何の取り柄もない透明人間の俺が、妹を救いに行く話。〜〈ザ・ヴォイド〉=消失の能力に目覚めたので、あらゆる障害を消失させて世界ごと妹を救うことにする〜
第11話 吸血鬼の宿で目覚めた俺が、謎の来訪者と遭遇する話。
第11話 吸血鬼の宿で目覚めた俺が、謎の来訪者と遭遇する話。
翌朝、トヲルは激しい頭痛と共に目を覚ました。
「うぐぐ……」
激痛に顔を歪める。
「おはよう、トヲル」
朝日の差し込む窓辺で長い銀髪を
すでに身支度を整え、鎧のアンダーウェアを身にまとっている。
「おはよう……ッ痛ぅ……」
挨拶を返すも、トヲルは側頭部を押さえた。
「ただいまー。お、トヲル起きてんじゃん。やー、すぐそこででかい朝市やっててさ。思わず長居しちった」
ちょうど外から戻って来たらしいアイカが意気揚々と扉を開けて入って来る。朝食を調達してきたのか、大きな紙袋を抱えていた。
「この状況下で満喫しているな、アイカは。そもそも〈ヴァンパイア〉とは朝からそんなに元気なものなのか?」
「うん、それよく言われる」
「わたしの処刑は今日の正午の予定だったからな、すでに気が気でない」
「ほっといても兵団から追手はかかんだし、それまでは好きに過ごすわよ。つかトヲル大丈夫? ソファから動く気配ないけど」
「……めちゃくちゃ頭が痛い。硬いモノでぶん殴られたみたいだ……たんこぶまでできてる気がする。これが二日酔いってヤツなのか……?」
ディアナが視線を泳がせている。
「そ、そうだな、酒は自分の酒量を理解してペースを守って嗜(たしな)むのが肝要だ。これから少しずつ慣れて行けばいい」
「二日酔いでたんこぶはできんだろ」
「ちょ、こらアイカ、しぃー!」
寝ていたソファから身を起こすと腹部にも痛みが走った。
ジェフリーから殴られた部分はまだ回復していないようだ。加えて身体のあちこちが痛むのは、擦り傷だろう。オーガに吹き飛ばされた時か、軍用犬と格闘していた時か。
ひと晩経って、蓄積されたダメージが顕在化してきたようだ。
「うう……何だか満身創痍だよ」
「頭の方はもらい事故みたいなもんだけどね」
「ンんッ! んッん! んんッ!」
アイカの言葉に被せるようにディアナが激しい咳払いをしている。
「ち、朝食にしようじゃないか。せっかくアイカが買って来てくれたのだからな」
「ごまかし切るつもりなの?」
アイカは焼きたてのベーグルと、それに合わせるクリームチーズや魚の燻製、ハム、サラダなどを朝市でとりどりに買い込んできていた。
思い思いに具材をベーグルに乗せて口に運んだ。
クリームチーズの酸味と燻製やハムの塩気が、みずみずしい野菜とよく合う。
あらかた食事が済んだ辺りで、ディアナがアイカに声をかけた。
「昨日は随分遅くまで端末に向かっていたようだが、あれから何か分かったのか?」
「〈HEX計画〉のことでしょ。うん、多少はね」
そう応じる彼女の表情は浮かない。
「ヘックス……?」
もの問いた気なトヲルの声に、アイカは頷く。
「〈HEX計画〉。ゼノテラス兵団研究計画局が主導する、技術開発計画の名称よ」
「研究計画局主導か、では正規に予算が組まれた計画ではあるようだな」
アイカはコップに水差しの水を注ぎ、ひと口飲んだ。
「……にしては
「そこまで秘密裡に……兵団は何をしようとしていたのだ」
「ありていに言えば、対怪物新兵器の研究開発。兵器のコードネームがHEXなのね。で、そのHEXってのはどうもIDを兵器化する技術……っぽい」
「IDを……兵器化?」
「……IDの特性が変異することがあるのは知ってるよね」
「魂の形も不変ではないからな。SFの変化がIDに影響を及ぼすこともあるだろうし、そうした変異を成長とも呼ぶのだろう」
ディアナの言葉に、トヲルも頷く。
「そもそも〈タマユラ〉のチューニング自体が変異そのものなんじゃないかな」
「そうね。あたしも、小さい頃は血液をうまく操れなかった。でも中にはそんなのとは比較になんないくらい急激な変異を起こすIDも存在する。まるでもう一度チューニングされたみたいにね。例えば……変異の結果、人外種になっちゃうような」
「……」
どこか不穏な空気を感じ、二人は黙ってアイカの言葉を待った。
「ヘンリー・エドワーズという名のゼノテラス兵団の兵士がいた。特性〈スプリンター〉、脚力に秀でた、でもありふれたIDの持ち主だったそうよ。ある時、彼のIDが突然激烈な変異を起こしたらしいの。全身の筋肉が急激に成長し、骨の形まで変えた。頭からは角まで生えたみたい。彼の魂は自分のIDの急激な変化に耐えきれず、人格を喪失した。固有IDの再構成ってそれだけ魂に負担かけんのね。幸か不幸か部隊の演習中だったから、彼はその場で討伐されたらしいわ」
「……
「特性〈スピードスター〉、種族〈
「ヘンリー・エドワーズ……まさかHEXって」
トヲルの言葉に、アイカは人差し指を振った。
「HEは彼の頭文字でしょうね。恐らく〈HEX計画〉はヘンリー・エドワーズのIDを研究対象として、彼に現れたような固有IDの再構成――突然変異の再現を目指す技術開発計画。となるとXはトランスフォーマー……さしずめ変異因子って感じかな、きっと」
「意図的に人外種にする技術ということ? 一体何のために」
「一般的に、人外種の特性は通常のIDの特性と比べて強力だかんね。それこそ、怪物級の能力だったりするワケよ。そこに目を付けたってトコかしら。怪物級の能力で怪物を駆逐してやろうって魂胆なのかも」
固有IDは魂の在り方に合わせてチューニングされる。その結果、トヲル達のように人外種になることもある。だがチューニングの結果に関係なくIDを人外種化するということは、魂の在り方そのものを捻じ曲げるということにはならないだろうか。
それこそ人格が崩壊しかねない。
「アイカ。きみは昨日、部隊壊滅事件に至った例の派兵にその〈HEX計画〉の名が付されていたと言っていたな。つまり……どういうことだ」
「その部分はディアナに確かめておきたかったんだけどね。記録によれば計画は実地検証段階まで進んでいた。その被験者として選ばれたのが多分――」
アイカは少し間を置いて、続けた。
「壊滅したあんたの中隊だったんだと思う」
「なん……だと?」
ディアナの目が見開かれた。
彼女が言葉を続けようとした時、部屋のドアがノックされた。
「!」
アイカがディアナとトヲルに目配せを送る。
「ウラキ様、おはようございます」
ドアの向こうにいるのは宿の従業員のようだ。アイカはテーブルの上を手早く片付けながら、身振りでディアナをクローゼットの方にうながした。
再びノックされる。
「ウラキ様?」
「何?」
ドアの向こうに返事をしながら、合図するまで声出しちゃダメ、とトヲルとディアナに小さく告げた。
「朝の早いお時間にお邪魔をして大変申し訳ございません。ウラキ様にお客様がいらしています。どうしてもお会いしたいとのことで」
ディアナがクローゼットの向こうに姿を移したのを確認したアイカは、右手の人差し指に牙で傷を傷を付けた。その手を背後に隠しつつ、ドアを開く。
「あたしに来客って?」
廊下には男性従業員が立っており、しきりに恐縮して頭を下げている。アイカからはかなりのチップを受け取っているのだろう。本人もかなり不本意な様子だった。
「あー、どうもどうも、朝っぱらからすみません。宿の人に無理言っちゃいました」
そう言ってドアの陰から姿を見せる人物。
黒いスーツと黒いネクタイ――を、微妙に着崩した若い女性だった。
「ちょっと失礼しますねー」
と、手に持っていた携帯端末をアイカの目の前にかざす。
彼女が何か言う前に、端末から音声が流れた。
『アイカ・ウラキ。特性〈クイーン・オブ・ハート〉――種族〈ヴァンパイア〉』
「おー、人外種」
「……」
「これ、〈クシミタマ〉と言って〈タマユラ〉の鑑定機能だけ取り出して手軽にスキャンできるようにしたアプリなんですよ。あー、お兄さん、後はわたしだけで大丈夫ですので」
スーツの女性はそう言って宿の従業員を下がらせた。
「いや、その前にあんた誰よ」
「あー、わたし? わたしは、えーっとですねえ……」
女性はジャケットの胸ポケットに指を入れ、サイドポケットを探り、内ポケットを覗き込み、タイトスカートのポケットに手を当てた。ボブカットにした自分の髪に指を入れてしばらく動きを止めた後、アイカの方を見た。
「……忘れちゃったみたいです、名刺」
「みたいね」
「あー、えーと、名前ね、名前。名乗りますよ。リサって言います。市庁舎の方から来ました……って、こんな言い方すると
とリサを名乗る女性はまくし立てた。
「別に興味ないけど……何の用?」
「あー、そうですよね。アイカ・ウラキさん。交易商でもない民間人が市外からやって来るのはレアでして、門番さんも手続き飛ばしちゃったのかなーって。えーっと、その、滞在申請が出てないってことです。市外の人が滞在する場合はIDのスキャンと申請書の入力が必要なんですよ、ゼノテラスって。あー、でもスキャンは今できたんで、申請書はわたしが代わりに出しときます、決まりなんでね、すみません」
要領を得ない喋り方をする市の職員は、どうやら最初からアイカに用があって宿に訪れたらしい。アイカが正面から都市に入ろうとしなかったのは、こういった煩わしさを嫌ってのことなのだろう。宿への記帳や買物などで結局滞在は知られてしまったということか。
トヲルはディアナが身を潜めているクローゼットに目をやった。
彼女の脱走の件とは無関係なのだろうか。
「ゼノテラスへは、お仕事ですか? 商売をされているようには見えないですが」
「ID研究者よ。研究や学会でよく都市間を移動してんの」
「ID研究者。へー成る程、そのような研究分野があるんですね。確かに旅慣れてる風に見えます。それにしても人外種の滞在者ってのもレアですよ。少なくともわたしが担当になってからは初ですね」
「別に人外種が旅したっていいでしょ。ま、城壁の向こうから来る人外種なんて、普通怪物ぐらいなもんか」
そう言うと、リサは大袈裟に顔の前で手を振った。
「いやいやいや、別にそんな意味で言ってる訳じゃないんです、気を悪くされたのなら謝ります。仕事柄色んなIDと接する機会があるのですが、人外種ってひとことで言ってもその姿は多種多様ですし、それぞれ個性的じゃないですか。それって凄く素敵なことだと思うんですよ。IDの本来あるべき姿なんじゃないかって考えるくらい。だからつい気になっちゃいまして……研究者、とまでは言わないですけど、人外種のファンって感じなんです、わたし」
「変わってんね」
「それほどでもないですが、えへへ……あー、ちなみに宿にはおひとりでチェックインされてますが、昨夜はおよそ三人分の食事の注文をしてたみたいですね。お連れの人は?」
部屋の中を覗き込もうとするリサの視界をアイカはそれとなく身体で
「夜の内に帰ったわ。久々にゼノテラスに来たから地元の知人と食事しただけ」
「そうですか。いいですね、ベーコンとビール、おいしいですもんね。滞在はいつまで?」
「一週間くらいかな」
「一週間、と。滞在を伸ばされる場合は別途申請をお願いしますね。はい、聞き取りは以上です」
リサは端末をしまいながらアイカをしげしげと見つめた。
「いやーでも〈ヴァンパイア〉の女の子って初めて見たんですよ、わたし。絹糸みたいな金髪、ルビー色の虹彩、ちょっと尖った耳、桃色の唇から覗く牙、ミルク色の肌、華奢な身体……あーもう超可愛くないですか全部! アイカ様って呼んでいいですか!」
「え、ヤだけど」
「そんな! じゃあハグしていいですか!」
「ヤだよ」
「それならキスさせてください!」
「何でよ。ダメに決まってんじゃん」
「もー、じゃ舐めさせてください! それならいいでしょ!」
「いいワケあるか」
リサは信じられないものを見るような顔で叫んだ。
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿はあんたよ。つか何で要求のレベル上げて来てんのよ、逆でしょ普通」
「え? 最初に舐めさせてくれるんですか?」
「そうじゃねーよ。用が済んだんならさっさと帰ってよ」
「あーはい、帰ります、帰ります。でもせめて最後に握手! 握手ならいいですよねっ?」
リサが必死に右手を突き出す。
アイカは小さく溜息を吐いて、その右手を握った。
「ありがとうございます、握手して貰った手を舐めることに……ってそうだ、そういえばもうID改正特別法が施行されてたんでした」
と、リサの左手が動き、アイカの首元でかちりと音を立てた。
「……は?」
見れば黒い帯状の物体が、チョーカーのように首に巻き付いている。
思わず左手をやるが、外れる気配は無い。
「ID改正特別法では人外種はそのマーカーを装着するのが義務とされてまして。市外からの一時滞在者も同等の扱いを受けることになってるんですよ。忘れる所でした」
「……どうやって外すの、これ?」
「中央門に専用の器具があるので、ゼノテラスを出る時に係にお伝えください。ちなみに無理矢理外そうとすると、爆発します」
「嘘でしょ?」
「嘘です。でも爆音でアラームが鳴り出しますので、あまりいじらないでくださいね。いやでもこれ、正直やりすぎだなって思うんですよ、個人的には。だってほらわたし、人外種のファンですし。あーでも、その――」
リサはボブカットの髪を揺らして、にこりと微笑んだ。
「決まりなんでね、すみません」
つづく
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