第3話 そして誰もいなくなった(好都合!)

 闇の紋章を授かって宮殿の自室に戻ってきた。


 広すぎる部屋の扉を俺は閉じると、思わず声を発した。


「見事なまでに誰もいなくなった……!」


 今朝まで一緒だった同い年の貴族の子供たちは皆、弟のルイベルの近くに行ってしまった。


 とはいえ、これはやり直し前も同じ。


 しかし今回は、執事もメイドも体調不良を訴え、医務室へと消えてしまった。以前は、今日だけは優しい言葉をかけて、翌日から休んでいたのに……


「笑ったのが逆効果だったか……」


 この国は信心深い者が多い。

 いずれ悪魔となる者に仕えていたのが本当にショックだったのだろう。


 とはいえ、執事とメイドが今日いなくなろうが明日いなくなろうが同じことだ。


「いや、むしろ好都合か……」


 早速、闇魔法を試すことができる。


 人目があるところで使えば、いらぬ誤解を与えてしまうだろう。一人のときがいい。


「まずは──光よ、照らせ、清めよ、シャイン」


 俺の掌から、光の玉が放たれた。


 部屋の中を浮かぶこの光球は、聖属性魔法で生み出した明かりだ。聖属性の魔力の塊でもある。


 聖に対して、闇は不利。一般に、聖の魔法を闇の魔法が打ち消すには、倍の魔力が必要と言われている。


 まずは、この明かりを標的にして闇の魔法を放とう。


「といっても、闇の術式なんて分からないんだよな……」


 闇魔法を扱うことに関しては、この国では全く知られていない。当然、術式も不明だ。


 とはいえ基本は、どの属性もやはり球状に魔力を変換することだ。


「ファイアーボールのように──うおっ!?」


 指先に小さな黒靄を浮かべようとしたら、人の頭ほどもある大きさの靄が手の平に現れる。


 靄はどんどんと周囲の魔力を吸収し、大きくなっていった。


 最初はやはり悪魔化してしまうのかと焦った。

 でも違う。


 単純に、膨大な魔力が俺の手に集まってきているのだ。


 魔法を使う際、人は大気にある魔力を、聖や火などの属性に変換する。その際に変換できる量は紋章によって大きく左右される。


 俺の場合、闇の紋章があるから、これだけ多くの魔力を闇属性に変えられているようだ。


 ともかく、これを止めないと。


 でないと、部屋ごと靄で消し去ってしまう──そんな魔力量なのだ。


 ぐっと魔力を霧散させるイメージをする。


 すると、黒靄は瞬時に消えた。


「……ふう。何とか消せた」


 やり直し前の魔力の五倍、いや十倍の魔力が集まってきていた。

 遠慮しなければ、もっと集められていただろう。


「……扱いに気を付けないとな。それとやはり術式を覚えたほうが安定するはずだ……うん?」


 耳を澄ますと、どこかで聞いたような声が響いていた。


「──なんで!? なんでこのガキの体を奪えないの! この私が何故!」


 俺はわざと言葉を発する。


「残念だが、俺は悪魔にはならないようだ」

「な……まさか、聞こえているの!?」

「ああ、聞こえているよ」

「下等な人間が私と会話するなんて、万死に値するわ! さっさと、私に体を明け渡しなさい!!」

「嫌だよ。何の得があるんだ」

「くっ! 人間ごときがこの美しき私を拒むなんて! 開けなさい!! 開けろぉおおっ!!」


 俺は思わず耳を塞ぐ。


「うるせえ……そもそも開け方なんて分からないし──おっ。聞こえなくなった」


 こんなのにずっと喚かれたら面倒だが、幸い意識を集中させなければ遮音できるようだ。


 俺はこの闇の魔法を極めるんだ。

 悪魔なんかに体を奪われてたまるか。


「とにかく確認も終わったことだし、研究を続けていくか……やっぱりまずは」


 宮廷図書館に行くとしよう。


 俺は早速、意気揚々と部屋を出るのだった。

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