廻間麗奈⑯

 しばらく黙ったままだったが廻間先輩はゆっくり立ち上がると、僕に近づき抱き着いてきた。



「いっ!?」



 突然の出来事に動揺してしまう。今、何で僕は抱き着かれているのだろう。



「は、廻間先輩っ!?」



「…………すまない。少しだけ、こうさせてくれないか」



「え、えーと」



「………っ……ぐす………ぅ……」



 な、泣いてるのか? 鼻をすする音が聞こえてくる。



 戸惑いながらも抱き着かれたこの状態を何分間か続ける。廻間先輩は泣き終わると震えた声で話し始める。



「……ごめんね。急に泣いてしまって少し落ち着いたよ」



「先輩のためになったなら、全然大丈夫です」



 あんなにも泣くなんてよほど思い詰めていたんのだろう……。



「ありがとう。…………その、千尋くんの言う通り、少しだけ甘えてもいいかな。私のことを褒めながら、頭を撫でてほしいんだ……駄目かい?」



「ぼ、僕で大丈夫ですか? 宮町先輩の方がいいと思いますよ」



 僕なんて気を利かせた言葉や慰めもできないし……。廻間先輩と仲も良い宮町先輩の方が適役だと思うけど。



「ううん。千尋くんがいいんだ」



 抱きついている廻間先輩の腕の力が強くなる。やらないとずっとこの状態のままだろう。



 …………よしっ。気持ちを作り、頭をフル回転させて褒め言葉をかき集める。



「は、廻間先輩はいつも本当に頑張ってますよ。すごいです。頑張りすぎなくらいだと思います」



「………ぅん」



 頭を撫でる度に廻間先輩の魅力的な声が耳元で聞こえて、背筋がゾクゾクしてしまう。

 いけない、よこしまな気持ちになっちゃ駄目だ。先輩は必死なんだから、僕も一生懸命やらないと。



「先輩はもっと甘えてもいいんですよ。完璧じゃなくても大丈夫なんです。無理しないでください」



「………んっ…………ちひろ……くん」



 恥ずかしさとか色々なことに耐えながら、10分間ほど廻間先輩の甘やかしを続けた。



「先輩は僕の憧れです。いつもかっこ良くて、みんなに優しくて」



「…………ん」



「…………も、もう大丈夫ですか」



「……ぁ」



 さすがにもういいだろうと思い、廻間先輩から離れると名残惜しそうな声を漏らす。


 先輩の顔を見ると先ほどよりどこか生気のある様子に見えた。



「あ、ああ……大丈夫だ。ありがとう。いきなり抱き着いて、加えてこんなことまでお願いして……すまなかった」



「だ、大丈夫です。先輩のお役に立てたなら」



「………………」



 さっきから黙ったまま僕の顔をじっと見つめる廻間先輩。



 き、気まずい。早く帰った方がいいかな。



「じゃ、じゃあ……僕はこれで」



「ちょっと待ってくれっ!」



 部屋から出ようとした時、廻間先輩に呼び止められる。



「は、はい」



「……その、できればまた明日とかに……千尋くんに甘えてもいいかな?」



「え? で、でもやっぱり、僕なんかより宮町先輩の方がいいと思います」



「そんなことないっ! こ、こんなこと頼めるのは、千尋くんしかいないんだ!!」


「………………」



 今日は頑張って引き受けたが、やっぱり宮町先輩とかきちんとできそうな人の方がいい気がする。


 それに抱きついて褒めながら頭を撫でるってめちゃくちゃ恥ずかしかったのに、明日もってなると僕の方がもたなくなると思う…………。



「ち、千尋くんが言ったんだよ。甘えてもいいって!」



 渋っている僕を見て、廻間先輩が泣きそうな顔で迫ってくる。



「……………」



「じゃ、じゃあ今度の大会に優勝したら甘えてもいいだろ? 私の高校最後の大会だよ?」



「えっ……先輩、怪我は大丈夫なんですか?」



「必ず、必ず治すから。だから……お願いだ」



「…………わかりました。今度の大会で先輩が優勝したら、また僕に甘えていただいても大丈夫です」



「本当かい!? ぜ、絶対、絶対だよ? 約束破ったら怒るからね!」



「は、はい。約束します」



 も、ものすごい圧だ。そんなにも良かったのだろうか。



 廻間先輩は今怪我をしていて大会まで練習もできない。申し訳ないがたぶん優勝も難しいと思うので、約束を達成することはないだろう。



 廻間先輩に見送られ、僕は部屋を後にした

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