第33話 掌握
俺とエリシアとセレーナは、政庁の裏庭にある倉庫に来ていた。
石造りの堅牢な倉庫だ。
昨日までこの中は炭となった木箱や、粉々になった壺で汚れていたが、スライムたちがすでに隅へと片付けてくれたようだ。
「あちらです。あの奥の」
セレーナが指さすのは、施錠された金属製の扉だった。
「まさか……これは魔鉱石か」
「はい。オリハルコンですね。ですが、私にお任せいただければ、この程度の扉!」
「待った、セレーナ! 入り口ごと崩れる!」
俺は手に赤い光を宿すセレーナに言った。
エリシアが首を傾げる。
「錠ごと斬ってはいけないのですか?」
「これはただの錠じゃない。魔導具だろう。しかも、魔鉱石が使われているから、簡単には壊せない……解錠には魔法か合言葉が必要だが、セレーナは知らないか?」
「残念ながら……そもそも、ここは開いていたはずですが……」
「うん? じゃあ、セレーナがやられた後、誰かが施錠したってことか」
「恐らく、そうなのでしょうね。私はすぐに黒衣の女に向かったので」
仲間のために、敵が入ってこないよう施錠したのかもしれない。
「ともかく、解錠しないとな……」
解錠には錠に魔力を送り、鍵穴の形に合わせるよう魔力を動かす必要があるのだが……
闇の魔力ならもう自在に操れる。鍵穴を満たすように魔力を送った。
がちゃっと音が響くと、錠が床に落ちていく。
「お見事!」
「さすがはアレク様ですね!」
ぱちぱちと拍手するエリシアとセレーナ。まるで、小さな子供を褒める親みたいだ。
たしかに子供ではあるけど……なんだか恥ずかしい。
「と、とにかく……開くぞ」
「あ、そのようなことは私たちにお任せください」
エリシアはすぐに扉の取っ手を引いていく。
風が扉のほうにぶわっと流れていく間、俺は【聖灯】で周囲に光球を展開した。
次第に扉の中が見えてくると、からんと扉の向こうから白骨が床に転がってきた。
「え? ──こ、これは!?」
俺は光球で扉の中を照らす。
見えてきたのは、地下への階段を埋め尽くす白骨だった。
間違いなく人間の遺骨だ。
セレーナは顔を青ざめさせる。
「なんで、こんな場所に?」
「……逃げた人々が引き返してきたとか?」
エリシアがそう呟くと、セレーナは焦るような顔で言う。
「だ、だが大陸側には味方の軍もいた! 地下には、総督が作らせたガーディアンの部隊も!」
「セレーナ。焦る気持ちはわかる。でも、この人たちがアルスの人々とは限らない……大陸から逆にアルスに押し掛けた人々の可能性もある」
俺の声に、セレーナはなんとか首を縦に振る。
「ともかく、下の様子を探ろう」
俺は近くで控えていたエリクに視線を送る。
「悪いが、スライムたちで遺骨を集めておいてくれるか?」
するとエリクと周囲のスライムたちは、階段にあった遺骨を運んでいく。
とりあえずは倉庫の隅に置いてもらい、あとで埋葬するとしよう。
手早く骨を片付けていくスライムたちを尻目に、俺たちは階段を下っていく。
一分ほど下ると、通路のような場所が見えてきた。
通路の床には、粉々になった白骨が四散しているようだった。
何者かが砕いたのか、自然にこうなったのかは分からない。
廊下へ下りると、セレーナは周囲の光景に顔を青ざめさせる。
「誰がこんなことを……」
足元が人の遺灰で埋め尽くされている……そう思うと、俺もぞっとする。
だが、一方のエリシアは慣れているのか、冷静な顔で周囲を確認する。
「服も燃え尽きているようですね……金属も不自然に溶けている。燃やされたのでしょうか……あ」
エリシアは廊下のある一点に目を留める。
そこには金属製の勲章のような物が落ちていた。
「……あれは!」
セレーナは急ぎその勲章を拾い上げる。
「ティアルス州総督グレゴス・ヴィリアス・ベルデス……総督職を示す勲章だ」
「ということは、ここの者たちはアルス島からの避難民ってことか……」
俺の言葉にセレーナは頷き、顔を曇らせる。
自分の命と引き換えに、少なくとも街の人間は逃がすことができたと思っていたのだろう。
「ちゃんとあとで埋葬しよう、セレーナ……今は進むんだ。なんで彼らが死んだか分かるかもしれない」
「……はっ」
セレーナは力強く頷いた。
俺たちは、再び廊下を進んでいく。
光球で前方を照らしながら、何かないか床や壁に目を凝らした。
だが、しばらく歩くと、俺は前方にある無数の魔力の反応に気が付く。
光球でそこを照らすと、そこには鈍く光る金属が。
「これは……鎧?」
エリシアの言う通り、そこには大きな鎧が立っていた。しかも一体ではなく何体も。彼らは綺麗に整列していた……後ろの方まで見ると、百体以上はいそうだ。
一方でセレーナは唖然としていた。
「ガーディアン……」
鎧は、魔導具であるガーディアンだったか。命令を解し行動する人形。古代では、戦闘や警護に利用されたと聞く。
ガーディアンは動きを封じられ、人々を守れなかったのだろうか?
いや……こいつらはまだ、動けるはず。
鎧の中には、今もぼんやり魔力が残っている。ガーディアンの心臓部である魔核の反応だ。
「セレーナ。あのガーディアンは魔鉱石でできているのか?」
「は、はい。恐らくは、扉と同じオリハルコンです」
「そうか……なら、ゆっくり後退するぞ」
「まさか……動くと?」
「ああ。状況からして、アルスの人々を殺したのは、この……遅かったか」
鎧は突如、兜の中央に紫色の光をぼうっと宿す。
セレーナがとっさに声を上げる。
「第六軍団長のセレーナだ! 私の言うことを聞け! ──っ!?」
しかし鎧たちは俺たちに手を向けると、矢や炎の魔法で攻撃してきた。
セレーナは信じられないといった顔をする。
「な、なぜ、言うことを聞かない!?」
「《闇壁》! ──俺が闇の紋章持ちだからってことはないよな?」
前方に闇属性の魔力の壁を展開し、俺はセレーナに訊ねた。
「は、はい! 彼らは基本人間を襲いません。人間を攻撃するのは、主人の命令でだけ……」
「つまり、壊れているってことか」
エリシアが剣を構えながら呟く。
「百体も壊れるものでしょうか?」
「そ、そんなことはあり得ない。そもそも、主人の言うことを聞かないなんて」
セレーナはもう何が何だか分からないといった様子だ。それだけガーディアンというのは忠実で知られていたのだろう。壊れたという話も聞いたことがないのだ。
となると、何かしらの要因でガーディアンたちは操られているのかもしれない。
「セレーナ。ガーディアンに何か変わった様子はないか?」
「特に……いえ! 兜の光が赤ではなく、紫色でした……ですが、どうしてかは」
「闇魔法は黒か紫色の光が多い。もしかしたら──ああ、やっぱり」
魔力の流れを注意深く観察すると、ガーディアンの魔核の周囲が闇属性の魔力で覆われているのが分かった。
「もしかして、闇の魔法で操ることができるのか?」
──悪魔……そんな魔法を知っているか? おい……
だが、悪魔は何も答えない。
強情な奴だ……もう二度と聞かないぞ。
ともかく、闇の魔力さえ取り除ければどうにかなるだろう。
「エリシア、セレーナ。しばらく、守りは頼めるか?」
セレーナはこくりと深く頷く。
「もちろん! 火と矢など、私の炎の前では無力です」
「いざとなれば、私が剣で」
「ありがとう、二人とも……じゃあ、任せる」
俺は《闇壁》を解除する。
「はっ! 《炎壁》!」
すぐにセレーナが前方に分厚い炎の壁を展開した。
攻撃は防げている。鎧が突っ込んでこなければ大丈夫だろう。
一方で俺は目を瞑り、魔力を探ってガーディアンの魔核の位置を捉える。
その魔核に、俺は《転移》で次々と闇の魔力を送った。
魔核についた闇の魔力を、俺は自分の魔力で押しのけようとする。
だが、魔核にしっかりと結びついているようで、取り除けない。
ガーディアンの攻撃も止む気配はない。
取り除くことはできないか。
……ならば、飲み込むまでだ。
俺は更に多くの闇の魔力を魔核に送っていく。
そして魔核に付いた闇の魔力を飲み込むように動かしていった。自分と魔核の魔力が一つになったのを確認し、俺はそれを霧散させた。
魔核から次々と闇の魔力の反応が無くなるのを確認して、俺は目を開く。
「……どうだ?」
「これは……」
セレーナは攻撃が止んだことに気が付いたのか、《炎壁》の展開を止める。
すると、そこには赤色の光を兜に宿したガーディアンが立っていた。
なんというか人間みたいな動きをしており、何が起きたか分からない様子だった。
セレーナが再び口を開く。
「私は第六軍団長セレーナだ! グレゴス総督は亡くなった! お前たちの所有権は、今よりこの第六皇子アレク様のもとに移る! いいな?」
ガーディアンたちは、その言葉に一斉に膝をついた。
どうやら、俺たちの支配下に入ったようだ。
セレーナはふうと息を吐く。
「よ、よかった……しかし、どうして」
「誰かが、ガーディアンを操ったんだ……そして扉を閉じ、殺した」
俺がそう言うと、セレーナは唇を噛み締める。
「黒衣の女でしょう……私は結局、あの女から何一つ守ることができなかった……」
悔しそうに言うセレーナ。
黒衣の女か。
強力な闇魔法の使い手だったのは間違いない。そして恐らく人間ではないのだろう。悪魔か魔物か……
今も生きているかは分からないが、警戒は必要だな。
「ともかくセレーナ。まずはここの遺骨を回収して、埋葬しよう。鉱山へはそれからだ」
「はっ……」
俺たちは遺骨を集め、一度地上へ戻るのだった。
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