第10話 廃嫡(好都合!)
皇帝の間へと入った俺は紫のカーペットの上を歩き、玉座へと向かう。中にいた皇族や貴族は、皆俺を怪訝そうに見つめていた。
次第に、玉座に座る皇帝と側近が見えてきた。
また玉座の前では、俺と同じぐらいの子供たちが跪いている。ルイベルと、その取り巻きたちだ。
ルイベルがいるということは、碌なことにならないな……
ともかく俺は、皇帝の前で跪く。
「アレク。ただ今参上いたしました」
「面を上げよ、アレク」
顔を上げると、そこにはたいそう立派な白髭を生やした偉丈夫が玉座に座っていた。
この男こそが、俺の父であり、神聖ルクシアの皇帝フラティウスだ。
紋章を授かる前は俺を寵愛していたが、今ではこうしてまるで汚物を見るかのような目を向けてくる。
一方で、ルイベルは皇帝の一番のお気に入りとなった。
ルイベルは闇魔法ですぐに行方を眩ます俺に会えず、紋章を授かる前の鬱憤を晴らすことができなかった。だからこうして、皇帝に俺を呼ばせたのだろう。
皇帝は、やはり怒るような声を響かせる。
「アレク、ルイベルより聞いたぞ……今まで、ルイベルを虐めていたようだな?」
すかさずルイベルが声を上げる。
「陛下! どうか、あまり兄上を責めないでください! 兄上は呪われた紋を授かったばかり!」
「ルイベルよ……お前は本当に優しい子だな。今まで、その優しさのために涙したこともあっただろう。翻って、アレク。お前は、罪深い行いをしていたから、呪われた紋を授かったのだ」
本当に、ルイベルに何かをしたことはない。
まあ、紋章を授かる前に俺への劣等感を抱いていたのは事実だろうが……
ともかくここで反論しても時間の無駄だ。
皇帝とルイベルはとにかく俺を悪者にしたいのだから。向こうも、ただ謝罪させたいだけではない。
皇帝はすぐにこう告げる。
「アレク。お前を廃嫡の上、ティアルス辺境伯に任ずる」
つまり、俺はもう家督を継げない。皇帝にはなれないということだ。
ルイベルは俺を見て、ニヤリと笑う。
ざまぁ見ろとでもいわんばかりだ。
俺にとっては悪いこと。皆、そう思うだろう。
だが、俺にとっては歓迎すべきことだ。
やり直し前、帝国は兄弟たちの継承権争いで内部分裂していた。外国からは攻められ、帝国は瞬く間に荒廃していった。帝都の大反乱は飢える民衆の手によって引き起こされた。
そんな帝都から逃れられる。
分裂後は軍備を増強しておいて静観、勝ちそうな奴につけばいい。
まあ、やり直し前ももともと蚊帳の外ではあったが。
しかし、ティアルス……どこだったっけ?
辺境伯ということは、国境沿いの土地だろうが。
ちょっと聞き覚えのない地名だ。
ともかく、俺に拒否権はない。
処分としては重い気もするが、ルイベルが懇願したのだろう。自分で手を下せないなら、父に手を下させようと。
あとは、紋章を授かった時に笑って強がったのが、微妙に影響しているのかも……まあ、俺としてはいいほうに転んだわけだが。
そんな中、突如高い声が響く。
「畏れながら、陛下」
「うむ? ……お主はイリューリア辺境伯の」
皇帝が目を向けた先には、長い白銀の髪の女の子がいた。
ユリス・イリューリア。俺の婚約者だ。
「ユリスと申します。畏れながら陛下。アレク殿下は、そのようなことをするお方ではありません。とてもお優しく、ルイベル殿下にいつも優しい声をかけておいででした」
それが事実だ。
事実なのだが……
なぜ、ユリスはこんなことを。
俺以外……いや、俺ですら望んでなかった言葉だ。
やり直し前のユリスは、俺がちょうど引きこもり始めた十五歳ぐらいから、行方を眩ませた。
呪われた者との婚約が苦になったと、皆噂していた。
だが実際は失踪直前、皇帝とイリューリア辺境伯が無理やり俺との婚約を破棄させ、ルイベルと結婚するようにしたのが原因……と俺は思っている。
とっさに、後ろから声が上がった。
「ユリス! お前、何と失礼なことを! 陛下、ルイベル殿下、失礼いたしました!」
その場で跪くのは、イリューリア辺境伯だ。
しかし、皇帝はユリスを怒鳴らない。
ルイベルと言えば、呆気にとられた表情をしていた。
【聖女】の紋章を持つ者は、品行方正と信じられている。神殿がそう、人々に言い聞かせているのだ。
だから、【聖女】が嘘を吐くことはあり得ない。
……俺は信じてないけど。
というのは、【聖神】を持つ者も嘘を吐かない高潔な人物とされている。
でも、ルイベルは嘘を吐いている。
しかも、高潔でもない。大人になるにつれ、捕虜や魔物を残酷な殺し方をして楽しむ。
まあもともと、神殿の教えを俺は信じてないんだけど。
それはさておき、神殿の教えからすれば【聖女】と【聖神】の意見が衝突するのはよろしくないわけだ。
皇帝もやっかいなことになると感じたのか、こんなことを言う。
「ま、まあ子供たちの言うことだ……それで、アレク。どうなのだ?」
「謹んでお受けいたします」
「う、うむ。せいぜい励むがよい。それでは、この話は終わりとする」
こうして俺は、ティアルス辺境伯となるのだった。
去り際、ユリスの寂しそうな視線に気が付く。
やり直し前の俺は分からなかったが、ユリスは俺を憐れんでくれていたのかもしれない。
少し救われた気がした俺は、心の中でユリスに礼を言うと、そのまま皇帝の間を出ていくのだった。
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