第7話 廻間麗奈②

<校舎裏>


 図書室で借りた本の返却するために校舎裏を歩いていると廻間先輩を見つける。部活の時間中にこんな人気がないところで何をしているのだろう。

 近づいていくと水道で手首を冷やしているようだ。その顔はとても険しい。


「廻間先輩?」


 僕が声を掛けると廻間先輩は先ほどの険しかった顔からいつもの笑顔に変わった。


「やあ千尋君。こんなところで会うなんて珍しいね」


「は、はい………」


「ん? どうかしたのかい?」



 両手を後ろに組んでいて見えないけど……。さらに廻間先輩に近づいていく。


「先輩は何をしていたんですか?」


「私かい? 今休憩中だからちょっと水で涼んでいたところさ」


「……怪我してるんですか?」


「怪我なんてしていないよ」


「じゃあその、手を見せてほしいです」


「いいよ」


 廻間先輩が手を見せてくれる。パッと見た感じは腫れている様子もない。


「す、すいません」


 廻間先輩の手首を軽く押す。


「…………っ」


 右の手首を押した時、廻間先輩の表情が歪む。


「手首、痛いんですか?」


「…………少しね。でもこれくらいの痛さでは休んでられないよ。私はエースだからね」


 優しく微笑んでくれる廻間先輩。


「じゃあまだ練習中だから、行くね。おっと……このことは他の子たちには言わないでくれよ」


 そのまま練習に向かおうとする廻間先輩の袖を思わず掴んでしまう。


「…………千尋くん?」


「先輩、休憩しましょう?」


「えっ……ありがとう。心配してくれているんだね。でも大丈夫だよ」


 怪我をしたら大変なのに……。たぶん僕が何を言っても廻間先輩は練習に行って、部の中心人物だから痛いのを我慢して全力で頑張るに違いない。

 何かしてあげたい。痛いのを少しでも楽にしてあげたい。


「ちょっと待っててください」


 持っていたタオルを取り出し、水で冷やして廻間先輩の手首に当てる。


「何もしないより、ぎりぎりまで冷やすだけでも違うと思って」


「タオル、濡らしてしまっても良かったのかい?」


「大丈夫です。先輩の方が大事ですから」


「千尋君…………」


 廻間先輩は僕が先輩の手首を冷やしている間、何も言わずに見守っていてくれた。


「ありがとう。楽になったよ」


「先輩、練習するのもいいですけど無理しちゃ駄目ですよ。痛かったら休んでください」


「ああ。そうだね。千尋くんに心配はかけられないから」


「……あっ先輩待ってください。あと一つだけ」


 カバンからハンカチを取り出し、冷やしていた廻間先輩の手首に結ぶ。


「これは……?」


「小さい時、よく結依姉ゆいねえ……あねがしてくれた痛くなくなるおまじないです。痛いところにこうやってハンカチを結んでくれたんです。痛くても守ってくれるようにって」


 ハンカチを結んだところで何の意味もないけど、小さい時は本当に結んでくれた結依姉さんに守られている感じがして痛みがなくなった気になっていた。


「先輩を守ってくれますように。よしっ……あっすいません。練習にこんなハンカチなんて付けてたら駄目ですよね」


「……確かにそうだね。でも千尋君のその気持ちがとても嬉しいよ。ありがとう」


 結んだハンカチをギュッと握る廻間先輩。


「長々と練習の邪魔をして、すいませんでした」


 廻間先輩に頭を下げて、その場から立ち去る。そういえば結依姉さんに用事を頼まれているのをすっかり忘れていた。早く本を返却して帰らないと。


「千尋くん、ハンカチは――」


「また今度で大丈夫です。先輩、部活頑張ってください!」



「おまじない、か。…………ふふっ」



 □■□



<練習後・更衣室>


「あー疲れた。今日も練習しんどかったです」


「お疲れ様。確かに今日はきつかったね」


「ですよねー。あっそういえば麗奈先輩、休憩中どこに行ってたんですか?」


「ああ。ちょっとね……」


「先輩が戻ってくるのを遅れるなんてないから、何かあったんじゃないかってみんな心配してましたよ。……先輩、手首のそれなんですか? ハンカチ?」


 着替えた後、右手首に結び直したハンカチを後輩の姫乃ひめのが不思議そうに見ている。


「ハンカチなんて手首につけてどうしたんですか?」


「……これは大切なおまじないなんだ」


「おまじない?」


「…………うん」


「先輩、今めちゃくちゃ乙女の顔してますよ! 超可愛い!」


「えっ……そ、そうかい」



 自分ではそんな顔をしているつもりはなかったのだが、自然となっていたのだろう。



「はい! いつもはクールビューティーで美人ですけど今は恋する乙女です。はっ……もしかしてー宮町先輩からですか!? きゃーっ!!」


「い、いや違――」


「もー言わなくてもわかってますよわかってますよっ! 恥ずかしそうな先輩も超可愛い!」


「ちょっと話を……」


「なになに? 何の話?」


「ビッグニュースだよ! 我が校の誇る完璧超人、廻間先輩が――」



 どんどんと部員が集まり、盛り上がってしまったため話し出せる感じじゃなくなってしまった。

 手首の痛みは少しあるが、ハンカチを付けると胸が満たされる。練習中はハンカチを付けては駄目なので仕方なく外していたが、ないと千尋くんが離れてしまったみたいで不安で仕方がなかった。

 今まで千尋くんのことは仲の良い一人の後輩としてしか見ていなかったのだが印象が変わってしまった。千尋くんに袖を掴まれた時は思わずドキッとしてしまったし、このおまじないをしてくれた時もドキドキが止まらなかった。


 ………姫乃が言うようにこれは恋なのだろうか。



 □■□


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