502.最高の海藻役だった
「素晴らしい劇だったな」
「本当に。イヴも頑張っていたわ」
ルシファーとリリスが劇を絶賛する。学校はまだ専門教育課程ではなく、文字や簡単な計算を習う程度だ。だからこそ種族も年齢もまちまちの集団だった。
年上の子は積極的に魔法を使って劇を盛り上げた。まだ未熟な子どもや魔獣は、背景になるが海藻や亀、魚に扮して顔を見せる。よく考えられた劇は、イザヤ監修だった。原作者である彼は、今回海の民にあれこれ助言を頼んだらしい。
プールも劇がよく見える位置に移動され、海の民も大いに楽しんだ。今後は海の近くにも学校を作る話が持ち上がり、教育関係の長であるシトリーは打ち合わせに走っている。せっかくの祭りなのだから、後でやればいいとベルゼビュートが止めに行った。
劇が終わった子ども達は片付けを終え、広場へ戻ってくる。ルシファー達も民に囲まれながら待った。最後まで片付けに付き合ったイヴは、左手を挙げて大きく振る。右手は亀の仮装をしたままのミニドラゴンと繋がっていた。
「……イヴの隣の亀は不要だな」
「ダメよ、ルシファー。幼い頃はたくさんお友達が必要なの。イヴにだって、私の大公女達のようなお友達が必要でしょう?」
「大公女は全員同性だった」
ゴルティーは異性だ。むっとした口調で反論したものの、可愛いイヴが目の前にくれば口を噤む。
「見た?」
「もちろんだ、とても立派だったぞ。海藻の中で一番だった」
ゆらゆらと全身を使って海藻の動きを再現する娘を録画しながら、魔王は感激していた。この言葉に嘘はない。
「本当? ママ」
「もちろん。あの動きは完璧だったわ。私が海で見た海藻にそっくりよ」
手放しで褒めてもらったイヴは、ご機嫌で頷く。そこで弟が見えないことに気づいた。
「シャイターンは?」
「ロアと遊んでいる」
魔力で位置は把握しているため、ルシファーは笑顔で返した。途端にイヴはぷくっと頬を膨らませる。
「私もお菓子買ってくる! じゃあね」
ぷかぷかと浮いたままのゴルティーを連れて、走って行った。後ろ姿に手を伸ばす夫を、リリスは引き留める。ここで呼び止めたり追いかけたら、確実にイヴに嫌われるわ。そう言われたら、ルシファーも手を握り込むしかなかった。
「もう父離れなんて寂しい」
ぐずぐずと文句を言うルシファーへ、周囲の魔族は顔を見合わせた。それから明るく笑い飛ばす。
「まだまだ子どもですって」
「すぐ戻ってきますよ」
「友達と遊ぶのが楽しい時期なんでしょうね」
慰めるというより、経験からくる言葉が並んだ。ルシファー自身は普通の幼少期を過ごしていないので、集まった魔族の発言に素直に頷く。そうか、少ししたらパッパと走って来てくれるのか。真正面から言葉を受け止めた。
実際、そうしてくれるかは不明だが。リリスはにこにこと笑顔で後押しする。
「ルシファーがイヴの父親なのは変わらないんだもの。そうでしょう? パパ」
久しぶりのパパ呼びに、ルシファーは赤くなったり青くなったり。あたふたした後、そっとリリスを抱き寄せた。懐かしさが込み上げたらしい。魔族の皆はそっぽを向いて、直視しない気遣いを見せた。
「パッパ、お買い物ってお金がいるの」
戻って来た娘のお強請りは不器用で、お金を頂戴ではなかった。笑顔で頷き、革袋に溢れそうな量を詰め込む。リリスに「重くて持てないわ」と叱られ、じゃらじゃらと減らした。
革袋に紐をつけて、首から下げさせた。これなら落とさないだろう。重さを軽減するよう、魔法陣も忘れないパッパである。
「ありがとう、パッパ」
その一言に感動する魔王は、しばらく民の間で話題と噂の的となった。
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