 

 日本語なので意味が伝わるはずも無かったが、アズーリアは一度頷いて、キール達の方へ駆けていった。

 

 ――しかし、首尾良く場の空気を和らげることに成功したから結果的には良いものの、あの張り詰めた状況であんなことをするのは我ながら愚策としか思えない。


 賽の目が良い方に出たから平和な結果に終わったが、あの行為を挑発や策略、何らかの攻撃だと判断されたらそこで戦いが始まっていただろう。

 それを責める者がいなかったのは、まあ結果が全てであるのと、思っていても口に出さないというのと、俺に複雑な言葉の連なりを理解するだけの語学力が無いことが原因だろう。


 実際の所、俺は半分以上戦闘になっても構わないと思っていたと知ったら、キール達は何を思うだろうか?

 あの2メートルを超す巨漢、プロレスラーじみた太い腕に、俺のサイバーカラテが何処まで通用するのか。


 魔法使いめいたクロスボウの男、あの射撃や火の玉をかいくぐって懐に飛び込むにはどうすべきか。ひょっとして、接近されたときの為の奥の手くらいは隠しているかもしれない。


 そしてリーダー格らしき巨大な剣の青年。巨大狼の死骸には深く大きな刃物で切り裂かれたとおぼしき傷跡があった。あの青年の攻撃は、巨大狼を鎧ごと斬り裂けるほどに強烈なのだ。どう立ち回れば、あの男を殺せるだろうか?


 そんなことを考えながら、あのコインを投げたのだと知ったら。

 言う必要が無いこともある。

 アズーリアは、それを良く分かっているようだった。

 行動と、その結果が全てだ。

 

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