500.お祭り前のワクワクが伝染する

 学校で演劇が決まったイヴは、自ら脇役を買って出た。というのも、どうしても海藻の役をしたかったのだ。頭の上に両手を掲げ、ゆらゆらと揺れる。あの動きが気に入っていた。


 演劇の題材は人魚姫で、イザヤが昨年発表した人気作だ。なんでも異世界の話だと聞いて、別世界にも海があるんだな、と思いを馳せた。


 人魚姫役をイポスの娘マーリーン、ルーサルカの次男リンは王子役である。ルーシアの次女アイカは隣国のお姫様として悪役を演じる。魔王の長女が海藻ワカメを演じる横で、亀役のゴルティーがふわふわと浮いていた。


 シトリーは忙しく学校関係の指示を出す。保育園でも演し物を検討しているので、早く提出しないとステージの時間が取れない。急かしながら、パンを咥えて右左と走り回った。


「ママは忙しいから、もう少しパパで我慢してくれ」


 シトリーの夫グシオンは卵の保温役交代に来たが、これは無理だと踵を返した。途中でルシファーと出会い、大量の獲物を中庭に並べる姿に苦笑する。


「派手な成果ですね」


「グシオンか、手伝うか?」


「いえ、卵を持っているので」


 割れると危険だし、孵るまでは親が抱くのは大切な仕事だ。三つもある卵を布バッグに入れ、大切に保温していた。


「ああ、卵生も大変だな」


 産む時はつるんと出てくる、そんなイメージで羨ましがられることも多いが、卵が孵る期間はそれぞれ。種族によっては年単位で温めることも珍しくない。いざとなれば実家の両親に預ける方法もあるが、グシオンは自分で温めるのも楽しんでいた。


「気をつけてな」


 ルシファーは彼を見送ると、コカトリスの死体を並べ始めた。一応森で毒を抜いておいたが、確認して危険そうな個体は結界で包む。基本、コカトリスは唐揚げ一択だ。焼き鳥なら別の鳥の方が美味しい。


「イフリートを呼んでくる」


 料理長の名を出し、コカトリスの見張りをエルフに頼んだ。普段から中庭を中心にすべての庭園や城壁を管理するエルフは、そこら中で仕事をしている。数人呼び止めて、コカトリスに誰かが近づかないよう頼んだ。


 こんな場所でうっかり中毒者を出したら、お祭りどころではなくなってしまう。


 包丁などの道具を用意したイフリートを連れ出し、解体が始まった。皮は食べるので、羽根だけ毟っていく。これは魔法で終わらせた。表面に熱湯を掛けてから剥いたので、湯気が出ている。


 いい匂いに釣られたのか。ヤンが顔を見せた。


「ヤン、悪いが手伝ってくれ」


「承知しました」


 頼まれると嬉しくて仕方ないヤンは、ぶんぶんと大きく尻尾を振る。浄化で爪を洗ってから、慣れた様子で肉を切り裂いた。待ち構えるイフリートが、不要な筋や硬い部分を削ぎ落とす。骨が積み重なり、あっという間に肉の山が出来た。


 ここまで仕上げれば、あとは衣をつけて揚げるだけ。その作業は当日なので、ひとまず収納空間へ取り込んだ。


 夕暮れが近づく魔王城は、お祭り前の活気に満ちている。見回してルシファーは頬を緩めた。


「お祭りはやっぱり定期的に開くのがいいな。皆の顔も見られるし、楽しいだろ」


「準備をすべて請け負ってくださるなら、構いませんよ」


 演し物の検討書類を周囲に浮かせたまま運ぶアスタロトが、ちくりと嫌味を置いていく。見送って、ヤンと顔を見合わせた。


「思ったより機嫌がいいな」


「先ほど、アデーレ侍女長と何か話しておられましたぞ」


 アデーレの言葉か態度、何かが嬉しかったらしい。運がよかった。ヤンと笑い合い、残りの狩りの獲物をいくつか渡した。


「こっちは食事分だが……ピヨが珍しく静かで怖いな」


「有り難く頂きます。ピヨなら、アラエルが火口へ連れて行きました。先ほど、演劇用の布を燃やしたそうです」


 静かなのではなく、やらかしたので隔離された後か。相変わらずな雛は、図体だけは大型犬ほどに育っている。中身が伴うのは数百年先だろう。アラエルも苦労が絶えないことだ。自分を棚に上げ、魔王は心から同情した。

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