第35話 中央鉱床

 再び地下通路を進む俺たち。

 だがやがて左の壁に扉が見えてくると、セレーナが言った。


「この扉の先を上がると、アルス島との対岸に出るはずです……ここも鍵が閉まってますね」


 魔鉱石の扉だが、セレーナが取っ手を押しても引いても開かなかった。


「外は魔物の巣窟だ。この扉はこのままにしておこう……えっと、ここの警備を頼めるかな?」


 俺が言うと、セレーナは頷いて後ろからついてきたガーディアン……鎧族に振り返る。


「とりあえずは三名、ここで待機だ」

「かしこまりました!」


 そういうと、三名の鎧族が扉の付近で立哨しはじめた。


 先ほどの戦いぶりを見るに、一名でも強力な鎧族だ。三名もいれば安心だろう。


「よし、それじゃあ前に進もう」

「はっ。ここからもう少し先に鉱山への入り口があるはずです」


 セレーナはそう言って、通路を進んでいった。


 するとすぐに、巨大な扉が見えてきた。


 重厚な金属製の両開き扉。成人男性の背丈の倍の高さはあり、まるで城門のようだ。


 この向こうが鉱山のようだ。


「ここも魔導具で施錠されているな……よし」


 すぐに俺は魔力を操り錠前を落とす。


 エリシアがそれを見て言う。


「さすがお早い!」

「……一回やれば覚えるよ。それじゃあ開けようか」

「それは私めにお任せください。やりましょう、セレーナ」

「ええ! ──むっ!?」


 左側を押すセレーナだが、全く扉はびくともしない。


 まだ施錠魔法が掛かっていたと思ったが、違う。


 エリシアの押す右側は、簡単に開いていった。


 それを見て、セレーナは目を丸くする。


「あ、あれ?」

「どうしました、セレーナさん? そちらは開かないので? よいしょ」


 エリシアはすぐに左側も押していった。


 すると、するっと扉は開いていく。


 セレーナは、それを唖然とした様子で見ていた。


「え、エリシア殿……あなたは魔法か何かを?」

「いえ……押しただけですけど」

「魔法ではなく、その細腕で?」


 首を傾げるエリシア。


 俺も正直、ここまでの扉を一人で開けるとは思わなかった。


 でも、オークの力を引き継いでいるエリシアからすれば、重くもなんともないのだろう。


 たしかにメイド姿の見た目とのギャップはすごい……


「全く、人を化け物のように見て……セレーナさんも、腕は細いではありませんか」

「し、失礼」


 素直に謝るセレーナ。

 セレーナも十分、見た目と実力が伴ってない気がするけど……


「ともかく、中へ入ろう。【聖灯】……おお」


 俺は思わず声を上げた。


 眷属が増えたから試したが、光球が十個も出せるようになっている。


「聖の魔力もそこそこ使えるようになってきたな……」

「アレク様、灯なら、私たちが」


 後ろからそんな声が響いてきた。


「おお、鎧族も使えるか。結構広い空間みたいだし、頼めるか」

「はっ」


 鎧族たちは手を前に向け、光で照らした。


【聖光】という魔法。光球ではなく、遠くを照射するような感じだ。


 すると、扉の向こうの空間が明るみになる。二十体以上が照らしてくれるから、それはもう明るい。


「これは──」


 目の前には、大空洞が広がっていた。


 まるまる一つの街が入るかのような広さがある。


 壁の各所には坑道らしき穴があって、そこへ行けるように何層もの回廊が取り付けられていた。


 俺たちが出たのも、その回廊の一部だ。


 最下層には倉庫や家らしき建築も見える。水の流れる水路もあって、本当にちょっとした街だ。


 セレーナが感心した様子で言う。


「ここが世に名高い……いえ、名高かったティアルス中央鉱床ですね。ここは特にミスリルなどが豊富に採れると聞きます」

「へえ。ティアルスには他にもいくつか鉱床があったってことか?」

「はい。先程の扉にも使われていたオリハルコンが採れた場所もあります。アダマンタイトや、ヒヒイロカネの鉱石も採れる場所もあったようですね……ちなみに私の鎧はミスリルです! そこの鎧族たちも」


 ミスリルは鉄よりも硬いぐらいで、魔鉱石の中では最も魔力を宿せる。


 アダマンタイトは魔鉱石の中で最も硬いが、あまり魔力は宿せない。


 ヒヒイロカネはアダマンタイトに近いが、刀剣にすると切れ味がよくなるとか。


 オリハルコンは尖った特徴はないが、ある意味で万能と言える。


 他にも魔鉱石はあるが、魔鉱石といえばこの四種が最もポピュラーだ。


「へえ……有名な魔鉱石は、この州で全部掘れる感じか」


 ミスリルのナイフ一本の価値は、少なくとも百本の鉄のナイフに匹敵する。ここで鉱石を掘って、金属に精錬して売る……どれだけの利益を得ることができるだろうか。


 だが、セレーナが言う。


「ですが、豊富に採れると言っても、鉄や石炭のようには大量に掘れません。それに、魔鉱石の鉱床は、非常に固い」

「そもそも、掘って大丈夫かというのもあるよな。なら、ユーリを呼んでこよう──」


 俺はすっとローブリオンの拠点に《転移》した。


「──っ!? あ、アレク様」


 ちょうど俺の前では、ユーリが金床の上でナイフに金槌を振るっていた。


「驚かせてごめん。作業中だったか?」

「いえ、大丈夫ですよ。それよりも、まさか」

「ああ。魔鉱石の鉱床を見つけた。来てくれ」

「はい! 待ってました!」


 ユーリは近くに置いてあったつるはし数本を手にすると、すぐに俺の隣までやってくる。どうやら事前に用意していたようだ。


 俺はそんなユーリと再び、中央鉱床まで戻ってきた。


「っ!?」


 鎧族たちは、突然消え、突然また現れた俺たちに驚いたようだ。


「お、驚かせてごめん。俺は《転移》が使えるんだ」


 なるほどと、鎧族たちは答える。


 本当に感情が芽生えたんだな……


 それから俺たちは、近くの坑道の中へと入っていった。


 まだあまり掘られてない坑道のようで、どちらかといえば横穴に近い。


 ユーリは岩壁をまじまじと見ながら言う。


「これは確かにミスリル鉱……すごい! こんな大量のミスリル鉱、初めて見ました!」

「そんなあるのか?」

「はい。この岩壁を一日掘れば、ナイフ一本分のミスリルが掘れるかと!」


 少ないと思うかもしれないが、それだけで今の俺の眷属たちの一週間分の食費が賄えるほどだ。


「試しに一度掘ってみますね!」

「おお、頼む」


 俺が言うと、ユーリは勢いよくつるはしを振り上げ、岩壁を打ちつけた。


 早速手のひら大の石が削れた。


 ユーリは袖で汗を拭って言う。


「ふう……やっぱり固いですね。でも、私たち青髪族なら掘れます!」

「そうか……でも、鍛冶に採掘までとなると大変だよな」


 運搬はスライムに手伝ってもらえばいいが、掘るのは技量も力もいる。鼠人では少し力不足だろう。


「いえいえ。私たちは鍛冶も採掘もこなしてきましたから……そうだ。それに関して、もしよろしければ、アレク様に一つ提案があるのですが」


 言いづらそうにするユーリに、俺は訊ねる。


「提案?」

「はい……実は、私たちと同じサイクルプスとの混血の集団が、帝国各所に散らばっています。彼らを呼びよせ、アレク様に眷属にしていただければ嬉しいなと……もちろん、採掘や鍛冶のためでもあります」

「おお。俺としても助かるよ。帝都からローブリオンまでの街に来てくれれば、俺が直接迎えに行けるし、ぜひそうしてくれ」

「あ、ありがとうございます!」


 ユーリはぺこりと頭を下げた。


「私も知己が生きていれば、ぜひアレク様にお仕えさせたかったな……うん?」


 セレーナは、隣でつるはしを握るエリシアに気が付く。


「せっかくですから、私もしばらくはお手伝いいたしますよ。力には自信がありますから!」


 そう言うと、エリシアも岩壁を打ちつけた。


 だが、


「──っ!?」


 打ちつけた岩壁はボロボロと音を立て削れた。馬数頭分ぐらいの岩が、削れていく。


 セレーナもユーリも唖然とする。


 エリシアも、折れてしまったつるはしを見て、申し訳なさそうな顔をした。


「ゆ、ユーリ、申し訳ありません! せっかくのつるはしを」

「ま、また作るから大丈夫。で、でもエリシアは、ちょっと採掘を止めたほうがいいかも。あまり衝撃与えると、ちょっとね……」


 ユーリは苦笑いを浮かべて言った。


 エリシアが掘っていけば、坑道が崩れかねないということか。


「あら……それなら仕方ありませんね」


 残念そうな顔をするエリシア。


 だが、そんな中、俺は周囲の魔力の流れが変わったことに気が付く。


 流れが異常な部分……空洞の下層にすぐに目を向ける。


「あれは……」


 そこでは小さな岩が浮遊し、一つの大きな塊を形成し始めていた。


 塊はやがて人型となると、頭の部分に赤い光を宿すのだった。

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