第34話 芽生えた感情
政庁の隣にある神殿の墓地で、俺は最後の遺骨を埋め終えた。
スライムたちも手伝ってくれたので、作業自体は一時間もかからずに終わった。
遺骨を埋めた場所には、木製の墓標を置いてある。あとで青髪族に立派なものを作ってもらうつもりだ。
その墓標に手を合わせるセレーナに、俺は声をかける。
「セレーナ、大丈夫か?」
「はい。すでに、長い年月が経っていますし……ですが、どうしてこんなことを」
遺骨には、子供のものも混じっていた。黒衣の女は、民衆を無差別に殺すようガーディアンに命じたのだろう。傍目から見れば、やりすぎのようにも思える。
「よっぽど帝国に恨みがあったんだろうな……」
セレーナは俺の言葉にはっとした顔をするが、すぐに首を縦に振った。
「このティアルスも、もともとは帝国のものではなかった……占領の際、見せしめで過激なことも行われたと聞きます。恨まれていても何もおかしくない」
その言葉通り、帝国は実に多くの国や部族を滅ぼしてきた。敵だった指導者の公開処刑なども行われていた。恨まれていても何もおかしくない。
このティアルス州ももともとは別の国家が支配していたが、帝国が占領したのだ。
「黒衣の女は何も口にしませんでした。ただ黙々と私たちを殺していった。だが、その顔は怒りに満ちていた。恨みがあったのでしょう」
「そうかもしれないな……ともかく、黒衣の女がまだ生きている可能性もある。闇魔法を使うのだから、まず人間じゃないだろう。警戒はしたほうが良さそうだ」
まあ、復讐ならすでに果たされたと考えてもよさそうだが。
セレーナは深く頷く。
「過ぎたことを悔やんでも仕方ありません……今の私の役目は、アレク様のお役に立ち、この島の住民を守ること。目的の魔鉱石の鉱山に行きましょう」
そう言うセレーナは、吹っ切れた様子だった。
「ああ、そうしよう……っと、そうだ」
俺は、少し離れた場所にいる全身を覆う鎧……ガーディアンたちが俯いているのに気が付く。
「なんか、さっきからずっと申し訳なさそうにしているんだよな……」
いや、操られていたとはいえ守るべき者を逆に殺してしまったのだから、それは申し訳なく思うだろう。
だが、それは人間や動物が持つ感情だ。
彼らは作られた存在のはず。
エリシアが呟く。
「随分と感情表現が豊かですよね……先ほどは、道端に生えている花を摘んでいる者もいました」
たしかに、ガーディアンの中には手に花を持つ者がいた。
墓に手向けようと考えていたのだろうか。
セレーナもそう言えばと、ガーディアンたちをまじまじと見つめる。
「随分と人間っぽいガーディアンだな?」
「珍しいのか?」
「はい。というよりはこんな動きあり得ないというか……私がここに来て彼らを見たときは、ただの人形のようでした」
「もしかして、人の魂が使われていたりするのか?」
「まさか。ガーディアンの魔核は、ゴーレムの魔核を改造したものです。ゴーレムに感情があるとはとても」
ゴーレムとは、岩山などで出現する魔物だ。
魔核の周囲に岩を集めて、自分の縄張りに入った者を攻撃する。仲間や家族などはいない。
「たしかに……となると、こいつらは」
長い年月の間に、何か心のようなものが芽生えたのだろうか?
「ともかく、落ち込んでいるようですね」
エリシアが言うと、セレーナはガーディアンに近寄る。
「お、お前たち! もう過ぎたことだ! 悔やんでも仕方がない! 私も、この島の者たちを守れなかった! これからはアレク様と、この島の新たな住民のために尽くそう」
セレーナの声に、ガーディアンたちは悔しそうに拳を握り締めた。
しかしやがて首を縦に振る。
もう、人間みたいだ……セレーナの紋章のおかげでもあるんだろうけど。
「まあ、彼らにはこれからも頑張ってもらおう……でも、黒衣の女にまた操られる可能性もあるよな……」
ここで俺は少し考えてみる。
俺の闇の魔力をあらかじめ魔核に纏わせておくか。
でも、もっと単純に……このガーディアンたちを眷属にできたりはしないだろうか。
眷属の解除はできるわけだし、一度試してみるか。
「解除もできるなら……よし、ガーディアンたち。お前たちをこれから眷属にする。異論はないか?」
俺が問うと、ガーディアンたちが皆、片膝を突いていく。
その瞬間、ガーディアンたちの体は光に包まれていった。
そこに現れたのは……いままでと変わらない鎧だった。
しかし、一体の鎧の中から声が響いてくる。
「私、たち……ごめんなさい……殺した」
これは……言葉がつかえるようになったのか。鼠人たちと同様に。
感じたことを言葉にしたかったのかもしれない。
「気にするな……いや、もし気が済まないなら、墓標の前で祈ってくれ」
「はっ……感謝いたします」
俺の言葉に、鎧たちは墓標に詫びていった。花を手向ける者も現れる。
セレーナはそれを、信じられないといった顔で見ていた。普通、ガーディアンのやる行動ではないのだろう。
やがてガーディアンたちは俺に膝を突いた。
「アレク様。感謝、いたします……誠心誠意、お仕えします」
片言ではあるがしっかり伝わってくる。
何かあれば、ガーディアンたちからは言葉で報告してもらえるだろう。これは非常に助かる。
「う、うん。よろしく、ガーディアン……いや、ちゃんと名前があったほうがいいな」
俺はガーディアンたち一体一体に帝国人の名前を付けていった。
種族としては、仮称だが鎧族と呼ぶことにした。
彼らには、島の防衛や警備を任せるとしよう。
それから俺たちは再び地下通路へと下り、魔鉱石の採掘場へ向かうのだった。
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