第4話

〈天界〉


「………………んんっ」


「あっ起きましたね」


「ここは………………どこ」


 目を覚ますと自分の部屋ではなく、周りに何もない真っ白で広い部屋にいた。


「ハロー。かわいい人間さん」


 話しかけてくれたのは背中に白い羽、頭の上に金色の輪っかが浮いている少女だった。

 その少女の後ろにも同じ姿の少女がもう2人いる。

 3人ともまるで…………。


「…………天使みたい」


「ピンポーン、正解です。私は天使ですよ、天使Aです!」


「て、天使A?」


「こら天使A。ここからは天使Cの出番だから、茶々いれないの」


「はーい」


 二人の天使を名乗る少女が後ろに下がるともう一人の天使が僕の前まで歩いてくる。


「こんにちは。名前は……春日井千尋さん、でしたよね」


「は、はい」


 天使Aと名乗った少女より真面目そうな少女だ。


「はじめまして。私は天使Cです」


「……天使Cさん。ここは、どこですか?」


「はい。ここは私たち天使が住む世界、天界にある建物の一室です」


「て、天界…………」


「春日井さん、体調はどうですか?」


「体調……。特に何ともないです」


 寝起きみたいな気だるさはあるが、痛みなどの大きな異常はない。


「そうですか………。唐突で申し訳ないのですが、春日井さんに謝らないといけないことがあります」


「ぼ、僕にですか?」


「はい」


 天使が僕に謝らないといけないこと……何だろう?


「まず、春日井さん。あなたは今死んでしまいました」


「えっ…………。あっ」


 思い出した。僕は踏切の中に入った女の子を助けようとして、それで電車に轢かれて……。


「僕、死ねたんですね。…………よかった」


「………………嫌じゃないのですか?」


「はい。…………死にたかったので」


 元々死のうとしていたんだ。嫌ということは何もない。むしろ、痛いとか苦しいとかなく死ねたことに少しホッとしている。


「そう、ですか……」


「あの、知っていたらでいいんですけど、僕が助けた女の子って?」


 僕の記憶だと少女は電車に轢かれない安全な場所に押し出せたと思うけど。


「……そのことなのですが。実はその少女、私なのです」


「えっ? ど、どういうことですか?」


 僕が助けた少女が今目の前にいる天使? どういうことかわからず混乱している。


「簡単に説明しますと……人間界を散歩していて、線路内で考え事をしていた私を春日井さんが助けて下さったということです」


「散歩中……そ、そうだったのですね。でも、Cさんを助けられたならよかったです」


「……大変申し上げにくいのですが、天使は電車に轢かれた程度では死にません」


「えっ?」


「加えて、人間界に行った私たちは空気と一緒。つまり、普通は誰の目にも見えませんし、全ての物体をすり抜けるようになるので、その……春日井様に助けられなくても電車には当たらなかったのです」


「そうだったのですね…………」



 だから誰もCさんが踏切内にいても騒がなかったのか。それにあのままでも電車がすり抜けていたから助けなくても何の影響もなかったわけで、僕はただ単に電車に突っ込んだ迷惑な学生で人生を終わってしまった。


「本当に申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げるCさん。


「全然大丈夫ですよ。気にしないでください」


「…………」


「知らずに突っ込んでいった僕が悪いので。Cさんは何も悪くないです。頭を上げてください」


 小さく「申し訳ありません」と何度も呟き、Cさんが頭を上げてくれた。

 …………あれ? 今のCさんの説明の中に疑問に思うところがあった。


「で、でも僕、Cさんのことを見つけてましたし、触ることができましたよ?」


 あの時、見えないはずのCさんのことをしっかりと見れていたし、すり抜けるはずの体もちゃんと触れて押し出すこともできた。


「仰る通りです。今からそこの説明をさせていただきます」


 ふぅと一息吐き、Cさんが口を開く。


「人間が私たち天使に接触できるようになるには条件があります」


「条件?」


「それはその人間が天使に選ばれていることです」


 選ばれる……。どういう意味だろう。


「春日井さんは身勝手な一人の天使が始めたゲームに選ばれていたのです」


「僕が、選ばれていた」


「はい。私を見つけて触ることができたのはそのためです」


「ゲームってどんなゲームですか?」


「“親しい異性に嫌われる”という課題を背負わせられ、誰が生き残るかというゲームです。

 このゲームの嫌われるレベルをマックス……。これは相手が視界に入っただけで嫌悪感が沸いてくる。理不尽な暴力、暴言は当たり前。今までの穏やかな日々が死にたくなるような地獄に一変する、そんなレベルです」


「そんな無茶苦茶なゲーム……。僕、参加していた覚えがないです」


「…………強制なので、春日井様の意思に関わらず参加させられていました」


「そ、そんな…………」


「約1年前からこのゲームはスタートしています」


 1年前……。


「…………っ!?」


「お分かりいただけましたか?」


「1年前ってぼ、僕の、いじめが始まった時と一緒です」


「そうです。春日井様のいじめはこの天使のゲームが原因だったのです」


 Cさんから真実を聞いて、膝から崩れ落ちる。


「……………ひ、ひどい。ひどすぎるよ」


 自然と涙が零れ落ちてくる。

 これまでの辛く苦しいこと……。あれはただの天使の遊びに付き合わされただけだったんだ。それで僕は、死んでしまった。


「ぐすっ………んっ」


「…………春日井様。傷心のところ申し訳ありません。春日井様はこれから生き返ることになります」


「………………………えっ。い、生き返る?」


「はい。ゲームのルールで勝者がもし死んでしまった場合、生き返ることができるようになっています」


「……生き返らないっていう選択はないのですか?」


「大変申し訳ないのですがその天使はとても強く、今いる天使全員が協力してもゲームのルールを上書きもできません。なのでゲームのルールは絶対です」


「…………そうなの、ですね」


「次々と起こることに混乱されますよね。本当に申し訳ありません」


 Cさんの言う通り色々なことを伝えられて今頭の中がぐちゃぐちゃだ。


「生き返る……」


「そして生き返ったらゲームが終わっているため、いじめがなくなっています」


「……いじめがない」


「はい。春日井様を苦しませたいじめはありません。前のような穏やかな日常に戻っています」


「…………」


 いじめがない平和な日常。できるのであれば、あの楽しかった日々に戻れるなら生き返りたい。

 でも生き返った後、僕が皆に今まで通りに接せるか自信がない。顔を見たらいじめられた記憶を思い出してしまう。


「大丈夫ですよ。春日井様やいじめていた人たちのこの約1年間の記憶はすべてなくなります」


 Cさんが僕の心を読んだかのように答えてくれた。


「ほ、本当ですか?」


「本当です。ルールに書いてあるので絶対です。なので前のように過ごせます」


 記憶がない……。ということはまた一からやり直すことができる。


「…………僕、生き返りたいです」


「かしこまりました」


 Cさんが指をパチンと鳴らすと、僕の体の周りが白く発光し始める。


「か、体が光って……」


「……もうすぐ春日井様は生き返ります。……いじめのなくなった人生、どうか存分に楽しんできてください」


「あの、ありがとうございましたCさん」


 Cさんに別れを告げるとそこから記憶がなくなった。




 プツンーー。


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