494.ロアの番がシャイターン?

「我が君! ロアが発見しましたぞ」


 またもや行方不明になったシャイターンは、腕の中から忽然と消えた。魔力感知に優れた魔王の結界に包まれて、その腕で眠る息子はいつの間にやら外へ出たらしい。というのも、ルシファーが気づいたのは、偶然だったからだ。


 夜中に喉が渇き身を起こそうとして、腕の中が軽いことに気づいた。念の為に扉の外で寝ずの番をしたヤンは、まったく分からなかったと告げる。獣の嗅覚や聴覚を持ってしても、すり抜けた。


 何らかの魔法による作用か。直後、遠くから遠吠えが聞こえる。その声は、シャイターンを発見したロアだった。彼女に合流すると、シャイターンが嬉しそうにロアの毛皮に顔を埋めている。


「……何だろうな」


 首を傾げて考えたが分からず、ルシファーは再びロアと話し始めた。今回はどうして気づいたのか。その答えは前回と同じだ。全身がザワザワして落ち着かない。眠れないので外へ出たら、甘い香りがしたので辿った先にシャイターンが眠っていた、と。


「甘い香りは今もするか?」


 ぴんと耳を立てたロアは大きく頷く。だがヤンは首を傾げ、ひくひくと鼻を動かした。分からないらしい。同じフェンリルだが違いは年齢と性別か。雌だけが嗅ぎ取るのか、音のように年齢によって嗅ぎ分けられる違いがある可能性も否定できなかった。


 あれこれ考えるが、この場で結論は出ない。事情はどうあれ、ロアがきちんと発見できるなら大丈夫だろう。魔族は解明できないことは後回しにする。後日偶然に解決することが多いからだ。悩んで気に病むのは、日本人や研究者くらいだった。


「帰ろう、シャイターン。ほら、おいで」


「やだ、ロアがいい」


 拒絶されたショックで固まる主君に溜め息を吐き、ヤンは淡々と指示を出した。ロアの背にシャイターンを乗せ、崩れ落ちて泣きそうな主君のローブを咥える。ぐいっと首の力で跳ね上げ、背中に回収した。


「我が君、帰りますぞ」


 返事はないが、反論される理由もないので走り出した。後ろでロアに跨るシャイターンは大喜びだ。はしゃいだ声を立てる彼らと逆で、こちらは静まり返っていた。


「ヤン、慰めてくれ」


「我ではなくリリス様に仰ってください」


 ここでうっかり承諾すると、リリス妃に「浮気したでしょ」と冤罪をかけられかねない。狼は番一筋! たとえ主君であろうと浮気を疑われる事態は……ん?


 ヤンは何かに気づいて走る速度を緩める。ちらりと確認すると、斜め後ろを走るロアも速度を合わせていた。ロアの年齢は数え年で六歳、魔狼族では適齢期になる。


 番を選ぶ時期だが、稀に強烈に惹かれ合う番が存在した。彼らは互いの体臭を甘く感じ、どれほど距離が離れていても必ず出会う。


 甘い香り……まさか。種族が違うのですぞ? 自分で笑い飛ばし、ヤンは走る脚に再び力を込めた。


 森を抜ける頃、ほぼ同じ結論に至ったルシファーが唸った。まだ幼い息子に番ができた場合、親はどうするべきか。我が子を番から引き離すわけにもいかない。まだ決まったわけでもないのに、真剣に悩み始めた。


「我が君、まだ決まったわけでは……」


「そうだよな! よし、きちんと調べたら解決するはずだ」


 ルシファーは、調べればシャイターンの居場所がロアにしか分からない理由が判明する、という意味で発言した。しかしヤンは違う意味に受け取る。番かどうかを調べる方法がある、と。


「さすが我が君です」


「まあ、別にロアが番でも問題はないか」


 突然容認するような発言が飛び出し、ヤンは大混乱した。その内心が現れたのか、目の前の木を避け損なう。蹴飛ばされた木が不満そうな音を立てて倒れた。


「ヤン……いや、何でもない」


 注意しようとしてルシファーは口を噤んだ。やや涙ぐみながら目元を押さえている。耄碌したな、そんな響きを飲み込んだ魔王の心は幸い、フェンリルの長老に伝わることはなかった。

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