第9話 お金稼ぎと今後

 エリシアに眷属兼メイドになってもらった翌日。


 俺は、競馬場に来ていた。


「ホーリーシャドウ!? ホーリーシャドウだ!! 外からホーリーシャドウが入る!!」


 風魔導具の拡声器から、そんな声が響いている。


 俺もすっかり芝生を走る馬たちにくぎ付けになっていた。


 一匹の黒い馬が今、先頭グループをごぼう抜きにしていく。


 あの馬はホーリーシャドウ……このレースで一番不人気な馬だ。


 バイコーンと普通の馬の混血で、人気がない以上に嫌悪されていた馬でもある。


 今日は、そんなホーリーシャドウのデビュー戦だった。

 ルクシアの競馬史に残る、名レースの日でもある。


 競走馬でもユニコーンが人気かつ強い傾向であったこのルクシアで、普通の馬と呪われたバイコーンの間で生まれ子が圧倒的な勝利を収めたのだから。


「ホーリーシャドウ、伸びる! 誰も追いつかない──ホーリーシャドウ!! ホーリーシャドウ、ゴールイン!!」


 悲鳴のような実況の声と、怒声混じりのどよめきが起こる。


 観客席の者たちは紙くずとなった馬券を細切れにして、紙吹雪のように宙へ舞い上げた。


「……やった」


 俺はもう一度、手に握っていた馬券を確認する。


 そこには、一着ホーリーシャドウの文字が。


 しかも三連単──二着と三着も的中だ。


 ここに来る前に、俺は自室の陶器を売って金を得た。


 その金で買った馬券だが……


 帝都で家が数軒買えてしまえそうな金額になった。別の国に逃げて、一生一般市民としても生きていける金額を得たのだ。


 俺は思わず、やり直し前に大勝ちした時のように声を上げた。


「やったっ!!」

「おめでとうございます! さすがアレク様! こんなことを見通せるとは!」


 ぱちぱちと拍手して称えてくれるのは、メイド服のエリシアだ。


「ちょ、ちょっと知識はあったからね」


 やり直し前の数年は、特に競馬に嵌っていた。


 過去のレースを調べるほどには熱中していた。


 当然、この歴史的な一戦も記憶していたわけだ。


「それにしても……賞金以上にいいものを見せてもらったよ」


 この後、ホーリーシャドウの天下が一年に亘って続く。


 しかし、一年後、バイコーンの子というのを快く思わない人間に殺されてしまうのだ。


「こんなに元気なのにな……」


 闇の紋章持ちとしては、死んでしまったこのホーリーシャドウに色々と思うところがあった。


 ふと頭によぎるのは、今の俺ならホーリーシャドウを助けられるんじゃないかということだ。


 俺は、これから起こるできごとを知っているのだから。


 もちろん、俺の行動が変われば、そのできごとが変わっていく可能性もあるが。


「時期が来たら……手を尽くしてみるか」


 そんなことを考えながら、俺は換金所で馬券を賞金に換えた。


 樽一杯に入った硬貨……俺ではとても持てる量ではなかったので、エリシアがひょいっと受け取ってくれた。


 姿は変わったが、オークの血を引いているだけあって力持ちだ。


「すごい量ですね……」

「ああ。しばらく、お金には困らないな。このまま持って帰るわけにもいかないから、仕舞っていこう」

「仕舞う?」

「こっち」


 俺は人気のない場所で、エリシアの持っていた賞金の入った樽を《パンドラボックス》に収納する。これで奪われる心配もない。銀行以上に安心な預け先だ。


「き、消えた? 大丈夫なのでしょうか」

「大丈夫。ほら」


 俺は手に、《パンドラボックス》から取り出した硬貨を山積みにする。


 お金は何より重要だ。

 こんなにはもう稼げないが、またホーリーシャドウに賭けにこよう。


 硬貨を《パンドラボックス》に戻す中、エリシアは唖然としている。


「こ、こんな魔法まで」

「一応、誰にも口外しないようにね」

「もちろんです! 私は、アレク様に絶対的な忠誠を誓っていますから……この身が朽ちるまで、殿下にお仕えいたします。殿下のお言葉は絶対です!」


 エリシアは恍惚とした表情で言った。


 以前は俺と変わらない背丈の魔族だった。

 だが今は、どこからどう見ても、文句のつけどころのない美女。

 ロングスカートのメイド服が良く似合う。


 最初は宮廷で嫌味を言われるのではと思ったが、【聖騎士】の紋章ということ、そして宮廷には人間として俺が話を通したため、エリシアが馬鹿にされることはなかった。


 ともかく、エリシアは俺に恩を感じているらしい。

 やりなおしについては明かせないが、魔法についてはいくらか話をしている。


「あ、ありがとう。とりあえず、宮廷に帰ろうか」

「はい……うん?」


 エリシアは、こちらに迫る足音に気が付く。


「こっちだ! こっちに大勝ちしたのがいる! 今日のはガキだから余裕だ」

「へへっ! しかも、女のほうはめっちゃ綺麗だったぜ? 女もいただくか!」


 どうやら、俺の受け取った賞金を盗もうとしている輩がいるらしい。


「エリシア、転移しよう」

「ええ。ですが、一発制裁をしていたほうが」

「たしかに、痛い目にあったほうがいいかもな」


 口ぶりからするに常習犯だろう。


「私にお任せください」

「いいの?」

「殿下が魔法を使うまでもありません」


 そう言って、エリシアはロングスカートの下に忍ばせていた剣を取り出した。


 そんな中、曲がり角から五人の男が出てくる。


「こっちのはずだが……ああ、いたぞ!」

「こいつ、一丁前に剣なんか持ってやがる」

「あんな細い剣、何の役に立つ。さっさとやるぞ!」


 男たちは皆、腰から曲刀や短剣を抜き出すと、こちらに迫ってきた。


 一応、俺も手を構えておく。


 だが、エリシアは男たちの中へ突っ込むと、瞬く間に男たちの武器を弾き落としていった。


「な、こいつ……んべっ!?」


 振り返った男たちは皆、顔と股間を剣の鞘で殴られる。


 ばたばたと、五人はあっという間に倒れるのだった。


 強い……


 エリシアの紋章【聖騎士】は聖属性の魔法だけでなく、戦闘技術にも恩恵がある。


 また、墓地での経験もあって、エリシアは戦闘慣れしているようだ。

 現在十五歳のエリシアは、五歳の時にあの修道院に預けられた。紋章を授かった七歳からはずっと墓地でアンデッドと戦っていたという。


 俺としては強力な護衛にもなってくれるわけで、とても心強い。


 エリシアは剣を鞘に戻すと、俺の前で頭を下げる。


「お見苦しい物をお見せしました」

「いや、見事だったよ。それじゃあ、帰ろうか」

「はい。えっと」

「《転移》で帰ろう」

「は、はい……失礼します」


 エリシアは俺の手をぎゅっと握った。背が高いので、俺はちょっと手を上げないといけない。


 行きで宮廷と競馬場の距離は《転移》できるのを確認している。

 体に触れた者と一緒に《転移》できるのも実証済みだ。

 

 逆に、俺が近くにいたエリシアをどこかへ《転移》させることもできる。帰らせることはできないが。


 それはともかく、なんかエリシアの手汗がすごい……


 見ると、エリシアは顔を赤くしていた。


「エリシア? 調子が悪いの?」

「い、いえ。そんなことは! 殿下がそのあまりにも……何もありません!」


 真っ赤な顔で首をぶんぶんと振るエリシアに俺は答える。


「な、何かあったら言ってくれよ。それじゃあ《転移》──到着」


 競馬場から、一瞬で宮廷の自室に《転移》できた。


「行きも驚きましたが……」

「俺も驚きだよ。まさか、この距離を一瞬とは」


 宮廷から競馬場までは、歩きで三十分の距離だ。


「まだまだ遠くに《転移》できるかもしれない……これなら、もっといろんな場所にいけるかもな」


 軍資金も手に入った。心強い護衛もいる。


 俺としては、ずっとこの宮廷に住むつもりはない。やっぱり、ここは居心地がよくないのだ。


 だから領地とまではいかなくても、どこか静かな場所で家を買って、そこで自由に生きたい。たまに旅行とかして。


 そのためにはやはり金が必要だ。領地は、帝位継承権を放棄すれば、どこかしらもらえるだろうが……ともかく、もっとお金を稼いでおいて損はない。


 一方で皇族は何かと狙われやすい。力もつけなければいけない。


 となれば、やはり闇魔法を鍛えていくとしよう。


 そんな中、こんこんと扉からノック音が響いた。


「アレク殿下! 皇帝陛下が至急参られるようにと!!」


 やり直し前では、起きなかった出来事が起きるのだった。

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