501.祭りは乾杯で始まる!

 魔の森の目覚めを祝う祭りは、数百年に一度行われる。魔の森が眠りに入った時期がわからない上、目覚めた日もはっきりしない。過去のお祝いは「動物や魔物が増えたし、たぶん目が覚めたんじゃないかな?」と推測して開催されてきた。


 今回は初めて、魔の森の目覚めがはっきり判明した。この機会を逃すものかと、人々はこぞって森の恵みを運ぶ。これらを森に捧げてから頂き、感謝を森へ送る。一つの儀式に似たお祭りだった。


 目一杯楽しむことが、すべての魔族の母である魔の森リリンへの感謝を示すこと。そう掲げて、魔王城を中心に魔族は結束した。


「集まってくれた諸君に感謝する! 長い挨拶は省くが、母なる魔の森のリリンに感謝を捧げよう。乾杯!!」


 わっと歓声が上がり、城門の上で挨拶を終えた魔王の乾杯に呼応する。それぞれにお気に入りの飲み物を掲げた。ルシファーはハイエルフ献上のワインを口にする。グラスを合わせたリリスは授乳期が終わったので、同じワインを多めの葡萄ジュースで割って楽しんだ。


 イヴは演劇の準備で席を外しており、シャイターンは挨拶が終わるなりルシファーに抱っこされる。ご機嫌で足を揺らすため、魔王がぽこぽこと蹴られていた。結界で無傷だが、見た目には微笑ましい。


 広場に用意されたテントは、ぐるりと端に並べられた。中央は開いたまま、空を仰げるようになっている。夜は綺麗な星空が見えるだろう。


 テントの下には、寛げるよう絨毯を敷いたり、テーブルセットを置いたり。それぞれの種族に合わせられるよう工夫していた。


「この配慮はベルゼビュートらしいな」


「ベルゼ姉さんは、あちこちの種族と関わりが深いから」


 森を守る意味もあり、彼女は常に各種族の領地を見回っている。人族がいた頃は辺境中心だったが、今は隣大陸も含め好きに動いていた。


 魔獣は絨毯で寛ぎ、思い出したように食べ物を取りに行く。近くでソファーに寝そべる獣人達も、思い思いに楽しんでいた。テーブルだけが並んだテントには、アラクネ達のように椅子の必要ない種族が集まる。ドラゴンや巨人族は、テントのある芝の上で昼寝をしていた。


「見て回る?」


 リリスは首を傾げる。イヴの演劇はまだ先なので、了承して腕を組んだ。シャイターンは肩車で外へ出たが、すぐにロアを呼んだ。


「ろあ!!」


 大急ぎで駆けつけるフェンリルは、いつもより小型化している。人化はまだ体得していないが、サイズは操れるらしい。彼女の背に乗りたいと騒ぐので、落下防止をそのままに、軽量化を追加した。


 ロアは幼い主君を見せびらかすように得意げに歩き、シャイターンは笑い声を上げて喜んだ。魔王ルシファーと魔王妃リリスは、仲良く屋台を冷かした。いくつかお菓子を確保する。その際は多く購入し、お振る舞いを忘れない。


 明日は魔王や大公、大公女まで。魔王城の上層部が屋台を出す予定だった。海の民が休むプールも覗き、買ったお菓子や食べ物を分ける。笑い合う民の姿に、ルシファーは幸せを実感していた。


「そろそろイヴの演劇ね」


「それはいけない。急がないと!」


 パチンと指を鳴らし、城門の陰に転移する。見つけたアスタロトは眉を寄せたが、説教はしなかった。学校の演劇開始の声が響いたからだ。


「叱るのは明日にして差し上げます」


「忘れてくれ」


 都合のいい言葉を吐いて、妻と手を繋ぎ走る主君を見送り、吸血鬼王は首を傾げた。


「シャイターン様はどうしたのやら……ロアが一緒ですか」


 魔力で位置を探り、平常時は感知可能な幼子を確認する。楽しそうにロアと走り回るシャイターンは、あちこちの屋台で食べ物を貰っていた。


「ルシファー様への罰として、後で支払いに回らせるとしますか」


 屋台の主人達も喜ぶでしょう。良い方法を思いついた。そんな独り言を溢した彼の後ろで、ルキフェルとベールは顔を見合わせた。


「随分甘いけど、あれ、本物のアスタロトだよね?」


「ルキフェル、彼も丸くなったのです」


 幸い、この会話が当事者の耳に届くことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る