第8話 専属と眷属
スケルトンドラゴンがいなくなったおかげか、周囲から完全に闇の魔力が消え去った。
墓地を闇属性の魔力で満たし、アンデッドを生み出していたのはアンデッドドラゴンだったか。
ともかく倒せたけど……
エリシアは天を仰ぎ、口をぽかんとさせていた。
「な、何だったんだろう……」
俺は苦し紛れに呟くが、今更もう遅い。
エリシアはあなたがやったんでしょうと言わんばかりに、じいっと見てくる。
まずい、怖がらせちゃったな……
こいつの使用人なんてとんでもないと思われてそうだ。
そうこうしている内に、神殿や修道院で働く者たちが集まってくる。
どう、説明しよう……ともかく。
「ご、ごめん、怖がらせるつもりは」
「怖がってなど……いません」
エリシアはそう言って、俺の前に膝をつく。
「どうか、殿下に仕えさせてください。私を、あの竜から解放してくださった、あなたに」
まっすぐな視線を俺に向けてエリシアは言った。
どれぐらいの期間、エリシアがここで働いていたかは分からない。それでもさっきの表情を見れば、ずっと辛かったことは察せる。
「エリシア……いいのか?」
「はい。どうか私を、殿下の”専属”にしてください」
<エリシアを~んぞくにしますか?>
真面目な場面で復唱しないでよろしい。するに決まっているだろ……えっ。
<エリシアを眷属にします>
悪魔の声が響いた瞬間、エリシアの体が光り出す。
「お前、何を──なっ!? え!?」
そこにいたのは丸々としたエリシア……ではなく、長いブロンドの髪を伸ばした、背の高い碧眼の美女だった。
「え? 視界が高い……あれ?」
美女は自分の体に視線を落とす。
体に密着した修道服が、すらっとした体と大きな胸を際立てる。丈はミニスカートのようになり、白く長い美脚が露になっていた。
修道院に勤める者としては、ずいぶんと……扇情的な見た目をしていらっしゃる。
というかこの修道服、エリシアのじゃ?
「で、殿下? これは一体?」
美女はきょとんとした顔で俺を見る。
エリシアの線のような目ではなく、ぱっちりとした目で。
状況的に、この美女がエリシアなのは間違いない。
俺は目を瞑り、悪魔に問う。
……お前のせいだな?
<え? どう見ても、”眷属”にする流れじゃ?>
俺は、”専属”って言ったんだ。
<同じ意味じゃないんですか?>
違うだろ……そもそも、その眷属ってのはなんなんだ?
<うーん、どうしようかっな~>
答えなければ、今後お前と口を利くことはない。
<ご、ごめんなさい!! なんでも答えますから!!>
すんなりと折れたな……悪魔としてのプライドとかないのだろうか。
<ええっと、眷属化魔法は、人間が魔物に使う従属魔法のようなものです! ですが違うのは、対象が生物なら何でも従属させられます! いや、嘘つきました! 不死の者もいけます!>
アンデッドもか。
従属魔法は、向こうに従う意思がないといけないと思ったが。
<それは、眷属化も同じです! 基本はぶちのめして、無理やり従わせる流れですね!>
口は悪いが……人間が従魔を得るときも基本的にそうだ。弱体化させ戦意を喪失させてから、魔物に従属魔法をかけるのが基本。
ともかく、相手に従う意思がないといけない。
今回の場合、エリシアが俺に従うという意思が反映されたんだろう。
<他には、従魔と違い、眷属が増えると魔力が増えます! 眷属が死ぬと魔力が減りますが!>
興味深いな。
たしか、対悪魔戦の記録で見たのは、悪魔の従者を倒すと、悪魔自身が弱体化することが知られていた。
つまり眷属がやられることで、悪魔は使える魔力を減らしていたわけだ。
<もちろん眷属も、主人の魔力に応じて魔力が増えます! また、眷属は主人の種族に近い体となります!>
たしかに、悪魔は個体によって、多様な生物の姿をしている。
しかし、悪魔とその配下を合わせた集団は皆、容姿が似るとされていた。
つまりは、エリシアは俺の種族である人間の姿に近くなったということか。もともと魔族だし、もうほとんど人間だ。
<ともかく、ここの下等な人間どもを全部眷属にしてしまいましょう! 主人はいつでもどこでも気に入らない眷属を殺せるので安心安全、メリットしかないのです! ──私が体を乗っ取った時、部下は多い方がいい……くくくっ>
心の声漏れてるぞ……
<へ!? え!? い、今のは幻聴で!>
どんだけポンコツなんだ……
ともかく、人間や魔族にほいほい使うものじゃないな。説明なしなら、尚更だ。
それで、元に戻せるのか?
<解除は、主人からであれば一方的に! または主人が死んだ際に>
そうか。なら、解除しよう。
<ええ! せっかく、駒ができたのに!>
敵対的な魔物ならいざ知らず、人間であろうと魔族であろうと無理やりは従えたくない。
<人間って変なの>
悪魔の言葉を無視し俺は目を開くと、変わり果てた姿のエリシアに声をかける。
「ごめん、エリシア……これは特殊な魔法で手違いなんだ。すぐに戻すよ」
エリシアはそれを聞いた瞬間、ぶんぶんと首を横に振る。
「え? い、いや……じゃなくて大丈夫です! ……どうか、このままに!」
どうやら新しい姿がいいらしい。
まあ、いつでも解除ができるなら……
「そうか。ともかく、本当に専属になってくれるんだな?」
「はい! どうかよろしくお願いします!」
「ありがとう、エリシア。こちらこそ、よろしく頼む」
こうして、エリシアが俺に仕えてくれたのだった。
神殿の者には、エリシアから先ほどの事態を説明してくれた。墓地に眠っていた強大なアンデッドが出たと。
ただしアンデッドが自滅したと言ってくれた。俺が倒したとなると、色々変な噂が立ってしまう。リーナもエリシアと話を合わせてくれるようだ。
また、墓地は浄化されたため、エリシアも俺の使用人となる許可が下りた。
姿が変わったのは、呪いが解けたみたいなことを言ったらしい。あの墓地は呪われているとされている場所だったので、皆納得したようだ。
俺はエリシアを伴い、修道院の出口に向かう。
そして見送りに来てくれたリーナに別れを告げた。
「じゃあな、リーナ。今日は、案内してくれてありがとう」
「ううん。私も本当は一緒に行きたいんだけどな~。面白そうだし。でも、面倒を見ている子供たちがまだ小さいからね」
「急がなくても、俺ならいつでも歓迎するよ。でも、将来のことはよく考えたほうがいい」
「言われなくたって考えてます! 私はこれから、アレクが言っていた言葉を信じて、剣を鍛えてみるよ!」
「おお、そうか。でも、怪我はしないようにな」
俺が言うと、リーナはうんと元気よく頷いた。
「エリシアさんも元気でね!」
「リーナも元気で」
エリシアは手を振って答えた。
「それじゃあ、行こうか」
「はい、殿下!」
こうして俺とエリシアは、宮廷へと共に向かうのだった。
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