第4話 転移魔法!

「闇魔法の術式、といってもな」


 そんな術式が記載された本は、少なくともこのルクシアでは存在しない。

 多くの人間の国でもそうだろう。


 悪魔化するのが分かっているのに使う人間は、まずいないのだ


 だが一部の者、俺のように闇の紋を授かった者が、闇魔法を使った試みはある。


 しかし彼らはすぐ悪魔化してしまったから、記録など残っていない。


 やっぱり、どうして俺が悪魔化しなかったのか気になるな。


 それと悪魔なら闇魔法を知っているだろう。


 一度、俺の中の悪魔に……


 意識を悪魔の声に集中させる。


「出しなさい! 早く!! このガキ! ガキガキガ──いたっ! 舌噛んじゃった……」


 ……よし、自分で編み出そう!


 こいつに聞いても、何か変な魔法を教えられるかもしれないし。なにより、頼りになりそうな気がしない。


 とはいえ、一から術式を編み出すのは難しい。


 ならば、闇魔法を使う者と戦った記録に当たるとしよう。


 俺は書棚から、悪魔との戦いが記された本を取る。


 魔物や悪魔と戦った記録なら、それなりにある。

 やり直し前に、俺もいくらか読んでみた。


 ……興味深いのは、やはりあの魔法かな。転移。


 ある場所からある場所に瞬間移動する魔法。

 壁などの障害物があったとしても、関係なく移動できる。


 この魔法を、悪魔は戦闘や移動に使っていた。


 悪魔の使う中でも、一番厄介な魔法とされている。


 しかし、どうやって移動しているのだろうか。


 いまでこそ闇以外の魔法は研究されつくしているから、新しい術式が生み出されることもなくなった。


 だが昔、新たな術式を生み出す際は、イメージが最重要視された。


 変換した魔力をどう動かし、どう変化させるか……


 魔力を移動させても、障害物があれば当たるよな。


 では、移動する場所に闇の魔力があればどうだろうか?


 そこを足場にするイメージで、転移する。


 ……一度やってみるか。


 きょろきょろと周囲を確認するが誰もいない。やろう。


 書棚の向こうに魔力を集めるイメージをして、こちらでも魔力を闇属性に変換していった。


 そうして、書棚の向こうに転移するよう念じる。


 一応、言葉にしてイメージを固めて……っ?


 目の前の景色が変わった。書棚の本を確認するが、転移を念じた場所に来ている。


「できた、か……よし」


 早速、一つの術式を発見できた。


 あとはどれぐらいの距離を転移できるかだな。


 そんな時、図書館の外から声が聞こえてくる。


「兄上はこっちだな! さぞ兄上は傷つかれているだろう! この、聖の神のご加護を受けた僕が励まして差し上げなければ!」


 ルイベルの声だ。


 励ます、か。


 やり直し前のだいたいこの時間に、ルイベルは俺の部屋に来た。かつての俺の取り巻きを引き連れて。


 その際、俺が皇子じゃないかもしれないとか、前世は悪いことをしたんだとか、滅茶苦茶なことを扉越しから言ってきた。


 とにかく、周囲に俺とルイベルの立場が逆転したことを見せつけたいのだろう。


「ちょうどいい……試してみるか」


 最初は、自室を目標にしよう。

 

 少し遠いので難しいかもしれない。


 駄目だったら、最寄りの手洗いの個室にするか。


「兄上! こちらにおられるのですか!?」

「どうした、ルイベル!?」

「いやあ、こちらでしたか! 今、伺います!」


 笑みを含んだ声が聞こえるのと同時に、俺の視界は自室に戻っていた。


「よし、成功!」


 上手くいった。

 体に問題があるわけでも、服が置き去りになっているわけでもない。


「しかし、すごい魔法だな……」


 この転移の魔法が使えるだけで、色々なことができそうだ。


 今みたいな厄介ごとからもすぐに逃げられる。

 ルイベルは図書館の中を、かくれんぼの鬼のように俺を探しているだろう。


 そんな中、頭の中で声が響く。悪魔だ。


「は? え? な、なに今の?」

「どうした? 転移の魔法のことか?」


 そう答えると、変な沈黙が流れる。


「え、ええ……そうよね。転移、転移の魔法」


 どこか怯えるような悪魔の声に、俺は首をかしげる。


 ……これはもしかしてあれか。


 俺の中の悪魔は、悪魔の中でもあまり強くないのかもしれない。

 だから、転移の魔法があまりうまく使えないのだろう。


 同時に、俺の体を奪えないのもそれが理由か。


 つまり、ポンコツ……


 ともかく、なかなか楽しくなってきたぞ。


 この調子で、どんどん闇魔法の術式を研究していこうじゃないか!

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