何の取り柄もない透明人間の俺が、妹を救いに行く話。〜〈ザ・ヴォイド〉=消失の能力に目覚めたので、あらゆる障害を消失させて世界ごと妹を救うことにする〜
第20話 謎の来訪者と再会した俺が、敵の本性を知る話。
第20話 謎の来訪者と再会した俺が、敵の本性を知る話。
瓦礫が崩れる音がした。
「おわっ、すっごい。最上階ぼろぼろじゃないですか、空が見える! ひえーやばーい」
と同時に、妙に能天気な明るい声が耳に届く。
黒いスーツと黒いネクタイを着崩したボブカットの女性が、崩れた壁の間をおっかなびっくり近付いてくるようだった。
「あんた……確か」
その姿を見たアイカが、顔に警戒の色を浮かべた。
「あー、どうもどうも、何かほんわかいい雰囲気をお邪魔したみたいで、すみません」
「ホントそうね」
「はうッ、さすがの冷たさ! ごちそうさまです! あー、覚えてくれてますか? アイカ様、あなたのリサです! うわ、何ですかその紅い紋様。すてき、推せる!」
今朝、宿の部屋を訪問して来た自称、市の職員だ。
正体不明の相手だが、爆発する機能を備えたマーカーをアイカに装着させた張本人なのは間違いない。
このタイミングで姿を見せるとは――。
トヲルはクロウを背後にかばってリサの方を見た。
「アイカ様はやめろっつってんでしょ。あと勝手にあたしのもんになってんじゃないわよ。何しにここへ来たの」
「あーその、残業ですよ残業。こう見えて仕事が多いものでして、わたし。貧乏暇なし、すまじきものは宮仕えかな、なんつって」
要領を得ない喋り方は変わらない。
「まあいいか……事情を知ってそうな人間を確保しておいた方が、事件の全容をつかむ助けになりそうだしね」
アイカが紅いマントを広げると、血液でできた無数の針が空中に浮かんだ。
「あんたはちょっと油断ならない。眠ってもらうわよ」
「ええッ、そんないきなり!」
「待て、アイカ」
その声はディアナが発していた。
「彼女は――少なくとも敵ではなさそうだ」
「……え?」
「さっすがディアナ様ッ! その立派な顎でわたしのこともぐもぐして欲しい!」
「……どういうこと?」
両手を組み合わせて身もだえしているリサを無視して、アイカがディアナに問いかける。
「先ほど言いかけたことだが……わたしとトヲルは一階で動く兵士の死体の包囲を受けた」
「トヲルから聞いたわ。ニコラスの能力でしょ?」
「うむ。全体の七割ほどを無力化した所で、彼女が兵士一個小隊ほどを引き連れて市庁舎に入って来たのだ。動く死体ではない、本当の兵団兵士たちだ。わたしも敵の新手かと思ったのだが、彼女の命令一下、兵士たちは残りの動く死体の無力化に加勢してくれた。わたしは直後に“リセット”を迎えてしまったから、加勢が無かったらぎりぎりの戦いだったかも知れない」
ディアナの言葉を裏付けるかのように、リサの背後から次々と兵士が現れて瓦礫を片付けつつ隊列を整えていく。
「何と言ってもあの銀騎士ディアナ様ですからッ! あの状況で加勢しないとかありえないじゃないですか。おかげでディアナ様の勇姿をたっぷりと堪能できたばかりか、狼化する美しい瞬間まで目に焼き付けることができました。しばらく晩ご飯のおかずいらないです!」
「……ホントに敵じゃないの?」
「うむ……そう思う。わたしのマーカーも外してくれた」
確かにディアナの首元にはすでにマーカーが見当たらなかった。
また兵士の何名かは彼女の鎧や両手剣を手にしている。狼に変じた時に外れた装備を運んでくれているようだ。
「あーその、部隊壊滅事件の報道はまったく信じてなくてですね、わたし。言ったでしょ、わたし人外種のファンなんだって。この仕事に就いてからというもの、毎日欠かさず兵団に忍び込んでディアナ様観察日記をつけているんですから。先日記念すべき五〇冊目が終わって五一冊目を埋め始めたばかり。あー、つまり〈ルナ=ルナシー〉が月夜に暴走する特性だなんて完全なデタラメだと知ってた訳で」
「めっちゃキモいこと口走ってるけど」
「え? あ、ごちそうさまです!」
「何なのその返事、さっきから。……ホントに敵じゃないんだよね?」
「う、うむ……そう思う、のだが」
耳が垂れて少し自信なさげになっているディアナ。
「あーはい、敵じゃないとわたしからも言わせていただきます! その証拠にほら、マーカー外す器具も持参してきましたし。……ってあるぇっ? アイカ様のマーカー無くなってるぅ!」
「あんなもんいつまでも首に着けてらんないわよ。つうか爆発物を無理矢理着けさせといてそれ外すから敵じゃないとか、都合良すぎない?」
「い、いやいや誤解です! わたしが持ち歩いていたマーカーは本当に爆発なんかしないんですよ! 兵団の方で爆発するマーカーが密かに開発されていたみたいで!」
「その話を信じろってのはムリがあんでしょ」
「本当なんですってば! わたしはただマーカーの盗聴機能使ってアイカ様の息づかいとか生活音とかをエンドレスで聴いていたかっただけで!」
「いやキモいわッ!」
「ごちそうさまですッ!」
「それやめろ!」
リサはアイカに盗聴器を仕込もうとして失敗していたが、そもそもマーカーそのものに盗聴機能を付けていたらしい。
どこまで本気で喋っているのか分からないリサは、小さく咳払いして居住まいを正した。
「あー、じゃ、これならどうです。共通の敵がいるから、敵じゃない」
「共通の敵……」
「はい外しますよー、じっとしててくださいね」
リサはトヲルにつと歩み寄って、首元のマーカーにクランクのような器具を差し入れた。かちりと音がして、マーカーが地面に落ちる。
「はいクロウ様も。外しますからねー」
クロウの首元にあるマーカーもリサによって外された。
決して素早い動きではないが、あっと言う間の手際だった。ひょっとしたらアイカすら読むことのできなかったこの動きが、リサのもつ特性の発現なのかも知れない。
リサは器具をしまうと、改めて語り出した。
「あー、つまりですねえ。わたしの目的も、みなさんと同じってことです」
ふとトヲルはそこで違和感を覚えた。
先ほどリサはまったく迷うことなくトヲルのマーカーを外していた。
彼女には、透明人間のトヲルの姿が見えている――?
喋りながらリサは瓦礫の向こう側を指差した。
「ほら、あそこの彼ですよ」
瓦礫の上に腰かけて携帯端末を操作しているのは、執務室に姿を消していたニコラスだった。
「……まったく凄まじいものだ。人外種の潜在力とはこれほどのものか」
夜風に吹かれながら、彼は表情を変えることもなくつぶやいた。
「特性〈ルナ=ルナシー〉、種族〈ワーウルフ〉のディアナ・ラガーディア君。月の光を浴び続ける限りその身体能力は無限に向上する。特性〈クイーン・オブ・ハート〉、種族〈ヴァンパイア〉のアイカ・ウラキ君。自他の血液を自在に操り、物理作用も思うがまま。特性〈エアダンサー〉および〈ドーンブリンガー〉、種族〈天魔〉のクロウ・ホーガン君。空中を自在に駆け、その目から放つ熱線は全てを焼き尽くす――。どれもこれも、実に規格外の力だ。HEXによって諸君のような特性を選択的に付与することができれば人はさらに一段階上の可能性を得ることだろう。技術力がいまだそのレベルに及んではいないものの、我々が次に目指すべきひとつの地点だな。だがその上でもっとも注意を向けるべきは――」
ニコラスは端末の画面からゆっくりと顔を上げる。
画面の光が、彼の顔を下側から照らした。
「特性〈ザ・ヴォイド〉、種族〈インヴィジブルフォーク〉のトヲル・ウツロミ君だろうね。見ていた限り、ある存在を消失させる力、とでも理解すべきか。だとすればまるで神か悪魔の所業ではないかね。最優先で特性の分析を進めるべき対象だ。しかしながら兵団の記録上、特性に関する研究報告はゼロに等しい。我がゼノテラス兵団訓練学校に在校していながら、考えられないことだ。これは学校側の
「あー、その訓練学校への対応はこちらで引き継ぎましょう。ニコラス・ゼノテラス、あなたをこれ以上好きにさせる訳にはいきませんので」
リサが呼びかけた声に、ニコラスは瓦礫から腰を上げ、胸元のハンカチで埃を払った。
「リサ君か。ここで何をしているのかね? 君には隣の兵団本部で即応部隊の対応を命じていたはずだが……私は出動を命じた覚えはないぞ」
「ええ、まあ。でもこれだけ市庁舎が破壊されてるのを見たら動くでしょう、普通。少なくとも周辺の通行を規制しなきゃ辺りは野次馬であふれてますよ。あーいや、というかですね、もうあなたの指揮下にもないのですよ、わたしたち」
「何?」
「〈HEX計画〉ですか。あー、さすがにやりすぎましたね。研究の名を借りた大量虐殺行為の指示実行――
リサは片手を軽く上げた。
整列した兵士たちが、一斉に弓矢を引き絞る。
「あなたはここで終わりってことです――
一瞬、耳を疑った。
「お……お父様ッ?」
リサはけろりとした顔でトヲルを振り返った。
「あーはい、名乗りませんでしたっけ。わたしはリサ・
「ほ、保安警備局局長……?」
ディアナがトヲルに小声で説明した。
「兵団とは別の、独立した情報組織のトップだ。秘密警察の長官とでも考えればいいだろう」
「ったく、どこが市の職員なんだか」
「いやアイカ様、市の職員で間違ってないでしょう。わたしは市民のみなさんの納める血税でご飯食べてます」
ニコラスは端末をスーツの胸元にしまいながら近付いてきた。
「それ以前に、君は城塞都市ゼノテラスの副市長だろう。そうか……実の娘に、それも正義感によって裏切られるとはさすがに想定外だったな。兵団の老人たちを懐柔でもしたかね」
リサは薄く笑みを浮かべて応じる。
「あーいえ、懐柔だなんてそんな生易しいことは。彼らもあなたと同じ穴の
「よかろう、本気なのだな。その覚悟は確かなようだ。今のこの状況を利用する点も、機を見るに敏であると評価しよう。だが私に反旗を翻すには、まだまだ力不足だよ。残念ながらね」
スーツの胸元に入れていた手を抜くと、そこには拳銃が握られていた。
リサに向けられた銃口から、乾いた音が響き渡る。
が、リサはいつの間にか場所を移動していた。代わりに兵士のひとりが倒れ伏す。
リサの片手が振り下ろされると同時に、立ち並ぶ兵士たちの構える弓から矢が放たれた。
鈍い音を立てて、ニコラスに無数の矢が突き刺さる。ニコラスは全身に矢を生やしたまま銃の構えを崩さない。
「……ふむ、つくづく小賢しい特性の持ち主だな。娘よ」
「拳銃とは、また時代錯誤な武器を使っているんですね。お父様」
怪物によって物流が限定的になった現在、怪物への打撃力が認められない場合が多いうえに物資の消費が激しい銃火器は嫌がられ、兵団の制式装備からも外されていた。
「そうでもない。物資を気にせず使用できるような、
兵士たちが二の矢を弓にかける前に、ニコラスは引金を引き次々に兵士を撃ち倒していた。
ニコラスの目の下に刺さっていた矢が、内側から押し出されるように抜け落ちた。刺さっていた部分には傷痕ひとつ無い。ばらばらと軽い音を立てながら、彼の全身に刺さった矢が抜けて地面に落ちてゆく。
「忘れたのかね、リサ君。私の特性は、〈イモータリティ〉。殺しても死なないのだよ」
殺しても死なない――不死?
トヲルがディアナの方を見ると、彼女も首をこちらに向けていた。ではあの動く首無し兵士はニコラスの能力ではないのだろうか。
「……というより、すでに死んでいるからそれ以上死なないのでしょう」
リサがアイカに声をかけた。
「血流が見えているアイカ様ならもう気付いてますよね?」
アイカは青ざめた顔で、口を開いた。
「あたしが気配を感じ取ることができないでいたのはこれが理由だろうけど、正直、理解できない。血が流れてない。心臓も止まっている。あの男それで何で動いて喋ってんの……?」
「こういうことです」
リサは自分の携帯端末をニコラスに向けてスキャンした。
自動音声が流れる。
『ニコラス・ゼノテラス。特性〈ロード・オブ・ザ・デッド〉――種族〈リッチ〉』
「人外種……ッ?」
ニコラスは首の後ろを手にしたハンカチで拭った。
「トランスト、と呼んでくれたまえ。心臓が止まっているのはそういう種族なのだから、そう怯えないで欲しい」
化粧品か何かで覆っていたのだろう。
うなじ部分に、青く点灯する六角形のパネル――HEXがあった。
「デミトラ君の適合情報をもとにバージョンアップさせたHEXだ。不適合による事故の恐れが無い、より安全な装置だよ。もともと私に備わっていた特性はさっきも言った通り〈イモータリティ〉で、HEXによって付与された新たな特性が、この――〈ロード・オブ・ザ・デッド〉だ」
ニコラスはそう言ってぱちりと指を鳴らした。
銃によって倒れた兵士が起き上がり、腰の剣を引き抜いて周囲の兵士に襲いかかった。抵抗する間もなく、兵士たちはかつての同僚に斬り殺されていく。
「……いけない。みなさん、下がって!」
言われるままにトヲルたちは兵士から距離を取った。弱っているクロウは、ディアナが背中に乗せて運ぶ。
守るようにトヲルたちの前に立ったリサも攻撃の対象にされているが、彼女には剣が当たらなかった。攻撃を外した兵士を蹴り飛ばし、接近を防ぐ。
斬り殺された兵士も、起き上がってまた別の兵士に襲いかかっていった。
怒号と悲鳴が重なり、みるみるうちにニコラスを取り囲んでいた兵士たちは命を落としてゆく。起き上がった兵士たちの死体はニコラスを守るように隊列を組んだ。
「特性〈ロード・オブ・ザ・デッド〉――死を統べる者。正直、平時においては無用の長物かも知れない力だ。しかしこれからの怪物たちとの戦いにおいてはきわめて有益な力だと思っているよ。試したことはないが、怪物の死体も操れるだろうしね。まさしく怪物との戦いの前線に立たんとする城塞都市ゼノテラス市長にこそふさしい特性だ」
ニコラスは両腕を広げ、大きく哄笑をあげた。
「この私が、他の誰よりも先んじて全ての怪物を駆逐し、人の勢力圏を取り戻すのだ。このニコラス・ゼノテラスが、新たな人の世界の覇権を得るのだよッ!」
つづく
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