第7話 墓守
「ほうほう……興味深いな」
俺はリーナと共に歩きながら、途中で会う人々の闇の紋章を見ていた。
【夜目】は、夜の視界に恩恵がある。【黒槍】は槍の扱いに恩恵がある。
他の属性の紋章と同じく、魔法だけに恩恵があるわけではないようだ。
中には、【暗雲】という闇だけでなく風魔法にも恩恵がある紋章を持つ老人もいた。
皆、色々な紋章を持っているな……
そんな中、リーナが俺の顔を覗き込む。
「敷地は全部回ったかな」
「おお、そうか。ありがとう」
「どうだったー? 良さそうな人いた?」
とはいえ、紋章で使用人を選ぶわけじゃない。
特段、執事やメイドに向いた紋章を持つ者はいなかったし。護衛としてなら魅力的な者はいっぱいいたが。
とにかく片っ端から声をかけて、使用人になってくれないか聞くつもりだ。
もちろん、俺の立場も伝えての上だ。
「俺としては誰でも……そもそも、誰もなってくれない可能性もあるからね……うん?」
そんな中、俺は一人の修道服を着た者がいることに気が付く。
柵で囲まれた広大な平野にいくつもの十字や丁字型の墓標が立っている場所。リーナには案内されてない場所だ。
そこでは修道服の者が一人、スコップで土を掘っていた。
「あれは……」
よく見ると、顔が人間ではない。
鼻が大きく豚のような顔をしている。
体も丸々としており、子供のように背が低い。
オーク、あるいは人間とオークの間で生まれた魔族だろう。魔物はここにはいれないので、魔族に違いない。
リーナが口を開く。
「エリシアさんね。墓守のエリシア」
「墓地の管理を?」
「うん。私が来る前から働いているみたい。エリシアさんが気になるの?」
「え? いや、まだ紋章を見てないなって思って」
「ああ。でも、エリシアさんの紋章は闇じゃなくて、聖の紋章だって言ってたよ」
となると魔族ということで、ここで暮らしているわけか。
リーナは思い出したのか、顔を明るくする。
「たしか……【聖騎士】だった!」
聖の紋章でも、弟のルイベルが持つ【聖神】や、婚約者のユリスの持つ【聖女】に並ぶ、強力で珍しい紋章だ。
「ああしているときは怖い顔してるけど、いい人なんだよ。神殿の人には、よく悪口を言われるけど。いつも話しかけると笑ってくれるんだ」
「へえ」
悪口には慣れているか。
条件が合えば、専属になってくれるかもしれない。
「よし、ちょっと話してくる」
「あ、待った。そこからは危険!」
「え?」
「ここはね。私たちのような闇の紋を持った人間や、魔族や魔物が眠る場所なの……そのせいか、アンデッドがよく出るの……ほら」
ぼうっと、火の玉が墓地に現れた。
あれは、ウィスプというアンデッドだ。
ウィスプは土を掘るエリシアに近付いていく。
「危ない!」
「大丈夫」
リーナがそう言うと、エリシアは振り返り、手から光を放った。
光を浴びた火の玉はすっと消えていった。
エリシアはそのまま何もなかったかのように、土を掘り始める。
【聖騎士】ともなれば、聖の魔法は使えるか。そもそも使えるから、ずっとこうして”墓守”をしているわけだ。
リーナが俺に言う。
「エリシアさんは無理だと思うよ? エリシアさんだから、まだ墓地のアンデッドが少ないって話らしいし」
「でも、一応話だけでも……うっ」
墓地に足を踏み入れた瞬間、体が押しつぶされるかのような錯覚を覚える。
よく意識を集中させると、墓地の土からは闇属性の魔力が漏れ出ていた。
場所によっては、魔力がすでに属性を帯びていることが珍しくない。火山には火属性の魔力が、海には水属性の魔力が漂っていたりする。
「これはアンデッドも出るわけだ……」
悪魔がアンデッドを召喚する魔法を使うことはよく知られている。
道具か何かは知らないが、この闇の魔力を使いアンデッドが生み出されているのだろう。
「よ、よく入れるね、アレク」
「ああ。だけど、リーナは待っていたほうがいい」
「う、うん! 気を付けてよ!」
俺は一人でエリシアのもとに向かう。
「えっと、エリシア?」
「はい? あなたは……」
エリシアは俺に振り返る。
リーナの言う通り、確かに笑顔を浮かべている。だけど、どこか暗そうな表情だった。
「アレクだ」
「アレク……様」
エリシアは俺の胸の勲章に気が付くと、すぐにその場に跪こうとした。
「待った、そのままで大丈夫」
「ですが……」
「本当にそのままで大丈夫だから。今日は、お願いがあってきたんだ」
「お願い?」
「ああ。俺の専属の使用人になってほしい」
その言葉に、エリシアは時間が止まったかのように静止する。
「エリシア?」
そう問いかけるも、エリシアはきょろきょろと左右を見やった。
「私が、皇族の方の使用人? なぜ、私に?」
エリシアは怯えるような顔で俺を見る。
何かの実験材料にされるのではと、不安になっているようだ。
……言葉よりも見せたほうが早いな。
「なってくれる使用人が見つからないんだ。この紋章のせいで」
「それは……闇の紋ですね」
嫌そうな顔をしないのは、ここでは闇の紋章を持つ者のほうが多いからだろう。
エリシアは事情を察したようだ。闇の紋章を持つ者は、世間で忌み嫌われる。俺もそうなのだろうと。
「なるほど。殿下の仰せであれば、私に断ることなど」
「無理にとは言わない。この契約書の条件に納得してもらって、なおかつ闇の紋を持つ皇子ということを分かってくれての上ならいい」
「条件などそんな……ですが、殿下。おそらく、神殿がお許しにならないと思います」
「神殿が?」
「はい。私がいなければ、この墓地からアンデッドが外に漏れ出てしまいます。ここには、私や神殿の方が全力を出しても拭いきれない、闇の魔力が溢れているのです」
たしかに、この地面一面に闇の魔力が蔓延している。
「なら……俺が、この闇の魔力を消す」
「え? ですが、あなたは」
「今の俺ならできると思う……きっと」
俺は地面に向かって手を向けた。
すると、一斉に地面の魔力が俺に集まってくる。
「ま、魔力が!?」
エリシアも魔力の動きに気が付いたようだ。
これだけの魔力が、俺に……
使い方を間違えれば、帝都に大損害を与えてしまう。
そんな魔力だった。
俺はこの魔力を自身の《パンドラボックス》へと収納していく。闇の魔力は地面からどんどんと吸い上げられていった。
「地面が……」
エリシアは周囲を見て驚愕する。
闇属性の魔力で覆われていた地面が、瞬く間に明るくなっていったのだ。
聖では、闇を消すことしかできない。
しかし闇魔法を扱う者なら、闇の魔力を動かせるというわけだ。
もう少しで、すべての闇の魔力を吸収できる──うん?
俺は吸収されない魔力に気が付く。
それは地面の中で蠢いて……やがて土から飛び出してきた。
「こいつは!?」
出来てきたのは、形を保ったままの巨大な白骨。
いわゆる、スケルトンドラゴン。不死の存在と化した竜だ。
「殿下、逃げて!! ここは私が!!」
スコップを構えるエリシア。
だが、こいつを出したのは俺だ。
俺は、低空を滑空するスケルトンドラゴンに手を向ける。
スケルトンドラゴンは口の部分に紫色の光を蓄えていた。
「強力な魔力……しかし、こっちにはこれがある」
《パンドラボックス》を俺は開き、先程出した闇の魔力を手に集める。周囲の魔力も闇に変えれば……
「──《黒弩砲》!」
俺の手から、漆黒の波動が放たれた。
スケルトンドラゴンもその波動に、紫色の光を放つが……
「殿下、無茶です……えっ!?」
エリシアは、スコップを手から滑り落として言った。
俺の放った闇魔法はスケルトンドラゴンを瞬時に消し去る……どころか、空高くどこかへと飛んでいった。
ぽかんとそれを見上げるのは、エリシアだけでなく俺もだった。
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