何の取り柄もない透明人間の俺が、妹を救いに行く話。〜〈ザ・ヴォイド〉=消失の能力に目覚めたので、あらゆる障害を消失させて世界ごと妹を救うことにする〜
第5話 吸血鬼の助手になった俺が、早くも街に舞い戻る話。
第5話 吸血鬼の助手になった俺が、早くも街に舞い戻る話。
「……ゼノテラスに戻る?」
アイカのキャンプ道具を幌馬車に積み込みながら、トヲルは訊き返した。
「いや戻るも何も、あたしはゼノテラスを目指してここまで来てんのよ。エクウスニゲルに向かうのはあたしの用事が済んだ後。当然でしょ?」
アイカは馬車に馬を繋いだ後はトヲルを手伝うでもなく、赤いロリポップを舐めながら彼の作業を眺めている。
「何だか面白いわね。あんたが荷物持つと見えなくなって、降ろすとまた見えるようになるんだ。ワープしてるみたい」
「わーぷ?」
「……こっちの話よ。見えなくなる法則も気になるところね」
「法則って言っても俺が持っているものが見えなくなってるだけだと思うけど」
「……まさかあんた全裸じゃないわよね」
「ちゃんと服着てるよ! 何でみんな透明人間は裸だと思うんだ」
「身体が透明なのはそういうIDだと理解するにしても、服まで見えなくなってる理屈が分かんないからよ。服は見えなくなるし、持ったものも見えなくなる。じゃあ、あんたに触れてるものはみんな見えなくなんの?」
「そうだと思うけど」
「違うわ。だって昨日あんたが座ってた流木は見えてたもん。椅子は? 家は? 地面は? 見えなくなったことあった?」
「いや……」
言われてトヲルは答えに詰まった。
「考えたことなかったな。そうだ、俺の肌に直接触れたものが見えなくなる、とか?」
「じゃあシャツは見えなくなるけど、ジャケットは見えるってこと?」
「そんなこと……もないなあ」
今着ている服は訓練学校の制服だが、直接肌に触れていないものはネクタイ、ジャケット、靴とあるが一様に見えなくなっているし、そもそも背負っている自分の荷物も見えなくなっているのだ。
「やれやれ、あたしがあんただったら気になって色んな条件手当たり次第に検証してみる所だけど……これは研究のし甲斐がありそう」
野営地がひと通り片付いたのを見て、アイカはもたれていた馬車から身を起こした。
さて、と彼女はロリポップを咥え込む。
「休憩はこれくらいにして行こうか」
「いや俺はずっと動いてたけど!?」
考えてみればトヲルは昨日の夜にゼノテラスを出て歩き詰めでこの場にいるので、今に至るまで一睡もしていなかった。
「あそっか、なんか途中から荷物が勝手に片付いていくみたいに見えてたもんだから、つい」
「つい、じゃないよ」
「荷台で寝てるといいわ。着いたら起こしたげるから」
「……え、何で起こされるの?」
アイカは御者台に脚をかけて当然のように答えた。
「あたしの用事も手伝って貰うからに決まってんじゃん。あんた助手でしょ?」
こうしてトヲルを荷台に乗せた馬車は川辺を後にした。
アイカが手慣れた様子で駆る馬車の荷台は比較的快適だった。サスペンションが良いものらしく、不快な揺れを感じない。
荷台は手前の半分ほどがワードローブや野営道具等の旅の必需品で占められ、奥の残り半分は――アイカの趣味だろうか――大小のクッションやぬいぐるみで溢れていた。
とにかくクッション類を工夫して配置すれば丁度良い寝床になりそうだ。
クッションに埋もれつつ、幌を通して入る仄かな陽光を見ていると、何だかひどく久しぶりに気持ちがくつろぐように感じられた。
御者台に乗って鼻歌交じりに馬車を駆るアイカにトヲルは声をかけた。
「アイカは昼間活動してても平気なんだな」
「ん? どういうこと?」
「いや、怪物としてのヴァンパイアって陽の光を浴びると灰になるとか、激しい火傷を負うとか、失明するとかで、原則夜行性だって……訓練学校で習ったものだから」
「ああ、まあヴァンパイアつってもピンキリだからね。そういう弱点をもったIDも中にはいんじゃない? あたしはとりあえず何ともない。強いて言えば肌が真っ赤になっちゃうから日焼けは厳禁ってくらいかな」
御者台も幌の下にある構造なのは日差しに気を付けているからだろうか。
「あたしはその辺のヴァンパイアとはレベチっていうかさ。真祖級の存在なのよ」
「しんそって?」
「ヴァンパイアのオリジナルみたいなもののことだけど……あれ、伝わんない? 一般的な単語じゃないのかな」
「……ちなみに血は吸うの?」
「そりゃ吸うよー。めっちゃ吸う。でも寝てる間に吸っとくから安心して」
「……」
「嘘、嘘。警戒してんのが血流で分かるよ。別に日常生活送る分には血なんか吸わなくても大丈夫なんだよ。あたしにはこの特製アメちゃんあるしね」
と、アイカはさっきから咥えている赤いロリポップを振って見せた。
「鉄分、ビタミン、葉酸、たんぱく質、ミネラルも豊富で美味しいベリー味。結構血の代用品になんのよ」
どうやらこのまま眠っても襲われる心配はなさそうだ。
「ゼノテラスには何の用事なんだ?」
「あんた寝るんじゃないの? 別にいいけど……一週間前、ゼノテラス兵団の部隊が壊滅した事件、知ってるでしょ? あれを調査するためよ。IDの研究者としては見過ごせない」
トヲルは少し目を伏せた。
覚えるつもりもなかったが、事件のことは既に自然と頭に刻まれている。
「特性〈ルナ=ルナシー〉、種族〈ワーウルフ〉、人外種だったディアナ・ラガーディアが暴走して部隊が壊滅した事件……」
「お、詳しいね。ゼノテラスの報道ではそうなってんよね。まずはそれがどこまで事実なのか確かめなきゃ」
「……は?」
思わず起き上がって御者台のアイカを見る。
「確かめるって?」
「だってゼノテラスの報道は違和感あるし。少なくとも、全てが事実だとは思えない」
アイカの言う違和感に思い至れずにいるトヲルは次の言葉が出て来ない。
「……あのさ、兵団の部隊は怪物を討伐して、人類の勢力圏を回復する為に組織されたものでしょ。今回の事件で派兵されてたのは一個中隊規模だったっけ? で、暴走したと言われてんのは人外種〈ワーウルフ〉と言われてるIDひとり。不意を突かれたにしても、その戦力差で壊滅する部隊なんて、そもそも作戦遂行能力からしてどうなのって話じゃない」
確かに、エクウスニゲルを襲ったワーウルフの集団は兵団の部隊によって全て討伐されていた。兵団の戦闘力は本来その程度のレベルは期待された上で組織されているはずだ。
「ディアナ・ラガーディアは中隊の隊長。銀騎士とかって二つ名まであるゼノテラス兵団最強のエリート兵士らしいわ。本当に一個中隊を全滅させるような能力がある可能性も捨てきれないし、それはそれでそのID個体は興味深いんだけど――あたしの勘としてはゼノテラスは何かを隠してんじゃないかって思うワケよ」
「まさか、でっちあげ……?」
だとしたら事件にかこつけて人外種に警戒の目を向けるよう訴えたゼノテラス市長のあの会見と改正法は何だったのか。
「さあどうだか。部隊が壊滅してる点は間違いなさそうだしね。それをこれから調査すんのよ」
トヲルはクッションを握りしめた。
彼は報道を鵜呑みにして、兵士への道に絶望し、衝動的に都市を離れた。
でもそもそも違った事実がそこにあったとしたら。
クロウが会見の翌日から姿を見せなくなったのが訓練学校の思惑だったとすれば、それも含めて全て最初から予定されていたことだったのかも知れない。
「……アイカ、俺もその調査手伝わせてくれ。ゼノテラスには俺の幼馴染がいる。同じ人外種で、ひょっとしたらあの事件の所為で幽閉状態かも知れないんだ」
アイカは馬車を駆りながら目の端でトヲルを見ていたが、やがて牙を覗かせて笑みを浮かべた。
「当たり前でしょ。あんたはあたしの助手なんだし。だから肝心な時に役に立たなかったら困るわ。ちゃんと寝ときなさいよ」
「わ、分かった」
アイカの呑気な鼻歌を耳にしているうちに、トヲルはそのまま眠りに落ちていた。
*
ふと空腹を感じてトヲルは目を覚ました。
そういえば昨夜からコーヒー以外口にしていない。
既に馬車は停車していて、御者台にアイカの姿はなかった。どのくらい寝ていたのだろう。辺りはまだ昼間の明るさだ。
アイカは近くで焚き火を作って何か調理していた。
「あ、起きた。丁度お昼だよ。ホットサンド作ってんだけど、食べる? 具材はねえ、ハムとキャベツとトマトと、チーズ」
「ありがとう、ちょうどお腹が空いてた所なんだ」
鉄板で焼かれた香ばしいパンで具材がたっぷりと挟まれている。
たまらずかぶりつくと厚く切られたハムの脂と共に溶けたチーズが糸を引いた。マスタードとケチャップも贅沢に使われている。
「どやあ、うまいでしょ」
アイカの言葉に、トヲルは口を一杯にしながら黙って何度も頷いた。透明人間の彼がこれまでそんな仕草をすることはなかったが、アイカ相手なら伝わるはずだ。
「あたしのは、もうちっとかなあ」
彼女はサンドを挟んだ別の鉄板を覗き込んでいる。
トヲルはホットサンドを頬張りながら周囲を見渡し、そこがゼノテラスに近い窪地の木陰であることに気付いた。窪地の向こうには、そびえる城壁が見える。
「ゼノテラスには入らなかったんだ」
「まあね、兵士でも行商でもないあたしが馬車で都市に乗り付けると大体騒ぎになんのよ。怪物が
「……ん?」
「トヲルなら城壁の向こう側に忍び込むなんて余裕でしょ?」
「それは、まあ……そうやって都市から出て来たんだし……」
「ちょっと端末貸して」
言われるがままにトヲルは自分の端末をアイカの傍らに置いた。彼女は自分の端末と並べて何ごとか操作している。
「……よし、おっけー」
「いや……おっけーじゃなくて。何したんだよ」
「ゼノテラス兵団で起こった事件の調査なら、兵団本部を探るのが一番手っ取り早いし、何か手掛かりが見つかる可能性が高いでしょ。とはいえ兵団本部のSFシステムはスタンドアローンだから、本部の端末を使って内部から侵入するしかない。で、今トヲルの端末とあたしの端末を連携させたワケ。あんたの端末を兵団本部の端末に繋げば、あたしの端末から兵団のシステムへのパスを構築できるようになるって寸法よ」
兵団本部の端末……? トヲルは嫌な予感を抱えつつも確認する。
「……つまりさっき忍び込むって言ったのは」
「うん、あんたちょろっと兵団本部の建物に侵入してそれ端末に繋いできてよ。トヲルなら余裕でしょ」
アイカは事も無げにそう言った。
「ちょろっと……?」
「調査手伝うって言ったじゃん」
「いやいやいや、確かに言ったけどさ、それもう助手の仕事の範疇(はんちゅう)越えてない? ていうか法律違反でしょ!」
「バレたらそうなるかもね。お、焼けたっぽい。いい感じ」
アイカはホットサンドの鉄板を火から上げた。
「そういう問題じゃ……。あのさ、アイカ。調査手伝うって言ったのは本気なんだけど、俺は自分の能力をやましいことには使いたくないんだ。それ……俺の育ての親との約束でさ。自分でも分かるんだ、俺の能力をそんな風に使ったら歯止めが利かなくなるって」
アイカはホットサンドの温度を指で突いて確かめている。
「メンド臭いコだなあ。まあ、いい人に育てられたのは確かかも知んないけどさ。ただ――」
つと彼女は真顔をトヲルに向けた。
「あたしがお願いしてることって、本当にあんたにとってやましいの? そりゃ法律違反なのは間違いない。でもあたしらがこれから相手にしようとしてんのはその法律を定めた都市そのものでしょ。現時点ではゼノテラスが何か隠している可能性は高い。それを確かめる手段としてトヲルの力を使うことに、それでも抵抗があるってんならあたしだって無理強いしないけど」
アイカの視線を受けてトヲルは束の間、言葉を
急な提案に驚きはしたが、ゼノテラスで起こった事件について調べることは彼の中でもう決めたことなのだ。
「いや……。いや、大丈夫だ。やましくはない」
「ならよかった」
アイカはホットサンドに思いっきりかぶりついている。
「それに余り時間をかけてはいけない気がする。何だかクロウの身が心配なんだよ。思い過ごしなら、いいんだけど」
「クロウ? ああ、それが例の幼馴染のコか。放っておいたら事実が隠匿されるかも知れないし、時間をかけてらんないのは同意する。けどトヲル、今はあたしの調査を優先してくれる? そのクロウってコの様子をうかがう余裕は今の所考えられないのよ」
「分かってる。事実を確かめるのが先だ」
アイカはうまそうにホットサンドを頬張りながら頷いた。
「じゃあ、食事が済んだら行こうか。トヲル、食べ終わったらコーヒー淹れてよ」
「……時間かけてらんないと言いつつ、のんびりしてるんだな……」
「馬鹿ね、食事の時間をおろそかにすると長期的にはデメリットなのよ。腹が減っては戦ができぬってね」
トヲルには、アイカが純粋にアウトドア食を楽しんでいるだけのように見える。
ともかくホットサンドの最後のひと欠片を口に放り込むと、彼は差し出されたコーヒーミルを手に取った。
つづく
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