495.本格的に調べることにした

「シャイターンの夜歩きなんだけど」


 軽い口調で切り出した妻に、ルシファーは首を傾げた。夜遊びや夜歩きと呼ぶには、異常な状態だがまあいい。リリスはけろりと話し始めた。


「考えてみたら、危険はないのよ。だって魔の森の中よ? ルシファーと私の息子に危害を加える者はいないわ」


「そうだな、いてもリリンが許さないだろう」


 状況が理解できなくても、危険はない。それが確信できただけでも収穫だろう。何より、ロアがきちんと見つけてくれるのだ。


「ロキちゃんは何だって?」


「現場を見ないと何とも言えないらしい」


 研究者を自認するだけに、憶測で物を言いたくないようだ。ルシファーの疑問を聞いたルキフェルは、一度寝ているシャイターンに付き添いたいと申し出た。


「どうする?」


「いいと思うわ。ルシファーと一緒に見守って、探しに行く時はロアと同行すればいいもの」


「うーん、シャイターンが頷けばお泊りするか」


 夫婦の間で話は決まり、それぞれに我が子を迎えに行くことになった。イヴはリリスが学校から連れて帰り、ルシファーは息子シャイターンを抱っこして戻る。そこで数日、ルキフェルと過ごす話をした。


「どうだ?」


 幼いながらに説明された内容を考え、シャイターンは頷いた。早速その夜から、用意させた客間へ移動する。さすがにプライベート空間である寝室へ、ルキフェルを招くのは問題だった。リリスやイヴといった異性が眠る空間でもあるのだ。


 たとえ本人達が同室を許可しても、ルシファーは断固拒否する。十年ほど前の幼い姿ならば別だが……青年姿になったルキフェルは、意味ありげに微笑むと色気が感じられた。絶対にイヴが誑かされる。


「アスタロトの許可はもらった?」


「特に話してないが、必要か?」


 逆に問い返され、必要ない気もするが……後で難癖つけられたら面倒かなとルキフェルが呟く。侍従ベリアル経由で連絡を入れた。魔王の私室や執務室のある三階から一つ下、二階の客間で寝る支度を整える。


「おいで、シャイターン」


「うん! ママは?」


「ママはいつもの部屋だ、今日はここで寝ると話しただろう?」


 シャイターンはきちんと理解していなかったようで、考え込んだ。これは中止かと心配になる。しかしすぐに「じゃあ、いい」とあっさり納得した。我が子ながら見事な切り替えだ。


「僕は記録の水晶をセットして、こっちで休むね」


「ああ、頼む」


 いなくなる瞬間を映像に残そうと、水晶をいくつも設置した。その上で、普段に近い状態を作るために、シャイターンとルシファーだけでベッドに入る。離れた場所に用意したもうひとつのベッドで、ルキフェルはさっさと横たわった。


 眠る気はない。ぎりぎりまで起きて確認する予定だった。そんなルキフェルを見詰めるシャイターンは、すぐに大きな欠伸をした。もぞもぞとルシファーの胸元に顔を埋め、眠り始める。


 外で森の木々が揺れる音、夜行性の鳥が鳴く声、魔獣の遠吠えが重なって聞こえた。沈黙が大半を支配する夜の世界で、それらの音は遠く、近く、不思議な距離感で眠りを誘う。


 初日は何も起きなかった。だが翌日、またもや事件が起きる。


「っ! うそぉ」


 徹夜仕事もこなすルキフェルは、飛び起きて呟く。瞬きしたのは覚えている。ほんのわずかな時間だ。その刹那に、シャイターンが消えた。


「ルシファー! シャイターンがいない」


「え? あ、またか」


 飛び起きたルシファーがぐしゃぐしゃと純白の髪を乱す。参ったと示す姿から、ルキフェル同様まったく異変に気づかなかったと知れる。溜め息を吐いて、二人は一瞬でローブを羽織った。


「ヤンのひ孫ロアを頼ろう」


「……本当に魔力感知に反応しない。隣大陸に移動したわけじゃないよね?」


「今まではこちら側にいたぞ」


 話しながら足早に中庭を抜け、城門へ向かった。門の内側に建てた小屋では、ヤンが森を睨んで立っている。


「我が君、参りますぞ」


「頼む」


「よろしく」


 小山ほどの大きさに戻ったヤンは、魔王と側近を背に乗せてひらりと城門を飛び越えた。

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