493.圧迫面接のような面々

 獣の本能が訴えていた。伏せて姿勢を低くし、恭順の意を示すのだ、と。


 ぺたんと敷物のように平らになったロアは、必死で懇願の声で鳴いた。何か悪いことをしたなら、直すから。そんな様子に、囲んだ魔王と大公達は顔を見合わせる。虐めたようで、何ともバツが悪い。


「叱ってるんじゃない。聞きたいことがあるだけだ」


 穏やかな口調で話しかけたルシファーが撫でようと手を伸ばすと、びくりと揺れたロアはさらに姿勢を低くしようとした。すでに体の厚み分しかないのだが、本人は必死だ。


 圧倒的強者に囲まれ、声を掛けられる。尊敬する曽祖父ヤンは、魔王陛下に新たな名を賜った一族の誉れだ。その方より強い、世界の理のような存在が並んでいた。助けを求めた先で、ヤンが神妙な顔をしている。


「ロア、起きて座り話をするのだ」


 命じる曽祖父の様子を窺いながら、ロアは身を起こした。平伏しろと命じる本能に「だってひいお祖父ちゃんが言ったんだもん」と言い訳する。耳と尻尾はぺたんと体に張り付いていた。


「悪いな、びっくりさせる気はなかった。話をするのはオレだけだ」


 ルシファーが視線を合わせて屈んだことで、アスタロト達は数歩下がった。このままでは話が出来ない。


 フェンリルの雌は雄に比べて大人しく、体も小柄だ。基本的に雄が狩りを行うため、自ら戦うこともない。そんなロアにとって、威圧感を覚える強者との対峙は命懸けだった。


 小刻みに震えるロアだが、ルシファーだけになると体の力を抜く。どうやら怖がるのは、全員が揃っていたことによる弊害らしい。冷静に状況判断するアスタロトは「フェンリル種は優秀ですね」と呟いた。


 魔力に関する感知能力、本能の発達具合、何より強者を見極め生き残ろうとする才能があった。森の獣王と呼ばれるのも頷ける。


「シャイターンのことなんだが……どうしてあの子を見つけられたんだ? オレ達は魔力で感知できなかった。理由を教えて欲しい。偶然出会っただけか?」


 丁寧に説明と問いかけをされ、話の内容を噛み砕いて理解する。それから喉を震わせて返答した。


「なるほど」


 ロアの言い分では、奇妙な気配を感じたらしい。今までに感じたことのない、肌がザワザワして落ち着かない感じだ。違和感を拭いたくて原因を探したところ、もっとも強く感じる場所に幼子が転がっていた、と。


 魔力を探り当てたのではなく、気配のようなザワザワ。彼女自身も表現する言葉が見つからないらしく、何度も言い直していた。肌が粟立つ感じが近いのか?


 己の知る感覚と照合しながら、ルシファーは相槌を打った。否定したり反論するのは、聞き手として二流以下だ。最後まで全て聞いてから、こちらが新たな質問や疑問を呈するべきだろう。


 いつも通り応じるルシファーの姿に、ロアは首を傾げた。一般的に要領を得ない話は、遮られることが多い。だけれど、最後まで聞いてもらえるのは気分が良かった。だからだろうか、最後に付け加える。


 言わなくてもいい気もするが、シャイターンから甘い香りがしたことを口にした。


「甘い香り」


 繰り返したルシファーは考え込むが、答えが見つかるわけもない。赤子なら母乳の匂いを甘く感じることもあるが、もうそんな年齢ではなかった。何よりシャイターンを抱き上げた際に、ルシファーが感じるのはすっきりした香りだ。


 普段と違う匂いだとしたら、魔力感知できない状況で起きる現象なのか。それともフェンリルの鼻が嗅ぎ分けた繊細な香りか。謎はさらに深まるばかりだった。

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