星屑のひとかけら (2021.7.17)

 むかーしむかし、あるところに、男の子と女の子がいました。

 二人は小学校の頃は仲良しで、お出かけしたり、家族同士でご飯食べたりしていました。

 しかし、中学生になってから。二人の距離は一気に開き、その間に二人はすっかり変わってしまい、次に会う時にはもう、別の人のようだったのです。

 あんなにも無邪気に笑っていた彼はどこへやら。あんなにも愛らしかった彼女はどこへやら。

 そんな想いを微かに抱いて、二人は再び仲良くなります。ほとんどゼロからでした。

 ……。


「ねぇママ? なんでないてるの?」

「ぬぁ、泣いてない」

「こーは、もしかしてママのことなかせた?」

「こーはは何も悪くないよ、ごめんごめん、ママが悪い」


 袖口で涙を拭きながら、琴葉の頭を撫でる。

 なんてことない休日の夜。ようやくこの間五歳になった、こーはこと琴葉(ことは)に『ママのなれそめはー?』とキラキラした顔で聞かれた(どこで『馴れ初め』って単語知ったんだよというツッコミは自粛)ので話していたところ、気づいたらポロポロ泣いていたのである。大の大人が。

 いくら子どものときから涙脆いとはいえ、さすがに引くわ、自分……。


「んとんと、パパのむいたりんご、おいしーよ? たべてたべてっ」


 りんごが刺さったフォークをこちらに向けられる。


「そーだよ、せっかく美味しいりんご買ったんだからね」


 台所の方から聞き馴染んだ嫁(旦那)の声。包丁でりんごの皮をむいているようだ、シャリシャリといったみずみずしい音が、部屋に溢れている。その猫背気味な後ろ姿は可愛らしくて、若い頃に何度抱きしめたことか。

 ……まあ、こーはが産まれてからはそんなにイチャついてないけど、と心の中で補足しておきながら、僅かに寂しく思う。


 ママ、ママと呼ばれる度に、私は……僕は、ママになったんだなぁ、と実感する。

 腹からこの子がうまれたんだ、僕が産んだんだ、と。

 あの辛さも悲しさも嬉しさも全部全部、色褪せずに今も覚えているけれど、覚えているからこそ、余計。

 ……ま、嫁(旦那)にはわからんだろうけど。


 こーはの前くらいしっかりしなきゃ、そう思うと、イチャついてなんかいられない。寂しいけどね。

 傍にいてくれてるだけで十分だって、思うようにした。


「むぅ、まぁたママ、パパのほうみてるじゃん!」

「ごめんごめん、癖」

「もーママにりんごあげないんだからっ!」


 ふんだっ、と拗ねる姿はどちらに似たのだろうか。そんなことをぼんやり考えつつ、りんごを一つ横取り。


「んもう! だからとらないでってば!!」


 怒られた。


  ◇◆◇


「おや、珍しいね、この時間眠いからっていつも寝てるじゃん」

「……悪い?」


 ジト目かつ眠い目で彼のことを見つめる。

 なぜか電気が消されて暗いリビング、テーブルに置かれたロウソクの火が僅かに彼の顔を照らす。彼は椅子に座って本を読んでいた。

 少年、と呼んでいたはずの少年はいつの間にか青年になっていて、それでもどこか幼さが抜けてなくて、そんなところに安心する。


「……しょーねん」

「どしたの、久々に甘えたさんですか?」

「むぅ」


 後ろからのしかかるように抱きしめた。うおっ、という声が耳元で聞こえる。

 この感覚も、なんだか懐かしい。


「あんまし邪魔せんといてな」

「はぁい」


 人の体温が伝わってくる。あたたかい。

 なんとなく肩を撫でてみたり、頭を撫でてみたり、彼の髪の結び目をいじってみたり、解いて結んでみたり。首元に鼻をもってって匂いを嗅いでみたり、そっと頬に口付けたり。

 そうやって遊んでいたら、ついに彼は我慢できなくなったらしい、本をパタンと閉じる音がした。


「もー、だから邪魔しないでって言ったじゃんか」

「えぇ〜、じゃまなんてしてなぁいよぉ?」


 ずーん、と彼に思い切り体重をかける。重い重いも押しのけられた。ひどい。


「可愛くいえばなんでも済むわけじゃないでしょ」

「むぅ、ぼくもこどもじゃありませんーせっきょーしないでくださーい」

「はぁ……」


 ため息も耳元で聞こえたな、と思った瞬間。

 彼がくるっと後ろを振り向いて、そっと口にキスされた。十秒、二十秒、そこそこ長い時間。

 久々の感覚。血液が思い切り巡って、逆に足りなく感じる。きゅっと心が締まる感じだ。

 ……あたたかい。口先から伝わってくる。


「……満足?」


 何分間かしばらく経った後、前触れもなく離れた彼は上目遣いで聞いてきた。

 くっ、可愛い。過去の自分がどこかで叫んでいるのを聞き流しつつ、こくりと一つ頷く。


「うん、そしたら寝なさいな」

「む、ねないよ、おにーさんがねるまでぼくねないもん」

「その駄々っ子をこーはが見習わないといいけど……」


 呆れた目で見られる。懐かしい。

 ……こんな感じの会話も懐かしく思えるくらい、ほんとに久しいのか。

 別に会話してなかったわけじゃない。議論も交してなかったわけじゃない。ただ、でも、心のどこかで、距離があいてたって感じてたんだ。

 それは……うん、そうだな。まるで、過去の自分たちを星屑にして全部お空に流して、それを地上から眺めては「綺麗だ」と思うような、それと同じような……。


「……天の川ってさ」

「ん? 天の川がどしたの?」

「…………いや、なんでもないや、わすれてくださいまし」

「ふふ、そういうの懐かしいね、しーさんよく言ってた」


 あー、やっぱ彼にとっても懐かしいんだな、と心の中で呟く。そのことに安心している自分もいる。

 僕だけを見つめて、僕だけに構ってくれる時間。それは昔からずっと求めては抑えていたもの。琴葉が産まれるまではその時間があったけど、産まれてからは忙しかったし、忙しかったから、また無意識に抑えていたんだな、と実感する。


「んー、たまにはこうやって、二人きりで過ごすのもいいかもね」

「……そうだね、そうしてくれるとありがたい」


 彼を正面から抱きしめながら、そう耳元で呟く。

 温もり。


「すきだよ」


 どちらかがそう、囁いた。

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