何の取り柄もない透明人間の俺が、妹を救いに行く話。〜〈ザ・ヴォイド〉=消失の能力に目覚めたので、あらゆる障害を消失させて世界ごと妹を救うことにする〜
第23話 官邸で歓迎を受けた俺が、あらためて固めの盃を交わす話。
第23話 官邸で歓迎を受けた俺が、あらためて固めの盃を交わす話。
ヤクモ機関のフランケンシュタイン号とアイカが告げた巨大飛行船。
その巨体は頭上を行き過ぎて、ゼノテラスから少し距離のある平地と思しき地点で高度を落とし始めているようだ。
トヲルたちが黙って飛行船の動きを遠目に見守っているなか、リサがさて、とグリルコンロに向かった。
「ぜひこちらのソーセージも試して欲しいんですよー。このハーブをたっぷり使った粗挽きタイプがまたおすすめでして――」
何ごともなかったかのように昼食会を再開する彼女に、トヲルが言った。
「い、いやリサさん。あの飛行船、放っておいていいんですか」
「あー、別に放っておいている訳ではないですよ。そもそもヤクモ機関との約束は明日の午前中ですからね」
はいどうぞと、ソーセージのグリルをトヲルに手渡すリサ。
アイカの方を見ると、平然とした様子で飛行船を眺めながらグリルされた肉を頬張っている。
「普通に肉食ってるな……」
「冷めたらもったいないでしょ。IDを変質させるHEXという技術――まあこれだけの事件だったらヤクモ機関も動いてもおかしくはないかな。気になるのは、あたしの報告を受けて動いたにしては到着が早過ぎるってとこだけど……」
「そうですね。あれは多分、アイカ様の動きとは無関係です。わたしからの情報を受けて動いたものでしょう」
全員の視線がリサに集まった。
「あー、父親のニコラス・ゼノテラスが画策していた不穏な動きについてヤクモ機関に情報を伝えてたの、わたしです。わたしの情報から、あちら側で何か察したところがあったのでしょうね。なので恐らくあの船はゼノテラスを管理下に置く手続きのためというより、事態収束のための戦力が運ばれているんだと思います。到着前に事態の収束が伝わって当初の目的が変わっちゃったものだから、あんな感じでのんびり着陸してるのでは」
そういえばニコラスはヤクモ機関を警戒する素振りを見せていた。機関に通じているのが実の娘だとは考えていなかったようだが。
「アイカはヤクモ機関から派遣されていたのではないのか?」
「違うよ。言ったでしょ、調査は個人の裁量。調査報告を受けて組織が動くことがあっても逆はあまりない。あたしは報道とか見て気になったからここに来たの。つうか組織と連携してたんなら早くそう言ってよ。あたしがヤクモ機関の研究員ってことはあんたなら宿に乗り込んで来た時にはもう知ってたんでしょ」
「いやー、それはそうなんですが、わたしもこう見えて警戒してたんですよ。アイカ様の到着があまりに早過ぎる気がして。わたしからの情報を受けて動いたにしては、です。別件かな、不用意に近づいたら危険かな……って」
「だからあたしを監視するためにあのマーカーを着けたってことか」
「仕事なのでね、すみません。……六割くらいは趣味ですけど」
「趣味が半分超えてんじゃん。ったく、そうと分かってれば動き方もだいぶ違ったんだけどな」
アイカはため息交じりに自分の額を押さえた。
「しかしアイカ、きみとトヲルがあのタイミングで来てくれなかったら処刑を待つばかりだったわたしの身もどうなっていたか分からないのだ」
ディアナが言うと、クロウも同意する。
「そうだよお、ぼくだってここでこうしてお肉食べてなかったかも知れないじゃない」
「うん……ヤクモ機関とかとは関係なく、アイカの判断は正しかったんだよ」
トヲルたちの言葉に、アイカは苦笑を浮かべた。
「じゃあまあ、結果おーらいということでいっか……」
と、そこでクロウは急に真顔になった。
「いやそんなことよりもだねえ……」
もの凄い勢いでリサを問い詰めるクロウ。
「さっきリサはトヲルのこと見えてるって言ってたよねえ? え、どんななの? 実際どんな感じなの! ぼく、昨日きみがトヲルのことをルックスも神様レベルの美少年って言ってたのしっかり聞いてたんだけど?」
あんなぐったりした状態でなぜそこが聞き取れているのか。
「た、確かにトヲル様はりりしいというより美しい感じですよ。透明感があるというか」
「透明だからね」
「そういう意味ではなく。あのアイカ様と並んで立ってても見劣りしないというか、あー、わたしとしては半裸のトヲル様が描かれたシーツを作ってそれを抱き枕にして寝れば素敵な睡眠が取れるのではないかと思うしだいで……」
「何言ってんだこの人」
「裏面は半裸のアイカ様ですよね、やっぱり。リバーシブル」
「マジで何言ってんのこのコ。やっぱりって何よ」
勝ち誇ったような様子でディアナが言う。
「言っただろう、アイカ! トヲルが酔いつぶれてた時、わたしが彼の姿が見えた気がしたと言って驚いたのはやはり妄想などではなかったのだ!」
酔いつぶれたと言えば、宿で乾杯した夜のことだ。トヲルは知らないが、どうやらそんなやりとりがあったらしい。
アイカも顎先に指を当てて言った。
「……トヲルのIDが、リサの推測通り視覚による認知をゆがめるものだとしたら――酒に酔ってその機能が不具合起こした――って可能性は考えられるわね」
「そうか、トヲルを酔わせれば見えるようになるんだね。ならここにワインのボトルが――おっと、空か。ねえねえ、おかわりちょうだい」
クロウがもっていたボトルをかかげてスタッフを呼んでいる。
「待て、クロウ。それ一本ひとりで飲んだのか?」
「えー……? 二本目だけど」
よく見れば彼女の目はとろんとしている。
「飲み過ぎだ! いつの間に泥酔してたんだ!」
「まあまあ、そんなこと言わずにトヲルも飲みなよう。ぼくもきみの素顔を見てみたいんだ」
トヲルににじり寄るクロウ。
「……ちょっと……」
「……わたしも見てみたい」
「……ディアナ?」
「……試して見る価値はあるわね」
「アイカまでっ?」
トヲルは三人からゆっくりと後ずさると、背を向けて走り出した。
「あ、逃げた!」
*
メインの肉料理が済み、昼食会場のテーブルには果物や菓子が並べられている。
ワインを飲ませようとトヲルを追いかけ回していたクロウだが、途中から目的が追いかけっこそのものに変わったらしい。空中をひらひら飛びながら、逃げるトヲルを翻弄して遊んでいる。クロウにはトヲルの姿が見えないので、割といい勝負になっているようだ。
そんな様子を眺めながら、ディアナがアイカに問う。
「……これから、きみはどうするのだ?」
アイカはグラスのデザートワインを揺らした。
「トヲルの当初の目的地、エクウスニゲルに行ってみる。あたしの仕事手伝ったらあのコを連れてったげる約束だったのよ」
「あの場所へか……大丈夫なのか、トヲル」
側に走って来て肩で息をしているトヲルに、ディアナは気づかわしげな目を向ける。
「……うん。確信がある訳じゃないけど、あの場所にもう一度立てば何か分かるかも……って」
「そういえばリサは何か知らないの? エクウスニゲルについて」
アイカは隣でフルーツをつまんでいるリサに問いかけた。
「エクウスニゲル……ですか?」
情報機関の長たる彼女なら何か新しい事実を知っているかと期待したが、反応は振るわなかった。小首をかしげている。
「ゼノテラス兵団の管区で、十年ほど前に怪物の襲撃を受けて彼岸扱いになったということは知っていますが……」
「ここからだと結構距離あんでしょ。実際、兵団は怪物の襲撃を防ぐことはできなかった。部隊を一部常駐させることとか考えられなかったの?」
リサは困ったように眉尻を下げた。
「十年前はさすがにわたしも学生でしたから当時の判断までは……。ただエクウスニゲルは、もとからゼノテラス兵団の管区だった訳ではなかったはずです。それこそ、襲撃の直前ぐらいのタイミングで移管されてるんです。まさに街の防衛体制をどう構築するか、検討してた頃なのでは?」
ディアナがうなずいた。
「当時の派兵の状況はおおむねその通りだったと思う。わたしも一兵卒だったので詳しい経緯は知らないが、エクウスニゲルが管区になったのはかなり突発的だったのだろう、ずいぶんと慌ただしかったことは覚えている」
エクウスニゲルが怪物に襲われる直前に、そこで何かがあった――?
トヲルには何も思い出せない。
彼自身が幼かったこともあるだろうし、妹のメイの手を引いて逃げている記憶が強烈過ぎることもあるだろう。
「この地域で都市兵団を有する城塞都市はゼノテラスのみだ。ゆえに移管先に選ばれたのだろうが――とすると移管
リサは手元の携帯端末を操作していたが、やがて小さく肩をすくめた。
「残念ながらこちら側には記録が無いですね。あー、でも――」
着陸してもなお遠目にその姿を確認できる巨大な飛行船の方に、リサは視線を向けた。
「ヤクモ機関ならより詳しい事情を知っているんじゃないでしょうか」
「ヤクモ機関が?」
「記録ではエクウスニゲルはヤクモ機関から移管されたことになっています。きっとどこからか委託されていたんだと思いますよ。なんなら明日、我々の会談の後、面会時間をアテンドしましょうか。スケジュールは詰まってますが、アイカ様もヤクモ機関の研究員な訳ですし、きっとすぐ了承とれますよ?」
「フランケンシュタイン号は機関長の船でしょ……気乗りしないなあ」
アイカは面倒くさそうな様子をあらわにしている。
機関からのサポートをまったく期待していない代わりに、機関への帰属意識もかなり低いようだ。
「……まあでも、この際だからお願いしようかな。あんたに借りを作りたくないけど」
「わたしのこと警戒しすぎですよ、アイカ様。安心してお任せください!」
リサは胸を軽く叩いて言った。
「アイカ、それにトヲル。その……相談なのだが」
と、ディアナが切り出した。
「この先も、わたしはきみたちに同行して構わないだろうか?」
「……ゼノテラスを離れるってこと?」
「そ、そんな困ります! ディアナ様の疑いは晴れましたし、今回の功績もあります。〈HEX計画〉に絡んだ連中を一掃したあとは、兵団での重要な地位をお任せしたいと思っているんですけど!」
リサが訴えかけるが、ディアナはゆるく首を振った。
「……リサにはすまないと思っているが、わたしの心はすっかり兵団から離れてしまった。今はアイカとトヲルのために力を尽くしたいと思っている。トヲルとは一緒に妹を探すという約束もしていた。何よりわたしはきみたちの騎士だ。い、嫌だと言ってもついていくつもりだ」
「だってさ。フラれちゃったね、リサ」
アイカは笑ってディアナの腕を抱いた。
「つうかディアナはあたしの助手だから。こっちだって手放してやる気なんてないし。悪いわね」
「アイカ……」
トヲルもほっとした思いで言った。
「嬉しいよ、これからもよろしく。ディアナ」
「ああ……ああ! よろしく頼む」
ディアナは満面の笑みを浮かべてうなずいた。
「ううう……わたしの銀騎士様が……でもアイカ様は旅して回ってるんですよね? ゼノテラスにはまた来ますよね? その時までにはもう少しマシな街にしておきますから、きっと来てくださいよ!」
「あんたの性癖ももう少しマシにしといてよ」
「わたしは自然体でいきます」
リサはブレない。
「あ、はい、はあい!」
上空からクロウが降りて来て片手を挙げた。
「ぼくも! ぼくもついて行っていい?」
「クロウ……訓練学校はどうするんだよ」
彼女はトヲルを半目で見つめた。
「きみがそれ言うかなあ。別に入りたくて入った訳じゃないし、トヲルがいないんじゃいてもしょうがないじゃない。きみたちについて行った方がずっとおもしろそうだ! ね、いいでしょ」
「いいよ。助手三号ね」
あっさりと受け入れるアイカ。
「あたしとしては研究対象が増えて嬉しいし、いざと言う時の戦力も増えていいことづくめよ。トヲルだってその方がいいでしょ?」
「うん、まあ……小さい頃から一緒だし、今さら離れ離れになるよりは、ありがたいかな」
トヲルとしても、クロウをひとりにして泣かしてしまうのは、あれっきりにしたいと思っている。
「ってことらしい。ディアナも構わないでしょ?」
「ああ。わたしも彼女を救うために剣をとった。ほとんど仲間のように感じていたところだ」
ディアナが言うと、クロウは空中でくるりと回転した。
「おー、やった! みんな優しいねえ。あらためて、ぼくはクロウ! クロウ・ホーガン。よろしくね!」
ひとり不満顔を浮かべているのはリサだ。
「反対しても仕方ないんですけどね……トヲル様、ディアナ様、クロウ様、貴重な人材をそんなに引き抜かれたんじゃこっちは大損害ですよ。ええ、ええ、いいんですいいんです、これも父がやったことの報いですから、甘んじて受けますよ。その代わり、絶対また来るって約束してくださいよ! さもないとわたし、何するか分かりませんよ!」
本当に何するか分からないから怖い。
「……それは約束しとく。あたしらの心身の安全のためにもね」
アイカは苦笑している。
「それにしても、数日会わないうちに女の子を二人もはべらせて来るなんて思ってもみなかったよ、ぼく。やるねえ、トヲル」
「いや言い方。そんなんじゃないんだよ」
「うむ……今だから言うが、わたしもトヲルの幼馴染が女性だとは思っていなかった。本会議場でビジョンに映った女性を見て、咄嗟にそれがクロウだと結びつかなかったよ」
「それね。幼馴染としか言わないから男の子だと思うじゃん。あの場ではそれどころじゃなかったけど」
「え? 言って――なかったっけ」
「おー、あれだね、トヲル。スケコマシってやつだ」
「クロウそれ意味分かって使ってる?」
アイカがデザートワインをグラスに注いで、トヲルたちに差し出した。
「じゃあ、もう一度固めの盃、ね」
「今度は四人で、ということだな」
「お、トヲルの素顔見れる?」
「酔いつぶれるまでは飲まないよ!」
四人はそれぞれのグラスを青空に掲げた。
「乾杯!」
つづく
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