第6話 紋章の解読

 宮廷の外にある森に、俺は転移した。


「よし。では、専属の使用人を雇いにいきますか。行くなら……」


 だが、闇の紋章を持つ俺に仕えてくれるのは、問題のある人物だけ。


 すぐに辞められる可能性もある。


 別にいいのだが、せっかくなら同じ境遇の者を仲間にしたいと思った。境遇が似ていれば、友人にもなれるかもしれない。


 つまりは、闇の紋章を持つ者。あるいは人間と魔物の混血である魔族でもいい。


 純粋な魔物でもいいのだが、ルクシアでは人に仕える魔物は奴隷階級と定められている。


 奴隷を皇族の専属には、さすがの侍従長も許さないだろう。


 だから向かうのは奴隷商ではなく……


「着いたな」


 俺の前には、白く輝く大理石の神殿があった。


 帝都でも一番大きな神殿で、世界の人間の殆どが信じるルクス教の教皇がおわす場所だ。


 国中の貴族が祈祷と寄付に訪れる場所。


 そこには、恵まれない人々が働く修道院もある。


 俺は洒落た門の前に立つシスターに声をかけた。


「どうも、シスター」

「子供? どなた?」

「第六皇子アレクだ。修道院の者を、召し抱えたい。中を回らせてくれないか?」


 シスターは、俺の胸にある皇族の勲章に気が付く。


「アレク……アレク様」


 シスターは目を瞑ると、天を仰いで手を合わせた。


「闇の紋を授かったアレク様にどうかご慈悲を……どうぞ、お通りください」

「どうも」


 ……別に憐れに思われるのは慣れている。

 それに、闇魔法は便利だから全く傷つかない。


 俺は神殿の脇の舗装道を通り、奥にある修道院の敷地に入った。


 ここでは闇の紋章を授かったために家から追放された者たちが、神殿の物資を生産している。主に食材、道具などだ。


 質素な家や工房に、畑や果樹園が見える。

 壮麗な建築が立ち並ぶ帝都でも、牧歌的な場所だ。


 道を歩いていると、さっそく一人の修道服に身を包んだ女の子が声をかけてきた。


 茶髪の明るそうな表情の女の子。

 年は俺より少し上ぐらいか。


「あれ? 新入り君?」

「いいや、違うよ。仲間のようなものだけど」


 俺はそう言って、手の甲の黒い文字を見せた。


「本当だ、仲間だ!」


 女の子も手の甲を見せてくる。


 解読不能の、黒く蠢く文字……しかし、今の俺にはくっきりとした絵と文字に見える。


 不思議なことに、闇の紋章に闇の魔力を吹かすと、俺にも理解できる絵と文字になるのだ。


 自分の紋章は、【深淵】というらしい。


 絵は、黒い丸のようなもの。

 名は分かったのだが、効果は分からなかった。


 他の闇の紋章も気になったので、それを調べるのも今回の目的だ。


 俺は女の子の手の甲に目を凝らす。


「これは……剣か。【夜刀】」

「剣?」

「ああ。君の紋は闇だが、剣を扱うことに長けるようだ」


 【夜刀】……【剣聖】の闇版みたいなものかな。

 闇属性の魔法と剣技に恩恵があるのかも。 


 それを聞いた女の子は、自分の手の甲をまじまじと見つめる。


「へえー、君、すごいことわかるね。まあ、たしかに喧嘩は強いけどね! 棒持ったら、私負けないもん!」


 腕をまくり、にかっと笑う女の子。本当に明るい子だ。


「そうか……そういえば、名前は?」

「リーナ! 君は?」

「アレクだよ。そうだ、リーナ……」


<リーナを眷属にしますか?>


 突如、悪魔の声が頭に響いた。


 ……勝手に話を進めるな。


 恐らく、眷属とは従属魔法を使われた魔物──従魔のようなものだろう。


 うん、待て? 


 リーナはどこからどう見ても人間だ。

 それに、もし人間と魔族の混血である魔族だとしても、従魔にはできない。


 つまり、眷属は従魔と違う? 

 人間や魔族も従えることができるのだろうか?


 ……悪魔。眷属ってのは?


<えっ!? 私の声に反応した!>


 いいから、眷属について教えてくれ。


<どうしよっかな~。あんたが……あ>


 俺は悪魔への集中を遮断する。


 眷属は気になるが、リーナはまだ子供だ。

 人間や魔族を眷属とやらにできたとして、それはしたくない。


 とりあえず、メイドにこの子を採用しても良かったが……


 専属といえど、宮廷では他の使用人とも会うことになる。紋章のことで、子供に嫌な思いはさせたくない。


「ところで、アレクは何しにここに?」

「執事かメイドになってくれる人を探しに来たんだ」

「なら、私が案内しよっか?」

「それはありがたい。頼めるかな?」

「うん! 初めての人が入ると大変な場所もあるからね! それじゃ、行こう!」


 俺はリーナに修道院を案内してもらうのだった。

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