廻間麗奈⑲

□■□



 少し前に来たばかりなので、迷わずに廻間先輩の家に到着することができた。


「ふぅ…………」


 一呼吸置いて、インターホンを押す。


「やあ待ってたよっ!」


「す、すいません。お邪魔します……」


 笑顔で出迎えてくれた廻間先輩。そのまま廻間先輩の部屋に案内され、以前同様、僕はベッドに座ることを促される。廻間先輩は僕が座った後、僕のすぐ隣に座った。


「あ、あの廻間先輩……」


「ん? どうしたんだい?」


「ち、近くないですか?」


「すまない。千尋くんの近くにいたくて。駄目だったかい?」


「い、いえ大丈夫です」


「ふふっ……よかった」


 そう言ってさらに近づいてくる廻間先輩。近すぎて息遣いが聞こえてくる距離だ。


 ……いけないいけない。よこしまな気持ちを取っ払わないと。


「は、廻間先輩、優勝本当におめでとうございます」


「ありがとう。優勝できたのは千尋くんのおかげだよ」


「そ、そんな……僕は何もしてないですよ」


「……ううん。君がいなかったら私は優勝どころか、あのまま部活を引退していたと思う。もしかしたら私の心も壊れていたかもしれない。……本当にありがとう」


 お礼を言われてとても照れ臭い。廻間先輩のためになったのなら、あの時の僕の行動は間違ってなかったんだ。


「少しでも力になれたなら嬉しいです」


「ふふっ。そんな謙虚のところも魅力的だね」


 その後、廻間先輩との思い出話などをしていると廻間先輩がもじもじし始める。


「えっと、急に話を変えて大変申し訳ないのだが……………それで、その、そろそろ甘えてもいいかな?」


 じっと僕を見つめる廻間先輩。


 ……約束したし、廻間先輩今日すごく頑張っていたから……仕方ないよね。


「…………はい」


 僕が頷くと廻間先輩は待てを解かれた犬みたいに抱きついてくると、僕の胸に顔を埋める。


「……はあ……はあ……ぅぅ、やっとだ、やっと……。すっごく我慢してんだよ?」


「す、すいません」


「ううん、大丈夫。……すぅ………はぁ……いい匂い」


 に、匂い嗅がれてる? 一心不乱に体の匂いを嗅がれて、すごく恥ずかしい。本当に犬みたいだ。


「千尋くんは私のこんな姿を見ても失望しないよね? 受け入れてくれるんだよね?」


「…………はい」


「じゃあね、前みたいに撫でてくれ、いっぱい。あ、あと言葉も、いっぱい褒めてくれ」


「わかりました」


 前回と一緒で廻間先輩の頭を撫でながら、たくさん褒める。


「先輩、優勝おめでとうございます。本当に頑張りましたね」


「……ぅん。私、がんばった…………。もっと」


「今日は約束したから……甘えていいですからね」


「うん。………すき……だいすき、これ……もっと、もっとぉ。……わ、私を強く抱きしめてくれ」


 廻間先輩の言う通りに抱きしめている力を強める。


「ああ…………。本当に心地がいいよ。このためだけに、私は今日まで頑張ってきたんだ」


「痛くないですか?」


「全然だ。むしろ強く君を感じられて、すごく興奮している。耳とか頬も触ってくれ」


「耳とか頬……」


 この辺りでいいかな。廻間先輩の要望通り、耳や頬を触る。……どんな風に触ればいいのかわからないけど、やってみよう。


 優しく優しく……。


「……ぁん。だ、だめだ。……あっ」


 廻間先輩は触る度にもぞもぞと体を動かしてなまめかしい声をあげる。


「んっ………君に触られたところ、全てが気持ちいいよ。溶けてしまいそうだ」


 頬が赤く、目がとろんとしている廻間先輩。


 普段学校では凛としていて、大会では鬼のような気迫で相手を圧倒していたあの廻間先輩が、こんなふうになるなんて…………。


「私の顔をそんなに見つめて、どうしたんだい?」


「えっ……い、いや、すいません」


「ふふっ。…………本当に可愛いなあ」


 廻間先輩が僕の頬を撫でる。


「その白くて綺麗な肌、長いまつ毛、幼さが残った顔、か細い腕、優しい声、鼻腔をくすぐる匂い、私のために恥ずかしいのも我慢して甘やかしてくれる性格…………全てが好きだ」


「せ、先輩。ちょっと離れて休憩しましょう」


 さっきから廻間先輩の様子がちょっと変だ。一回離れて冷静になった方がいい。


「逃がさないよ」


 そう言って僕の首に腕を回す廻間先輩。鼻先が当たりそうなくらい近い距離だ。


「ねえ…………今度はキスをしてくれ」


「そ、それは絶対駄目です。宮町先輩に悪いですし」


 こんなことをしていて言うのもどうだと思うがいくら約束をしたとはいえ、そこは宮町先輩のためにも線引きをしっかりしたい。


「どうして仁の名前が出てくるんだい?」


「だって、宮町先輩は廻間先輩のことが好きで……」


「ちっ……。あいつ、本当に邪魔だな。最近、顔を見るだけで吐き気がしてくるよ。今日も君との幸せな時間にご飯の誘いなんかしてきて…………虫酸が走る」


 心底嫌いな人に向ける目をしている廻間先輩。


 優勝した後、会場の前であんなに楽しそうに話してたのに……。


「仁のことなんて何も思ってないよ。だから、ね?」


「……で、でもーー」


 急にベッドへ押し倒されると、廻間先輩が僕の上に跨がり、馬乗りの状態になる。手首も捕まれて、腕を動かすことができない。


「は、廻間先輩っ!? ど、どいてください!!」


「もういいんだ。我慢しないって決めたから」


「だ、駄目んっ――」


 拒否をしようとするがそれも叶わず、唇を塞がれてしまう。僕が戸惑っている中、廻間先輩は舌で僕の口の中や唇を舐め回す。


「ぷはっ…………美味しいよ。も、もう一回、ううん何回もやろう」


「えっ……んっーー」


「ちょうだい…………ちひろくんの、よだれっ……あむっ……ん」


 その後も何回も何回もキスを繰り返し、口腔内を刺激される。


 何回もされていると、途中から気持ち良くなり頭がフワフワしてきて、何も考えられなくなる。


「はぁ……もう駄目だ。千尋くんがいないと廻間麗奈という人間は生きていけなくなってしまったよ」


「…………っ」


 お、終わった。……………………そうだ、に、逃げないと…………。今の先輩とは話しをしても聞いてもらえない。


「くっ…………」


「ん? もしかして逃げようとしているのかい?」


 う、動けない……。何とか逃げようと試みるが、上手く力が入らないのと廻間先輩の方が僕より力が強くて逃げることができない。


「ん……はざ、ま……せん……ぱい」


「はあ……愛おしくてたまらないよ。必死に私から逃げようとしても、力が弱いから逃げられない…………」


 馬乗りのまま先輩が僕に覆い被さってくると、耳元で囁き始める。


「千尋くんは誰にも渡さない。私のためだけに声を発してくれ。私のためだけに手を使ってくれ。君のすべてを私が甘えるためだけに使ってくれ。そうすれば私は、でいられる」


 僕はどこかで選択を間違えてしまったのだろう。ごめんなさい…………廻間先輩。




「今日はずっと甘えるからね……。愛してるよ」


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