第5話 宮廷の外へ出よう!

「結構な数の術式ができてきたぞ」


 転移魔法が成功した後、いくらか闇魔法の術式を編み出してみた。


 まずは《火球》や《氷槍》などを真似た、闇属性の魔力そのものをぶつける攻撃。


 シンプルだが、やはりこういった遠距離攻撃は強い。

 他にも壁を作ったり、拡散させたりする術式も作った。


「まあこれらは他の属性と効果は変わらないけど、こっちは──《隠形》」


 テーブルに置かれていたリンゴに手を向けると、リンゴは瞬時にその姿を消す。


 だが手を伸ばせば、見えないリンゴを触れるのが分かる。

 持ち上げてテーブルに落としてみるが、音は出ない。


 つまり、姿と音を消すことができる。

 これも《転移》同様、悪魔が使っていた。


 この魔法を俺は、《隠形》と名付けた。


「転移も組み合わせれば、自由に宮廷を出れるな……あとはこっちはまだまだ研究段階だが」


 もう一つは、魔力で見えない空間を作りそこに物を保存する魔法。


 今のところ自分が入ったりはできないが、テーブルぐらいの大きさなら仕舞える。


 こっちは、《パンドラボックス》と名付けた。

 悪魔でも、強力な者が使う魔法のようだ。


 闇の魔法は他の属性とは、一味違うな。


 どれぐらいの大きさの物が仕舞えるかは、これから要検証だ。


 今日はまずベッドを……


<《パンドラボックス》を使用しますか?>


 意識を集中させると、そんな無機質な声が響いた。


 俺の中の悪魔だ。


「わざわざ言わなくてよろしい……というか、今更喋り方変えても遅いからね?」


 すでに口が悪いことと、ポンコツな悪魔ということは分かってしまっている。


 この数日、悪魔は喚き続けた。


 だが喚き続けても無駄と悟ったのか、奇妙な歌を熱唱したり、声だけで色仕掛けをしたりと、戦術を変えてきた。ついには、泣き落としまでしかけてきた。


<……《パンドラボックス》を使いますか?>


 そうして行きついた先が、この全ての感情を失ったかのような喋り。


 俺の行動をサポートするというよりは、やりそうなことを復唱しているだけだから、うるさいだけ。


 出られないというのは、確かに絶望するだろうが……


 とはいえ、相手は悪魔。

 出すわけにもいかない。


 少し可哀そうだが無視だ。


 それともう一つ、闇魔法には面白いものが。


 その魔法を試そうとした時、コンコンと扉をノックする音が。


「入っていいぞ」


 そう答えると、白髪の偉丈夫が部屋に入ってくる。宮廷の使用人を統括する侍従長だ。


 侍従長は俺に跪く。


「殿下、申し訳ございません。殿下の専属の執事とメイド、募ってはいるのですが」

「ああ……」


 もともとの俺の執事とメイドは、ルイベルのもとに行ってしまった。


 それから俺には、専属の使用人がいない。

 いつも食事の時間になると、宮廷の使用人が食事やらを運んでくるだけ。


 俺の専属など誰もやりたがらないから、これからもずっとそうだ。


「そうか。まあ、いいよ」


 やり直し前の俺は、本当にショックだった。執事とメイドも、ずっと俺を可愛がってくれていたから尚更。


 でも今は、誰も必要ない。


 むしろ、俺の中の悪魔もどっかにやりたいぐらいだ。


 執事は首を横に振る。


「殿下の紋章のことは存じ上げませんが、皇子ともあろう方が専属がいないなどあってはなりません。引き続き、募集いたします」


 白々しい。紋章を知らないというのは嘘だ


 だが、早く専属が欲しいのは本音だろう。


 宮廷の使用人も皆、俺を怖がっている。


 だから、誰でもいいからとりあえず専属を付かせたいのだ。


「そうか……なら、自分で専属を選ぶ」

「え?」

「自分で専属を募ってくる。給金などをまとめた契約書を用立ててくれるか?」


 別に専属はいらない。

 でも、どうせなら、一つ試したいことがある。


 今日はもともと宮廷の外に行くつもりだったし。


「そ、それは構いませんが。お一人で?」

「それなら心配ない。兄上と一緒に向かう……ちょっと口に出せない場所にね」


 口から出まかせ。

 実際は一人で行く。


 五人の兄の中には、素行の悪いことで有名な者もいる。特に第四皇子ヴィルタスはお忍びで夜の街に繰り出しては、問題を起こしていた。


 まあ、俺はヴィルタスは嫌いではないのだが。


 ともかく侍従長はヴィルタスのことと思ったようで、苦笑いを浮かべる。


「そ、そういうことでしたら」

「できれば、一時間で契約書を用意してもらえるとありがたいが」

「十分でお持ちしますよ」


 その言葉通り、侍従長は数分で俺に契約書を届けてくれた。


 侍従長が去った後、内容を一応確認する。


 皇族の専属だけあって給金は悪くない。金額に関しては問題ないだろう。


「それじゃあ行きますか」


 俺は契約書をさっそく《パンドラボックス》に突っ込み、フード付きの黒いローブを着る。


「──《転移》!」


 そう言って俺は、自室から姿を消すのだった。

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