1-6 無彩色の左手、鎧の右手⑥


 

 六人プラス一人の迷宮行は静かに続いていた。

 負傷者であるカインとテール、俺を挟むようにして、先頭がリーダーらしきキール、その後ろにアズーリア、最後尾が荷物持ちで槍で武装したトッドとマフスという隊列だ。


 キールが手に巻物を広げていて、なんだろうと後ろからのぞき込むと、どうやらそれは地図のようだ。

 それも事前にこの迷宮を探索した者が作ったのではない。白紙の巻物の上に自動的に線が描かれ、キールが歩いたとおりに地図が出来上がっている。


 俺の使っているマッピングアプリのようなことが、魔法(?)の道具で再現可能らしい。指でタップしたりフリックしたりして端末っぽい扱いのようだった。ピンチイン、アウトで縮小拡大までできるらしい。まさか情報の検索とかできるんじゃないだろうな。電話に相当する通信機能くらいはついてそうだった。実際、キールが歩きながら鎧の胸部分に手を触れて独り言を喋っていることがあった。あれは遠くにいる誰かと会話していたのかもしれない。


 そしてこう言っては彼らに失礼なのだが、意外と彼らは頼りになった。

 最初に劣勢の所を見てしまったためかあまり彼らに強いイメージを抱いていなかったのだが、それはあの巨大狼が強敵だったせいなのだろう。


 途中、数回の戦闘があった。人狼に遭遇したのだ。一体で現れることもあれば二体から三体のこともあった。彼らは俺に対してそうだったようにキールたちにも敵対的で、出会った瞬間に戦闘が始まった。


 が、俺の出番は無かった。

 素早く飛び出したアズーリアが槌矛を激しく人狼の爪や籠手にぶつけ、火花を散らす。トッドとマフスが槍で牽制する。その間にキールは巻物を腰の収納袋に入れ、左腕に括り付けられた方形盾の内側から槌矛を引き抜き、一気呵成に人狼に打ちかかる。


 息のあった連携によって、大抵の人狼は数合打ち合わせただけで爪を砕かれ、あるいは装甲をへこませ、ついには槍で貫かれるか脳天を潰されるかして決着する。


 状態の良い爪や装甲は戦利品としてトッドの大きな背嚢に放り込まれていく。人狼の牙や皮は剥ぎ取らないので、価値が低いのだと知れた。

 こうしてみると、彼らはそれなりに練度の高い戦士らしい。カインとテールは負傷したばかりのためか戦闘に参加していないが、連携がとれているのがよくわかる。


 彼らを同時に相手取ったとき、俺はどう立ち回れば勝てるだろうか。暇なのでそんなことばかり考えていると、それがわかったわけでもないだろうに、アズーリアが兜越しにこちらを睨み付けていた。


 いや、見ていた、程度の視線だったのかもしれないが、なんとなくそんな気がしたのだ。心にやましい所があったからかもしれない。

 しばらく進んでいくと、開けた部屋に出た。巨大狼のような強敵がいるかもしれないと身構えたが、どうもそういう様子ではない。


 部屋の中央には噴水があり、泉が湧いている。

 キールが全員に号令をかけると、全員が肩の力を抜くのがわかった。

 皆、床に腰を下ろしたり、水を水筒に入れたりしていた。休憩、ということなのだろうか。


 この噴水と泉が給水地点を示しているらしい。汲んだ水を普通に飲んでいるので、きっとそうだ。

 キールが俺の名を呼んでいる。革製の水筒を差し出される。


 礼を言って、いただくことにした。一瞬腹を壊すかも知れない、とか考えたが、喉の渇きが勝った。思えば随分久しぶりに水を飲んだ気がする。喉を潤す感触がひたすら心地よい。


 部屋が安全地帯らしいとわかったのは、一体の人狼が現れた時だった。

 その人狼は俺たちを発見すると襲いかかってきたのだが、部屋の入り口で何かに阻まれたかのように立ち止まり、じりじりと後退ったかと思うと、そのまま引き返していった。この部屋に彼らは入れないらしい。一体どういう理屈でそうなっているのかは全く不明だが、とにかくそういうことなのだと俺は納得した。これは覚えておくと便利かも知れない。いざというときこういう噴水のある部屋に逃げ込めば助かる可能性が生じる。


 部屋にあったのは噴水だけではない。

 泉の横には台座があった。その上部には複雑な模様が走り、石が幾つかはめこまれている。


 キールがそれに触れると誰かの声が聞こえ出した。キールはしばらくその声と会話していたが、その中に何回か「アキラ」という言葉が含まれていたのを俺の耳は聞き逃さなかった(それ以外は一切わからなかったとも言う)。おそらく、誰かに俺のことを報告しているのだと思う。


 キールたち六人は、なにかの大きな組織に所属しているのだろう。統一された武装に訓練された動き。

 どういった性格の組織なのかまではわからない。連れられていった先でいきなり処刑されたりしなければいいのだが。


 手持ちぶさたにしていると、トッドが近づいてくる。

 何かと思えば、人狼から奪った胸当てを手に持って何かを説明しようとしている。

 というか、俺にこれを着せようとしているのだった。身につけているのはマントのみという無防備な俺を気遣ってのことだろう。この厚意にもありがたく縋らせてもらう。


 マントを一旦脱いで、上からかぶせてもらう。裏地はゴムのような柔らかい素材があてられていて、肌にこすれないようになっている。予想外に軽い。どんな金属で出来ているのだろうか。


 お礼を言うと、トッドは深く頷いてその場にどっしりと腰を下ろし、置いた荷物をチェックし始めた。

 彼は茶色のくせっ毛が特徴的な、ちょっとふんわりした頬の穏やかそうな男性だった。もう一人の荷物持ち、マフスがまだあどけなさの抜けきらない少年であるのもそうだが、荷物持ちの二人はあまり荒事に向かなさそうな印象がある。外見で人を判断するのは愚かだが、もしかしたらそういう適性なども見て役割分担が行われているのかもしれないなと思った。


 適性と言えば、休憩中にも関わらず兜を被ったまま、出口に厳しく目を光らせているアズーリアは兵士の鑑、といった風情だ。姿勢も良い。小柄だが、体力もありそうだ。人狼との戦いでも先陣を任されていた。勤勉で意欲があり、将来有望な若手の戦士――そんなイメージが俺の中で出来上がっていた。それでいて、マントのことなど、他人へ対する気遣いも持っている。殺し合いが楽しいのはこういう相手だ。


 まあ俺も誰彼構わず殺しにいく頭のおかしいシリアルキラーというわけではない。そうだったらまともな社会生活が送れない。だからまあ、成り行き次第では敵対もするし、もう二度と関わり合いにならないかも知れないし、友人になるかもしれない。結果は神のみぞ知る。


 舌なめずりをした覚えは無かったが、アズーリアには動物的な直感が備わっているのかも知れない。鋭くふり向くと、じっと睨まれてしまった。六人はおおむね友好的だが、アズーリアは不審過ぎる俺にそれなりの警戒心を抱いてはいるらしい。健全なことである。


 まあリーダーのキールにしても、俺のことをしっかりと報告している。俺が実は人間に化けた人狼の仲間で彼らを騙している可能性くらいは考慮しているだろう。

 実際は敵でも味方でも無いのだが。今のところは。


 負傷も大分良くなったのか、カインとテールの二人の顔色はかなり良くなっていた。マフスと三人で親しげに話している。カインがコインを取り出して、軽く上に弾いて、戻ってきたところで手の中に隠す。裏か表かを当てるゲームだろう。シンプルな仕組みのものは、異なる文化でも同じようなものになりやすい。


 ふと思いついたことがあって、彼らに近づいていく。

 テールが何かを言うが聞き取れなかった。マフスが「キー」と聞こえる単語を喋ったので、後ろから俺も復誦してみる。


 三人はやや驚いたようだったが、カインはにやりと笑って手を開いてくれた。そこにはシンプルな線の模様が描かれていた。テールがぐっと手を持ち上げ、マフスが目に見えてがっかりする。


 カインは腰の収納から小さな丸薬のような粒を取り出すと、テールに渡す。満足げに口へ放り込んで、上機嫌になっているので、糧食か嗜好品のたぐいだろう。


 次はテールが、その次はマフスがコインを弾いた。その度にコインを弾いた者が、勝者に食料を渡す決まりのようだった。ギャンブルというほどのことではなく、簡単なレクリエーションと言った所だろう。食料も必ず一つずつやりとりされ、相手が困るほどには取らないようだ。連続で勝ったカインが、負け続けのマフスに食料を返していることがあったので、そうわかった。


 ついでに、俺の目論見(と言うほどの物でもないが)も達成された。名前以外の単語を覚えたのだ。コインの、十字のような模様が描いてある方が「ィー」で(聞き取りづらかったがおそらく『Y』音だ)松明の絵が描いてある方が「キー」だ。どちらが裏か表かはわからないが、それだけはわかった。


 それをきっかけに、いくつかの単語を、指差しによって確認することが出来た。片っ端から録音し、カタカナに直してネームタグを付け、メモ帳と同期させて記憶した。音声と文字、映像を関連付けしていけば、アナログな手法でも辞書もどきができる。


 今は少しでも情報が欲しい。単語レベルでも知っておくことで、今後何かの役に立つかも知れない。

 というか、この世界の言語を習得することも視野に入れておいた方がいい。元世界のサポートを半ば以上放棄している現在、言語を脳内にインストールしてはい解決、ということにはならないだろうからだ。


 俺は鎧や武器、服、人体の部位、一人称や二人称といった指差しで確認できるレベルの単語を次々と収集していったが、それでもやはり抽象的なレベルで意思疎通をすることは不可能で、彼らがどういった存在で何を目的とした集団なのかは不明なままだった。それは同時に俺自身のことを説明することができない、ということでもあり、彼らもどこか不安さ、不審さのようなものを感じているようだった。特にマフスには本人の年齢が明らかに俺よりも下であることも関係してか、ややおびえたような雰囲気があった。

 

 

 

 暫くして、俺たちは噴水の部屋を後にした。

 再び迷宮を進んでいく一行だが、一つだけ先ほどとは異なる点がある。

 カインと俺がしきりに会話、というかカインの言葉を俺が復誦する、というやりとりを繰り返している点だ。


 迷宮の壁や、燭台。そこから伸びる影。天井、床ときて、曲がり角。十字路に行き止まり。人狼との戦闘後には、その死体や血を指さして、俺に言葉を教えてくれる。


 カインははきはきとよく喋り、発音が俺にも聞き取りやすい。人と話したりするのも得意なようで、リーダーのキールにも俺の教育係を任されたようだった。


 休憩と治癒のシールがもたらした効果は絶大で、カインとテール、そして俺も戦闘に参加出来るようになっていた。二人とも怪我が無かったかのように槌矛を振り回し、特にテールは盾で殴りつける攻撃が抜群に上手く、攻防一体の戦闘スタイルで皆の盾役を務めていた。きっと巨大狼との戦いでも真っ先に前に出て、あの氷柱の魔法にやられたのだろう。


 俺はと言えば、右肩を動かせるようになったことでサイバーカラテの技を遺憾なく発揮し、複数の人狼が現れた際は勝利に貢献した。

 義肢の制御系は肘から上、肩や肩胛骨にまで侵襲しているので、そこが破損していないか少々、いやかなり不安だったのだが、なんとか無事だったらしい。ダメージが皆無だったわけではないのだが、マイクロマシンによる自己修復が不可能なほどではなかったのだ。


 傷ついた生身の部分を治癒のシールが担当してくれた分、マイクロマシンが義肢の修復に集中できたのではないかと思うが、俺も専門家ではないので詳しくはわからない。とにかく、右腕が問題なく動くようになったということだけは確かだった。


 こうなると、最初に奪われた左腕も見つけたくなる。

 この治癒のシールがあれば、切断された腕を付け直すことも不可能ではないかも知れない。あれから何度も人狼に遭遇しているが、俺の腕を奪って逃げた最初の人狼は見あたらない。あるいはとっくに見つけて殺しているのだが、腕はどこか別の場所にあるのかもしれない。


 カインに説明を試みた。倒した人狼の口に左腕の断端を沿え、苦痛に呻くような素振りをする。その後、存在しない左腕を持って軽く走り去ろうとする。これだけで伝わるだろうか?


 カインは得心がいったという風に頷いてくれた。キールも俺の行動を見ていたようで、俺の左腕を見て、何事かを言っていた。左腕、人狼、そして今覚えた、取る、あるいは掴むという動詞。取り返してくれる、というような意味だったら嬉しい。

 

「ありがとうございます」

 

 早合点かもしれないが、俺を言う。キールは頷きを返してくれた。コミュニケーションが成立しているのかどうかはわからないが、前よりも手応えがあった。

 

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